佐藤寛太が語る映画『正欲』の特異性。「見なければ気がつかなかった視点を植えつけられる作品」
映画
インタビュー
佐藤寛太 (撮影:源賀津己)
続きを読むフォトギャラリー(9件)
すべて見る朝井リョウの同名ベストセラー小説を『あゝ、荒野』や『前科者』などで知られる岸善幸監督が映画化した『正欲』。息子が不登校になり妻と衝突している検事。地方のショッピングモールの販売員と、地元に戻ってきた同級生。大学のダンスサークルに所属するダンサーと、彼に想いを寄せる大学生。群像劇の中である性的指向が描かれ、多様性という言葉や“普通”であることについて観る者に揺さぶりをかけてくる作品だ。佐藤寛太が演じたのは、他者との繋がりを拒むようにして暮らすダンスサークルのメンバー、諸橋大也。わずかな目線の動きやダンスという身体表現を通して、大也の内側にうごめく感情を伝えている。
この原作をどう実写化するんだろうと、聞きたいことがありすぎた
――原作を読んで、どんな感想を持ちましたか?
佐藤 朝井リョウさんの小説をずっと読んできて、視点を変えながら物語を進める手法が巧みな作家さんという印象を持っています。『スター』もちょうど自分の世代にすごく刺さる小説だったのですが、『正欲』はこれまで磨き上げてきた表現によって、朝井さんの思いや覚悟がより強く伝わってくる小説だと思いました。知らないうちに誰かを傷つけてのほほんと生きているだけの個人の幸せに、果たして価値があるのか?という問いが深いところまで響きすぎて、一度読むのをやめてしまったくらいです。読み終えるのに体力が必要だったし、ずっと登場人物のことが心の中に残る小説だと思います。
――今回はオーディションで大也役に決まったんですよね。資料に載っている岸監督のインタビューを読むと「オーディションに現れたときはちょっとふてぶてしい印象でした(笑)」と書かれていますが……。
佐藤 そうらしいですね(笑)。思い返してみると途中で止めていた原作を読み終えてからオーディションに行ったので、礼儀よりもこれをどうやって実写化するんだろうって興味の方が先に出ちゃったんだと思います。聞きたいことがたくさんあって、「初めまして」も言っていないかもしれない(笑)。
オーディションでも踊らなきゃいけなかったから公園やスタジオで練習もしたし、当日はビルのガラスに映っている自分の姿を見ながら直前まで確認もして。お芝居としては大学で(大也に想いを寄せる)八重子と向き合うシーンだったので、オーディションに向けて調整をしていました。だからあの日、正解だと思っていることをとにかくやってみようって、自分の中では撮影当日みたいな感覚だったんです(笑)。上半身を見せてほしいとのことだったので見せたら、リアクションが“あ〜……”みたいな感じだったので、不服だったことも覚えています。『テッパチ!』の撮影の後で仕上がっているのに、なんで!?って(笑)。でも後で考えたらもっと絞ってほしいってことだったみたいです。
それとたぶん一番ふてぶてしいと思われたのは、僕が「この役は台本に書いてあるダンスのジャンルは踊らないと思うんですよ」とか言ったこと。原作者と話して脚本を練ってきた人たちを前にして、まだオーディションにも通ってもいないのにヤバいやつですよね(笑)。
――結果的にダンスシーンは大也の内面を表現するうえで、とても重要な役割を果たしていますね。
佐藤 岸さんがダンスシーンに関しては演出部の岩屋拓郎さんに任せるということで、役についての話し合いもしながら信頼関係を築くことができました。すごく仲良くなったし、同じダンスサークルのメンバーを演じた坂東(希)ちゃんが先頭に立ってくれて。ダンスの練習をする時間も、特別なものになりました。
――大也を演じるうえで、軸にしたのはどんなことですか?
佐藤 劇中には一瞬も出てこないのですが、どういうときにこいつは笑うのかな、何をしているときに幸せって感じるのかなということをまず考えたんです。映画がラストを迎えた後の世界で大也はどうやって生きるのか、それとも生きることを選ばないのか。それについてもすごく考えて、答えが出ないままインしました。
結局、最後のシーンを撮り終わるちょっと前ぐらいに答えが見えてきて。最後のシーンがクランクアップだったので、そこは不安なく撮影に向かうことができました。八重子役の東野(絢香)さんっていうものすごい芝居をする人のお陰だし、撮影の仕方や順番も含めて岸さんのスタンスに助けられて、どの側面においても自分の実力以上のものを引き出してもらった作品だと思います。
大也という役から見た価値観は、きっと古傷のように残り続ける
――岸監督の現場でのスタンスは、寛太さんの目にはどのように映りましたか?
