東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典 Vol.5
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東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典 Vol.5
辞典とは、言葉や漢字を集め、一定の順序に並べ、その読み方・意味・語源・用例などを解説した書(「広辞苑」より)。1960年代に小劇場と呼ばれる演劇シーンが立ち上がってから約半世紀超、小劇場を愛する演劇人や観客たちが独自の文化を形成してきた。「東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典」では、小劇場で使用されるさまざまな演劇用語を、岸田國士戯曲賞受賞作家の東葛スポーツ・金山寿甲が新たな角度で解釈。今回は、昨年行われた第67回岸田國士戯曲賞授賞式での裏話や、金山の台本執筆スタイルに触れつつ、「授賞式」「台本」について解説してもらった。
まえがき
演劇には演劇用語がある。医学には医学用語があり、数学には数学用語があり、哲学には哲学用語があるのと同様である。そして、医学を怪しむためには医学用語を、数学をせんさくするためには数学用語を、哲学をもてあそぶためには哲学用語を知っておいた方がいいように、演劇とおつきあいするためには演劇用語を知っておいた方がいい。
……というまえがきから始まるのは2003年に出版された別役実著「うらよみ演劇用語辞典」です。小劇場には小劇場用語があります。小劇場とおつきあいするためには小劇場用語を知っておいた方がいいですし、知っておいていただくことで望まないおつきあいをしなくても済むのかと思います。
索引「授賞式(1) / 授賞式(2) / 台本(書く時間) / 台本(書く時期)」
・授賞式(1)
2月28日深夜にこの原稿を書いています。皆さんのお目に触れるころには第68回岸田國士戯曲賞の受賞作が発表されていることだろうと思います。受賞された方、誠におめでとうございます。
受賞すると授賞式に出席することになるのですが、昨年出席した立場から僭越ながらひとつアドバイスをさせていただこうと思います。
授賞式でプロ野球チームの帽子をかぶるのならば、それ相応の覚悟が必要になってくるということです。僕は、第65回グラミー賞授賞式のときのケンドリック・ラマーの衣裳を参考にし、ケンドリックが出身地であるLAのドジャースの帽子をかぶっていたように、僕も地元東京のヤクルトスワローズの帽子をかぶり出席しました。授賞式には各新聞社の記者さんたちもいらしていて、写真を撮っていただいたりしたのですが、そのときある方に、「帽子の部分にモザイクが入るかもしれませんが大丈夫ですか?」と言われました。僕はよく意味が飲み込めないまま、「はい、大丈夫です」と答えてしまっていたのですが、あれはなんだったのでしょうか。スワローズと敵対するチームの母体となっている新聞社の記者さんだったのか、それとも企業名を出せない某国営放送の記者さんだったのか。後日、ネット上にいくつかあがっていた授賞式の写真を見ても、加藤拓也さんと並んで写る僕の帽子にモザイクがかかっていたものは見つけられませんでした。あの人は一体何者だったのでしょうか。そんなことより僕はこのときの自分の振る舞いを悔いています。なぜ「大丈夫です」と答えてしまったのかと。もしケンドリックが「帽子のLAの部分にモザイクかけてもいいですか?」と言われたら、絶対に「YES」とは答えないはずですから。
・授賞式(2)
2月28日が明けて29日にこの原稿を書いています。皆さんのお目に触れるころには第68回岸田國士戯曲賞が発表されていることだろうと思います。受賞された方、誠におめでとうございます。
受賞すると授賞式に出席することになるのですが、昨年出席した立場から僭越ながらもうひとつアドバイスをさせていただこうと思います。
