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リッチ・ブライアンが語る、88rising躍進の理由「僕らはアジアンカルチャーをレペゼンしている」

音楽

ニュース

リアルサウンド

 ヒップホップをメインにアジアンカルチャーを世界中に発信するメディア・プラットフォームであり、音楽レーベル/マネジメント/マーケティング会社と様々な側面をもつ<88rising>の特集第3弾は、同社を代表するアーティストの1人であるインドネシア出身のラッパー、リッチ・ブライアンが登場。1月10日に行われた初の来日公演の直前、舞台裏で本番を待つリッチ・ブライアンを直撃し、同社の魅力やアーティストとしてのキャリア、そして今後のアジアンカルチャーについてまで、幅広く語ってもらった。希望に満ちた眼差しで未来を見据える19歳のアーティストの抱くビジョンを、その言葉の端々から感じてほしい。聞き手は、デジタル音楽ジャーナリストのジェイ・コウガミ。(編集部)

参考:88rising CEO ショーン・ミヤシロが語る、アジアンカルチャーの未来「お互いを認め合うことで世界は進んでいく」

■英語でラップをするのが自然だった

ーー88risingとの出会いについて教えてください。

リッチ・ブライアン(以下、リッチ):インドネシアにいた頃、2016年の始めにDumbfoundeadを通してCEOのショーン・ミヤシロを紹介されたのがきっかけだね。まだYouTubeに動画もアップしていなかったけれど、ショーンはこれから始めようとしている88risingというプロジェクトについて熱心に話してくれた。ショーンがKeith Apeのマネジメントをしていることは知っていたし、僕はKeith Apeの大ファンだったから、「OK、僕ももちろん88risingに参加したい」と伝えたよ。その後、2017年5月くらいに初めてアメリカに行って、ショーンと対面したんだ。

ーー英語が流暢ですね。今はアメリカに住んでいるのですか?

リッチ:いろいろなところを行き来しているよ。でもほとんどLAにいて、4カ月に一度くらい家族に会いにインドネシアに帰っている。13歳の頃からずっとアメリカに憧れていたから、今の生活は本当に最高だね。英語はYouTubeの動画を通して、11歳から覚えはじめた。英語のチュートリアルとかではなく、適当にそこらへんの英語で話しているYouTube動画を見て、何を言っているのかわからなかったらGoogleで調べるというやり方。それと、ラップをたくさん聞いたのも、すごくためになったよ。英語のラップに合わせようと思うと、速く話さなきゃいけないから、それで発音を覚えた。あとは、Twitterで知り合ったアメリカの人たちとスカイプで毎日話していたから、それも役立ったかな。そのうちの一人とはボストンで初めて会うことができて、めちゃくちゃ最高だったよ。

ーー英語でラップをすることにプレッシャーは感じない?

リッチ:ぜんぜん感じないな。僕にとっては英語でラップをするのが自然で、むしろインドネシア語でラップを書いたことがない。たぶん、得意じゃないと思う。

ーーヒップホップをやることになったきっかけは?

リッチ:2012年くらいからヒップホップを聞いていて、2015年くらいから趣味でラップを始めたんだ。YouTubeでビートを見つけて、それに合わせて歌詞を書いていたんだけれど、最初はすごく難しかったのを覚えている。韻を踏んだりとかさ。でも、楽しかったから続けて、作った音源をSoundcloudにアップロードしたら多くの人が「いいね」してくれたから、さらにやるようになった。真剣に取り組むようになったのは、MVの撮影をしてからかな。昔から弟と一緒に短編映画を作ったりして遊んでいたんだけれど、ある日、新しいカメラ機材を試していて、ふざけて曲に合わせて口パクをしていたら、それがそのままMVになっちゃった。それをアップしてみたら、いろいろな人にすごく気に入られたんだ。

ーー動画作りがラッパーとしての活躍に繋がったんですね。昔から動画撮影が好きだったんですか?

リッチ:うん、それは確かだね。今は音楽がメインだから動画を作るのは難しいけれど、MVを撮る時は監督と共同でコンセプトとかを考えて、一緒に編集もしているんだ。いつかは動画の仕事も本格的にやりたいと考えている。

■人々はこれまでとは違う新鮮なことが好き

ーーデビューアルバム『Amen』はアメリカを中心に世界中で高く評価されました。このようなリアクションは想像できましたか?

リッチ:僕はTwitterやVineを使って発信をし始めた時から、ずっとアメリカのリスナーを意識してやってきたし、フォロワーもアメリカ人の方が多かった。それが有名になるにつれて、インドネシア人にも認識されるようになったんだ。だから、アメリカの方が良い反響があるとは思っていた。でも、『Amen』は最初のアルバムで、僕はまだ自分のサウンドを模索している段階だった。アルバムに入れなかった楽曲もたくさんあったし、実際に入れた楽曲は僕にとって新たに挑戦したものが多かった。こんなにクレイジーなことになるとは、全く想像していなかったよ。

ーー影響を受けたアーティストやスタイルは?

リッチ:多方面からインスピレーションを受けているよ。例えばラッパーなら、ドレイクやフランク・オーシャンから影響を受けた。80~90年代だとフィル・コリンズとか、プログレッシブメタルバンドのDream Theaterとか、そういう音楽を聞いて育ったんだ。音楽経験はドラムからスタートしていて、それもすごくためになっている。最近はほとんど自分で楽曲をプロデュースしていて、ドラムの経験が活きていると感じるよ。でも、明確に「誰々みたいなアーティストになりたい」というのはなくて、自分でもよくわかっていないんだ(笑)。

ーーフリースタイルは得意ですか?

