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「Chime」は「CURE」の精神的続編?黒沢清が45分に“怖いもの”詰め込んだサイコスリラー

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東京・菊川の映画館Strangerで行われた「Chime」のQ&Aに出席した黒沢清。

黒沢清の新作中編「Chime(チャイム)」が本日4月9日、東京・菊川の映画館Strangerで国内初上映。Q&Aに監督の黒沢、プロデューサーを務めた川村岬、岡本英之が出席した。

吉岡睦雄が主演を務めた本作は、料理教室の講師・松岡卓司を主人公にしたサイコスリラー。ある日、チャイムのような音が聞こえるという生徒が教室で驚くべき行動に出てから、松岡の日常は不可解な様相を呈していく。吉岡のほか、小日向星一、天野はな、安井順平、関幸治、ぎぃ子、川添野愛、石毛宏樹、田畑智子、渡辺いっけいが出演。第74回ベルリン国際映画祭ではベルリナーレ・スペシャル部門に正式出品された。

映像流通の新しい仕組みを提供するメディア配信プラットフォーム・Roadstead(ロードステッド)のオリジナル映画第1弾として製作された本作。Roadsteadを提供するねこじゃらしは、黒沢の「スパイの妻」の製作に携わっており、その縁から岡本の推薦で黒沢の参加が決まった。

Roadsteadは4月12日19時の正式ローンチと同時に、「Chime」の全世界同時販売をスタート。全世界999個限定のオーナーライセンスが99USドル(1万4850円)で販売され、4Kの本編に加え、金允洙が監督した63分のメイキングドキュメンタリー「料理人たち」、デジタルポスターが「Digital Video Trading(DVT)」のパッケージとして用意される。ユーザーは購入した作品を視聴して楽しむだけでなく、第三者へのリセールやレンタル、非営利の上映といった形でさまざまな利用が可能だ。

ねこじゃらし代表の川村には、黒沢へのオファーについて「まだできてもいないプラットフォームに協力してもらえるだろうか」という不安もあったそう。黒沢は「『スパイの妻』でご一緒して、すごく気持ちのいい仕事ができた。また声をかけていただけてうれしいのが率直なところ」と引き受けた理由を述べつつ、「通常の映画やテレビドラマとはずいぶん違う形態で皆様のもとに届けられる。そういう新しいものに参加できるのはすごく光栄に感じてスタートしました」と振り返る。当初、黒沢から監督は「本当に僕でいいんですか? 濱口(竜介)でなくていいんですか?」と尋ねたこともあったそう。

最初は短編としてのオファーだったが、ある程度伸びることは想定されており、予算や撮影日数を考慮する形で45分尺という中編の長さで完成した。黒沢は、その狙いを「45分という中途半端と言えば中途半端な。短くもないし、長くもない。その中で自分に何ができるのかというシンプルな欲望がありました」「通常の映画とは違う物語の形式で、あっという間に終わってしまうような、『なんなんだこれは?』という不思議な作品をできたら作ってみたかった」と語る。

内容は黒沢が自由に構想し、「何か怖いものを作りたい」という思いから物語を着想。まず映画における“3大怖いもの”として「幽霊の怖さ」「自分が人を殺してしまうのではないかという怖さ」「警察に逮捕されるのではないか。法律、秩序が自分にひたひたと近付いていくる怖さ」を考え、どのアイデアで作ろうか思案していたところ「3つともやってしまおう」と思い至った。黒沢は「幽霊、人を殺すこと、警察。みんな怖い。これをたった45分でやれないだろうかというのが僕のそもそもの発想でした」と話す。

タイトルは岡本の提案から「Chime」に決定。思いついたきっかけは、岡本も「正直に言うと覚えていない(笑)。会議の場で恐る恐る提案させていただきました」と言うように、記憶にないという。黒沢は「岡本さんが提案してくれるまで、全体の中でチャイムが1つのキーワードになるとは思ってもみなかった。映画は大抵このような流れでできあがります」と明かす。

料理教室という設定の着想を聞かれると、黒沢は「わりと思いつきで、大したきっかけはないんです」と答えつつ、クリント・イーストウッド監督作「ヒア アフター」の料理教室は念頭にあったという。「ステンレスの不気味な雰囲気。包丁も並んでいて、撮りようによっては怖くなると思いました」と述懐。実際の料理教室も見学したそうで「もちろん、全然不穏なことは何もない。ただ先生が言っても、料理を作ろうとしない生徒がいたり。いろいろと面白いものを見ました。これはいいかもと思ったぐらいですね」と振り返った。

Roadsteadでの公開について、黒沢は「長さが自由であることは魅力。ひょっとすると非常に長くてもいいし、すごく短くてもいい」とコメント。さらに「僕は基本的に映画の信奉者と言いますか、映画が第一とは考えてますが、今回のような通常の映画とは違う見せ方は、絶対に映画にとってプラスだと考えてます。よく『こんなものが出てきたら映画はどうなってしまうのか?』と不安がる人はいますが、少なくとも映画はその程度でめげません。むしろ映画はそれらを取り込んでより豊かになっていくと信じています。少し違う形で映画を豊かにできるチャンスがあるなら大いにやりたいという思いもありました」と話した。

客席からは包丁や様子のおかしい妻の描写、殺意の伝染といったモチーフから、黒沢が1997年に発表した「CURE/キュア」との関連を尋ねる質問も。同作が念頭にあったのか、精神的な続編のように考えているか聞かれると、黒沢は「的を得た、厳しいご指摘ですね。あまり考えてなかったんですが、同じようなことしか思いつけないんですね」と謙遜しつつ、「一種のサイコスリラーで似たようなテーマを扱っているので、どうしても似てくる。ただ、まったく『CURE』を念頭には置いていなかったです。つながりは考えていません」と話す。

一方で「CURE」を撮った1990年代末を振り返り「昔懐かしい『世紀末』と言われていた、いろんなことが変わっていく、ダメになるんじゃないの?と、ある種の不安があった時代。21世紀になってしばらく経ちますが、どうも世の中の仕組みやこれまで信じられていたモラル・常識が崩れつつある。これまでと全然違うことになっていく妙な不安……人によっては期待になるのかもしれませんが、そういうものを日本にいると感じなくはない。『CURE』のときと同じように、そういう世の中の不安を感じつつ作ったの“かも”しれませんね。本当に無意識のことです」と語った。

なお「Chime」はRoadsteadの販売終了後、一定期間を空けてから今夏にStrangerで先行上映。以降、日本全国、全世界での配給も予定されている。

(c)2023 Roadstead