授賞式でラップをするならば、それ相応の覚悟が必要になってくるということです。授賞式の恒例行事として受賞者のパフォーマンスタイムというものが設けられていて、我々は受賞作品「パチンコ(上)」の劇中で行ったラップを披露しました。事前にリハーサルを行ったのですが、本番の常で音量を1目盛り半くらい上げてしまったところ、会場のご担当の方を激怒させる事態となってしまいました。ZORNは「武道館出禁になるのもHip Hop」とラップしました。「学士会館出禁になるのもHip Hop」と言いたいところですが、その節は大変ご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。今年の授賞式でパフォーマンスをされる方々におかれましては、周りのお客様のご迷惑にならない音量で何卒よろしくお願い申し上げます。
・台本(書く時間)
僕は夜に台本が書けません。目はショボショボするし頭は働かないしで全く使い物になりません。そんな僕にとって、台本を書くのに最も集中できるゴールデンタイムは11時半~15時半の4時間です。僕の夕方までの日課はこのようになっています(※家業の仕事がない平日の場合)。
4:50 起床
5:30 ジョギング(1時間半)
7:30 犬の散歩(1時間)
9:00 息子を幼稚園に送る
9:30 コメダ珈琲店(スポーツ新聞を読んだり金価格をチェックしたり)
11:00 マルエツで買い物後に帰宅
11:30 台本執筆
15:30 息子を幼稚園にお迎え
そして、台本の伸びは早朝のジョギングにかかっています。ジョギング中にどれだけ発想が湧き出すか。以前は何か思いつくたびに立ち止まりiPhoneのメモに打っていたのですが、音声入力というものを覚えてからストップ&ゴーでジョギングのペースを乱されることなくメモすることができるようになり、とても便利です。しかも適度に間違えてくれるので、ラップのフレーズを考えているときなんかは思いもよらぬ方向に言葉が転がったりしてそれはそれで重宝しています。
尊敬する岡田利規さんも夜にテキストは書かないと仰っていました。
昼書派(ちゅうかくは):岡田利規さん、金山寿甲
(東葛スポーツ調べ)
・台本(書く時期)
台本を「いつ書くか?」と聞かれると、僕は「まだでしょ」と答えます。
俳優・演出家の丈さんのYouTubeチャンネル「丈熱BAR」にゲスト出演した鴻上尚史さんがこう仰っていました。「昔の演劇の良さは、リアルタイムで作品を作れること。現実とのタイムラグが一番少なかった。でも今はiPhone一つで映像作品が作れてしまう。一番早いメディアの座を譲ってしまった」。
全く仰るとおりだと思います。
公共劇場や大バコで、さらには芸能人が何人も出演するなど事前の台本チェックが必須のような公演でもないくせに、稽古初日前に台本が完本していることをことさら自慢する小劇場劇作家がいたりします。もちろん台本の遅さによってかかる俳優への過度な負担は考慮しなければいけませんし、実際に僕は俳優さんに負担をかけてしまっていると思います。しかし、時事ネタを取り扱う以上は致し方のない部分もあるのです。だって、時事ネタを扱っておいて最新の時事ネタが入っていないなんて、こんなカッコ悪いものないわけじゃないですか。ですから僕は台本が書き終わると、どうか世の中で大きな出来事が起きませんようにとただただ祈るのです。
いま書いていて思いましたが、台本が遅いのは時事ネタのせいじゃなくて、やっぱり僕のせいのような気がしてきました。この原稿も締め切りに遅れていますが、旬な時事ネタなんて一つも入っていませんもんね。「古事記」をやるにしても、稽古初日に台本は書けていないと思います。川崎麻里子さん、いつもラップの上がりが遅くて申し訳ございません。
ちなみに丈さんのYouTubeチャンネル「丈熱BAR」では、石倉三郎さんがゲストの回が特におすすめです。
※川崎麻里子の「崎」は立つ崎(たつさき)が正式表記。
金山寿甲 プロフィール
脚本家・演出家。演劇ユニット・東葛スポーツ主宰。ラップやサンプリングなどヒップホップからの影響と、俳優が本人役で出演するなどリアルとフィクションが交錯する作風が特徴。2023年、「パチンコ(上)」で第67回岸田國士戯曲賞を受賞した。