リッチ:フリースタイルは得意じゃないな。じっくり考えて音楽や歌詞を書きたいタイプだね。

ーーアメリカでは、ライブにどんな人が来るのですか?

リッチ:街によるけど、とても多様だよ。アジア系の人が多いと予想していたけれど、白人、ヒスパニック、アフリカ系アメリカ人……13歳くらいの子どもや、40~50歳の方が来てくれることもある。先日、驚いたのが、LAで日本料理レストランに行ったとき、酔った50歳くらいの夫人が僕のファンだと言って、「愛しているわよ!」「今すぐあなたをキスしたい!」って(笑)。こんなに幅広い人々が聴いてくれているなんて、本当にびっくりだよ。

ーーすごいですね。88risingの音楽はアメリカで受け入れられたと感じますか。

リッチ:もちろん! 最初は先行きがまったく見えなくて、「これはすごく新しいことだし、みんながどう受け入れてくれるのかわからない。そもそも受け入れてくれないかもしれない」と考えていた。でも、今の88risingの状況を見ればわかるように、人々はこれまでとは違う新鮮なことが好きなんだよ。それが証明された。88risingは常に新しいものを提示しようとしているだけなんだ。ライブではみんなが音楽を聞いて、「おっ、これは新しくてカッコイイ。彼らは自分のことを包み隠さないでいて、いいね!」と感じてくれている。アジア人ばかりのレーベルはアメリカでは珍しいし、しかもヒップホップやR&Bをやっているのが新鮮で、みんなワクワクして「自分も参加したい!」と思うんじゃないかな。一番重要なのは、僕らがアジアンカルチャーをレペゼンしていると感じられるところなのかもしれない。

ーー88risingはアジア人みんなの代表である、と。アメリカにおけるアジア人の立場はよくなっていると感じますか?

リッチ:そうだね、近年はすごくよくなっていると感じている。もちろん、まだ「完璧」ではないけれど、確実によくなっている。88risingを気に入ってくれている人たちは、同じようなことを感じているはず。そして、僕らがやっているようなことは、自分たちにもできると思ってくれているんだ。それはすごく光栄なことだよ。

■人々をもっとインスパイアしたい

ーー2019年はどんなことを予定していますか。

リッチ:今は新しい音楽を作っているよ。みんなは僕がいつ新曲をリリースするのか気になっていると思うんだけれど、新しいことにたくさん取り組んでいて、すごく新鮮な作品が出来上がりつつある。具体的なことはまだ秘密だけれど、楽曲の多くは自分でプロデュースをしているよ。それから、演技にもすごく興味があって、演劇の授業を受けたいと思っている。2019年には映画とかTVショーとかで、実際にアクションを起こせればいいな。

ーー88rising全体としては、どんな感じですか?

リッチ:この前、ショーンと話したらすごく良いことを言っていたんだ。88risingには色々なアーティストがいて、それぞれが自分の「タワー」を建てている。その「タワー」のどれかが超有名になれば、僕らみんなの勝利だって。だから、2019年も「タワー」を建て続けて、一緒に成長していくんだと思う。

ーーショーンと一緒に仕事をするのはどうですか?

リッチ:ショーンと仕事をするのは最高だよ。すごく不思議で、めちゃくちゃ面白い人なんだ(笑)。たくさん笑うのが好きで、素直で、とてもクリエイティブだよ。僕が「自分が今、何をしているのかがわからない」「曲が作れるかどうかわからない」というときには、頭を柔らかくして考えるように誘導してくれる。調子が良くないときは、2週間から1カ月くらい、まったく曲が作れない時期があるんだけれど、ショーンは「こうするべきだ」ということをバッチリ把握していて、彼と話した後はすごくインスパイアされるんだ。

ーーインドネシアの音楽シーンはどう見ていますか?

リッチ:より多くの人たちが独立して、アメリカのようにインターネットを使った活動をしている人が増えている感じだね。インドネシアでは長らく、アーティストはレーベルに所属して作品をリリースするのが主流だという認識だったけれど、最近は友達と作った曲をYouTubeにアップするだけで、うまくいけば成功することができるんだって、みんなが気付き始めている。喜ばしいことだね。そのことについては僕自身も、友達から「どうすれば良い?」と聞かれることがあるよ。

ーーそういう人たちを助けようと思いますか?

リッチ:もちろんだよ。人を助けるのは大好きなんだ。僕はインスパイアすることが何よりも好きで、僕がやっていることを見て、それに影響を受けて同じようなことをしようとする人が現れることに、強烈な何かを感じている。それはめちゃくちゃクレイジーでクールなことさ。僕からインスパイアされて、さらにクールなものが出てきたら最高だよね。

ーー日本の音楽はどう思っていますか?

リッチ:正直なことをいうと、まだあまりよく知らないんだ。でもKOHHは知っているし、彼は最高のアーティストだよ。USツアーで一緒だったんだけれど、彼のパフォーマンスはなるべく観るようにしていた。フランク・オーシャンのフィジカル版の『Blonde』にフィーチャーされた「Nikes」はヤバかった! もっと日本の音楽は幅広く聴いてみたいね。日本に来るのは2回目で、ライブをするのは初めてなんだけれど、日本人はみんなすごくクールだから、今夜のライブもきっと最高になるはずさ。(取材=ジェイ・コウガミ/構成=松田広宣、かぷぬ/写真=三橋優美子)