『ポトフ 美食家と料理人』トラン・アン・ユン監督が語る
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『ポトフ 美食家と料理人』 (c)Carole-Bethuel(c)2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT - FRANCE 2 CINEMA
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すべて見る『青いパパイヤの香り』『エタニティ 永遠の花たちへ』のトラン・アン・ユン監督の最新作『ポトフ 美食家と料理人』が公開されている。カンヌ映画祭で監督賞に輝いた本作は、19世紀末を舞台に美食家の男性と料理人の女性の愛と人生を描いた作品だが、少し大胆なことを言うと、この映画は“料理映画”でも“グルメの映画”でもない。
本作が描くのは、料理を媒介にした人間のコミュニケーション、ふたりの登場人物の深い愛情と信頼、そして映画でしか描けない描写の数々だ。本作はいかにして生まれたのか? 「観客がスクリーンに身体ごともっていかれるような作品を撮りたい」と語るトラン・アン・ユン監督に話を聞いた。

物語の舞台は19世紀末のフランス。美食家ドダンと料理人のウージェニーは共に暮らしながらドダンの考えたメニューをふたりで追求し、その名声は欧州各地に広がっている。信頼と愛情で結ばれたふたりの日々は永遠に続くかに思われたが、彼らに大きな転機が訪れる。
本作には劇中に様々な料理が登場する。ミシュラン三つ星シェフのピエール・ガニェールが完全監修した料理は、目にも鮮やかでバリエーションも豊か。次々に調理され、テーブルに出される料理を観ているだけで圧倒される。しかし、本作の主役は料理ではない。『ポトフ…』に登場する料理は“調理する人”と“食べる人”を媒介するもの。作り手の想いや情熱が料理を通して食べる人を巻き込む場面が様々な角度から描かれる。
「まさにその通りです。私たちは味覚という非常に洗練された器官と感覚を持っています。料理を食べて味わうという行為を通じて、作る人と食べる人の間に対話が生まれます。料理を食べる人が作り手の想いやこだわりをキャッチする時、そこには感動や作った人への賞賛の気持ちが生まれ、そこに友情や愛情が生まれるのです。それはとても人間的なものだと思いますし、それこそが料理という芸術なのだと思うのです」
先ほど、美食家のドダンがメニューを考え、ウージェニーが調理すると紹介したが、ふたりは共に調理場に立ち、対等な立場で“最高のひと皿”を追求する。調理者は“作業員”ではない。メニューを考える者と、調理する者、食べる者は相互に敬意と友愛の情があることが、さりげないやりとりの中で繰り返し提示されるのだ。

「ドダンとウージェニーは愛情によって結ばれていますが、本作では“友情”も重要な役割を果たしています。劇中でふたりの友人たちが招かれて、料理を食べるシーンがありますが、彼らはウージェニーに対して多大なリスペクトがあることがわかります。それにただ食べるだけでなく、“過去に皇太子に出されたメニューはこんなものだった”という情報も彼女と共有する。そこにはすごい敬意があるのです。ウージェニーは調理をしますが、単なる“作り手”ではありません」
それぞれの想いや愛情、敬意が料理を通じて伝わっていく。カメラは調理する手、その表情、完成した料理を口に運ぶ手、その口元を繰り返し捉えるが、それらは時にカットを割らずに、ひと続きに描かれる。広い調理場ではある者がソースを塗り、別の者がオーブンに運ぶさまが浮遊するようなカメラで捉えられる。
「本作では常にカメラを自由に動かす、この考えを追求することになりました。カメラは常に動きながら、俳優の手や顔のクローズアップをしっかりと捉える。そんな動きを模索したのです。撮影では俳優は導線を理解しながら演技をし、カメラは移動撮影でつねに流動的に動いている状態です。そんな中で“ここが最善のアングル”と思える場所を見つけることが求められました。
この映画では“かまえて撮る”のではなく、時に即興を交えながら“良い瞬間”を見つけ出していくわけです。それは例えるならば、彫刻家が大きな大理石を削って彫像を作り出すような感覚でした。自分で何かを作り出すのではなく、すでに“そこにあるもの”を見つけ出す行為です。それは簡単なことではありませんでした。しかし、私は信じることが大事だと思います。“僕には最高の瞬間が見えている”と自分を信じて臨むわけですね」
映画でしか描けない表現と勢いを求めて

画面を埋め尽くすほどの食材、流れるような調理のプロセスと調理の音、そこを行きかうカメラ……“スペクタクル”と表現したくなる壮大さと、映画的な語りの豊かさが本作にはある。
「僕がいつも目指しているのは、スクリーンに広がる映像や音響の勢いの波が観客をさらうような映画です。観客がスクリーンに身体ごともっていかれるような作品を撮りたいのです。現代では映画を観た時に感じる高揚感がすごく少なくなっていると感じます。それは、映画でしか描けない、映画ならではの表現に力が入れられていなくて、テーマやストーリーを伝えるためにだけ映像があるからではないでしょうか? だから僕はストーリーやテーマよりも、観客がスクリーンにもっていかれるような勢いを求めています」

トラン・アン・ユン監督はそう言って笑顔を見せるが、『ポトフ…』はダイナミックな表現だけでなく、繊細な感情や細やかなドラマも丁寧にすくい取っている。中でも、体調を崩したウージェニーのためにドダンが調理し、料理を振舞うシーンが忘れがたい。自ら想いをこめて作った食事を愛するウージェニーに差し出したドダンは言うのだ。
“あなたが食べている顔を見ていたい”
恋愛を描いた映画の中でも屈指の名セリフではないだろうか。
「ありがとうございます! そうなんです! この映画でとても大事なセリフです! このセリフがあるので、このシーンを撮るのは本当に難しかった! 少し滑稽に思えるかもしれませんが、本当に素晴らしい場面だと思います。
あの場面で僕が思うのは、ドダンは“あなたが食べている顔を見ていたい”と言ったら、きっとユージェニーが“いいわよ”と言ってくれると信じていると思うです。だって、食べている場面を人に見られるなんて普通は気づまりなものですし、よほど信用していないと難しいですよね? つまり、ふたりはお互いに信用しあっていて、そこには交感がある。ふたりが本当に愛し合い、信じあっているから、あのセリフは成り立つと思うのです」
心をこめて料理を振舞い、食べている姿をずっと見ていたいと思うほどに愛している相手がいる美食家。その想いを受け入れて、相手が見守る中で食事をする料理人。『ポトフ 美食家と料理人』はそんなふたりの心の機微を、ダイナミックな映画言語で巧みに描き出した傑作だ。

『ポトフ 美食家と料理人』
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