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長谷川白紙という鮮烈な才能 初CD『草木萌動』を小野島大が解説

音楽

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リアルサウンド

 長谷川白紙。

 話題の新人である。初CD『草木萌動』がリリースされたばかり。リリース直後に20歳を迎えた現役音大生だという。YMOの「Cue」のカバーを含む全6曲25分弱。ストリーミング配信全盛の時代、フルアルバム1枚をじっくり作る/聴くという行為が時代にそぐわなくなりつつある今、ちょうどいい曲数でありサイズと言えるだろう。そしてそこで鳴る音は、鮮烈の一言である。空恐ろしいほどの才能。「アンファン・テリブル」という手垢にまみれた言葉が頭をよぎる。

(関連:Tim HeckerからDisclosureまで 小野島大が選ぶエレクトロニックな新譜の傑作/佳作

■カオティックなようだが「歌」という筋が一本通っている

 2016年ごろからSoundCloudにアップし始めた音源が注目を集め、17年にフリーEP『アイフォーン・シックス・プラス』をデジタル・リリース、BOMIと入江陽の楽曲『ナニカ feat. 長谷川白紙』に参加、Maison book girlのリミックスも手がけた。楽曲制作にまつわるテクノロジーと録音環境の劇的な進化、そしてインターネットが当たり前のインフラとなった時代は、時折こんな早熟な才能を送り出す。

 『草木萌動』を聴いて頭をよぎったアーティストは次のようなものだ。Squarepusher、フランク・ザッパ、Soft Machine、DÉ DÉ MOUSE 、七尾旅人、オットー・フォン・シーラーク、ドリアン・コンセプト、ルイス・コール、カマシ・ワシントン、フライング・ロータス、DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN、Serph……。

 ひとつひとつの音楽要素を抜き出してみれば既存の方法論をアレンジしたものにも映るが、そのミクスチャーのセンスが新しい。打ち込みと生楽器をミックスした、複雑極まりない変拍子のブレイクコア~ドラムン~ドリルン~ブロークン・ビーツが怒濤のように押し寄せてくる。エクスペリメンタルでアバンギャルドにも映るが、だがちっともマニアックな印象を受けないのは、躁病的なポップさと突き抜けるような解放感故だろう。その情報量の多さと駆け抜けるスピードは快感ですらある。一見カオティックなようだが「歌」という筋が一本通っている。変拍子バリバリの打ち込みはビートの細かさの割に上モノのメロディはシンプルでゆったりしていて、流れるようなエモーショナルなボーカルがそこに乗る。電子楽器はハイ・テッキーに鳴るが音色に温かみがあり、ビートが楽曲のメロディやストーリーとぶつからずバランスよく調和している。このあたりはミックスを担当したイリシット・ツボイの腕も大きいだろう。繊細で柔らかな長谷川の声は、少しコーネリアス=小山田圭吾に似ているが、歌メロは小山田よりもはるかにシンガーソングライター的だし、歌詞は観念的で抽象的で時に文語的でもあるが、その奥にはもっと広大な世界観が広がっていると思わせる。

■時代も年代も置き去りにする、新しい才能の誕生

 ジャズ~フュージョン色濃いドリルンベースという意味ではSquarepusherことトム・ジェンキンソンに近い。ジェンキンソンはベース、そして長谷川はピアノの、それぞれ優れたプレイヤーであり、頭でっかちな打ち込み宅録小僧にとどまらない肉体性をもった音楽をやる点でも共通点がある。だがSquarepusherのような(少々オールド・スクールな)ノイズ・アヴァンギャルド指向も、また「どうだ凄いだろう」という自己顕示欲めいたもの(そのお山の大将感がSquarepusherの魅力でもあるのだが)も、長谷川には薄そうだ。もっとしなやかで中性的で自然でバランス感覚に富んでいる。

 また変拍子バリバリのプログレ~ジャズ・ロック的演奏という点でいえばザッパやカンタベリー一派にも近い。だがザッパには長谷川のようなゆったりしたポップセンスはない。ザッパみたいな変態トラックなのに、J-POPの一変種にもカテゴライズされるような歌謡性(と、あえて言う)が合体したのが長谷川白紙の面白さなのだ。

 またゴリゴリのドリルンベースなのに全然殺伐としない、むしろファンタジックとも言えるポップ性を感じさせる点ではDÉ DÉ MOUSEに近い。DÉ DÉ MOUSEが歌も歌うアーティストなら、長谷川白紙に近い表現になっていたかもしれない、という印象もある。あるいは、ボカロPやアニソンで自己形成した世代が(という言い方は雑すぎるが)、ブレイクコアやドリルンベースを通過して作り上げた音、という形容もできるかもしれない。だがその突き抜け方は、他の凡百とは圧倒的にちがう。こんな面白いアーティストが、かつて傘下のサブライムレコーズからケン・イシイやレイ・ハラカミ、ススム・ヨコタといった日本のエレクトロニック・ミュージックの歴史に残る重要アーティストを送りだしたミュージックマインから出てきたというのも興味深い。

 長谷川はライブではピアノの弾き語りに近い演奏もやるという。彼にとってさまざまなサウンド上の装飾を除いて最後に残るものが「歌」なのだとしたら、今から約20年前、やはり19歳でCDデビューした七尾旅人の姿をどうしてもそこに重ねてしまう。煌めくように圧倒的、平成という時代も、テン年代というディケイドも置き去りにしてしまうような新しい才能の誕生。大言壮語めいた言い方になるが、我々はそうした瞬間に立ち会っているのかもしれない。気分は爽快である。(小野島大)