佐藤 みんなが“映画を撮りにきている”感じがするんですよね。働かないと食べていけないという意味では仕事なのですが、本当にもの作りをするために集まっているチームというか。俳優を受け入れるスタッフの体制が出来上がっていて、愚痴もなければ大声で誰かを責め立てる人もいない。すべてのことが淡々と粛々と着実に行われていて、みんながめちゃくちゃプロだなと思いました。
それぞれの部署のチーフが部下たちにすごく信頼されていて、この人の下で学びたいという感じが伝わってくるんです。その一番上にいる岸さんは、みんなに愛されている監督でした。先導していくタイプの指揮官と助けられるタイプの指揮官がいると思うのですが、岸さんはその両方だと思います。話していると優しいけど、譲らないところは譲らない。だから面白かったし、これから先も岸さんに「この役を今の寛太にやらせてみたいな」と想像してもらえる役者でいたいです。
――寛太さんが好きな岸監督の作品を教えてください。
佐藤 『あゝ、荒野』も心に残っていますし、『前科者』もすごい作品だと思います。有村架純さんはメジャーと社会派な作品の両方に出演している、素晴らしい役者さんじゃないですか。そういう方が新人保護司を演じることで、その世界に注目していなかった人たちの目線を向けさせることができる。岸さんはキャスティングをするときにも、その作品を分かってくれるひと握りの誰かではなく、マスに届けることを意識している監督だと思うんです。
その的確さは『正欲』に稲垣吾郎さん、新垣結衣さん、磯村勇斗さんをキャスティングしたことからも伝わってくるし、岸さんはドキュメンタリーを撮ってきた監督だから、その人が“何を持っているのか”と“どう見えるのか”の両方が分かるんだろうな、と。しかも自分で編集までやっているなんて、本当にすごい監督だと思います。
――他者と繋がることを拒んでいる大也を演じるのは、しんどい経験だったのではないかと思います。
佐藤 インする前も、撮影中も終わってからもしんどい役でした。撮影が始まってからも、ダンスも何かが足りないし、芝居をするにあたってもまだ全然役の気持ちなんて掘り下げられていないんじゃないかと感じていて。(東野)絢香ちゃんも同じことを言っていたんですけど、インする前が一番しんどかったかもしれない。
いい役に出会ったときってずっと役の目線で世の中を見て毎日を過ごしているから、価値観が身についてくるんです。今回はそれが古傷とかしこりみたいに残り続けるんだろうな、って。大也の目線で日常を過ごしていると、全部がどうでもいいし、全然笑えないし、すべてに対して「へぇー……」という感じ。道を歩くときも人のおへそのあたりから視点を上げずにいると、歩いている人も広告も目に入ってこないからめちゃくちゃ楽だったんです。人にも会いたくなくて、実際に誘いも断っていました。
でもインして最初に八重子とのホットドッグのシーンを撮影して監督からOKをもらったとき、自分が考えてきたことの方向性はあっていたんだと思えたんです。もちろん準備していったものを修正していくこともありましたが、大也としての目線は変えないままだったと思います。
――憧れの存在だと語ってきた、磯村勇斗さんとの共演はいかがでしたか?
佐藤 実年齢よりも役の年齢が上ということもあり、懐の深さや包容力を感じました。すごくやりやすかったですし、大也としても俺はここで安心していいんだと思えたんです。最後のシーンも素晴らしかった。共演させてもらったことで、ずっと追いかけてきた方の背中が見えてきたような気がします。
――観終わったとき、“普通”や“多様性”について考える観客の方も多い作品だと思います。
佐藤 エンターテイメントにはいろいろな形があって、SNSのショート動画を見て癒されたりすることもあるし、映画を見て笑って日常を忘れることもありますよね。でも『正欲』という映画は、これを観なければ気づかなかった視点を得られる作品だと思います。
その視点に気づかなくても生きていけるし、どうしても必要なものではないかもしれない。でも気づいてしまったからには考えることをやめられない。『正欲』は観た人にその種みたいものを植えて、疑問を投げかける作品だと思うんです。
疑問を求めて映画館に行く人はいないだろうから、きっかけはどうあれ、まずは気軽に観て、自分の感想を大事にしてほしい。自分の知らなかったことについて調べてほしいとか、配慮を持って生きてほしいとか平たいことを言いたいわけじゃないです。ただこの映画を観た感想を持ち続けて生きていってもらうことができたら、作品をつくった意義や僕らが出演させてもらった意味みたいなものがあるんじゃないかな、と思っています。
取材・文:細谷美香 撮影:源賀津己
メイク:KOHEY(HAKU)
スタイリング:平松正啓
<作品情報>
『正欲』
上映中
(C)2021 朝井リョウ/新潮社 (C)2023「正欲」製作委員会
フォトギャラリー(9件)
すべて見る