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ヴェールを脱いだ新国立劇場『デカローグ』、開幕レポート

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『デカローグ1』「ある運命に関する物語」より、右から)ノゾエ征爾、石井 舜 (撮影:宮川舞子)

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4月13日(土)、新国立劇場『デカローグ1〜10』の初日の幕が開いた。原作は、ポーランドの巨匠クシシュトフ・キェシロフスキ監督による映画。十戒をモチーフとした十篇の連作集を、3カ月かけて完全舞台化するという大プロジェクトの開幕を飾ったのは、プログラムA(『デカローグ1』『デカローグ3』)・プログラムB(『デカローグ2』『デカローグ4』)の交互上演。いつにも増して幅広い年齢層の観客が足を運んだ新国立劇場小劇場にて、A・B両プログラムを観た(4月14日・15日)。

1987〜88年に撮影され、1980年代のワルシャワの団地に住まうさまざまな人々の姿をオムニバス形式で描き出す『デカローグ』。ポーランド映画の金字塔ともいわれる作品だけに、演劇ファンのみならず映画ファンの関心も集めている。淡々とした語り口で展開するキェシロフスキ作品が、舞台上にどのように立ち上がるのか。期待を募らせ劇場に足を踏み入れると、どことなく懐かしい空間が視界に飛び込んでくる。三層に組まれた集合住宅の装置は、コンクリートの無機質な手触りに、ガラスブロックから入ってくる柔らかな外光をも感じさせる。たびたび背景に映し出される巨大団地の外観のイメージも、昭和期の公団住宅の風景と重なり、ノスタルジックな雰囲気に。あの映画独特の薫りを伝える、ひっそりとした美しさが心地よい。演出は、本プロジェクトを牽引する小川絵梨子新国立劇場演劇芸術監督と、上村聡史のふたり。幕開けの公演は、プログラムAの二篇を小川、プログラムBの二篇を上村が担当、各プログラムでそれぞれの仕事をじっくり味わう形となった。

『デカローグ1』「ある運命に関する物語」より、右から)ノゾエ征爾、石井 舜、高橋惠子(撮影:宮川舞子)

プログラムAの前半、『デカローグ1』は「ある運命に関する物語」。大学教授クシシュトフ(ノゾエ征爾)は12歳の息子パヴェウ(石井舜)とふたり暮らし。腕立て伏せを競ったり、コンピューターを用いてさまざまな問題を解いたりする姿が微笑ましい。

父子に優しく寄り添うクシシュトフの姉、イレナを演じ強い印象を残したのは高橋惠子。信心深く、パヴェウを教会に通わせようとするも、無神論者のクシシュトフとは意見が合わない。十戒の最初の戒め「わたしのほかに神があってはならない」が、重々しくのしかかってくるエピソード。「死ぬってどういうこと?」と父に問うパヴェウの声が、いつまでも耳に残る。

『デカローグ3』「あるクリスマス・イヴに関する物語」より、右から)千葉哲也、小島聖(撮影:宮川舞子)

団地の片隅から、主人公たちの生活を覗き見ているような気分

プログラムB『デカローグ2』は、「ある選択に関する物語」。バイオリニストのドロタ(前田亜季)は、同じ団地に住む医長(益岡徹)を訪ね、重い病を患い入院している夫アンジェイ(坂本慶介)の余命を知りたいという。ドロタは愛人の男の子供を妊娠していた──。常に苛立ちを隠せずにいる彼女の姿が痛々しい。

『デカローグ2』「ある選択に関する物語」より、右から)前田亜季、益岡徹(撮影:宮川舞子)

『デカローグ4』「ある父と娘に関する物語」は、近藤芳正演じる父ミハウと、夏子演じる娘のアンカの物語。母はアンカが生まれた時に亡くなっているが、快活で魅力的なアンカと優しい父は、まるで友達、ともすると恋人同士のように仲が良い。ある日アンカは「死後開封のこと」と父の筆跡で書かれた封筒を見つけ──。十戒は「あなたの父母を敬え」と戒めるが、この父娘はどうだろう。劇場を後にしても、登場人物たちのその後の人生が気にかかる。

『デカローグ4』「ある父と娘に関する物語」より、右から)近藤芳正、夏子(撮影:宮川舞子)

必要以上に畳み掛けるセリフの応酬も、仰々しい場面転換もない舞台。それだけに、次々と登場する俳優たちの存在感が、ぐっと胸に迫る。演じるのは皆、普通の団地の普通の人たち。そこに時折、亀田佳明演じる“男”が姿を見せる。天使とも捉えられる彼は、十篇すべてにセリフなしで登場し、若い男や路面電車の運転士、医師といった姿で、ことの成り行きを、ただ、見守る。客席の私たちも、団地の片隅から、主人公たちの生活を覗き見ているような気分だが、どんな場面のどんな人たちにも、不思議と責めたり見捨てたりする気にはなれない。彼らの運命や迷い、選択や孤独は、救いがない場合もあるけれど、ただ静かに、見守っていたくなる舞台だ。この作品を、十篇すべてを完全上演する意味は、3カ月間この作品に寄り添うことで、おのずと見えてくるだろう。

公演は5月6日(月・休)まで。新国立劇場小劇場では、このあと5月18日(土)~6月2日(日)に『デカローグ5・6』(プログラムC)、6月22日(土)~7月15日(月・祝)に『デカローグ7〜10』(プログラムD・E)を上演。

取材・文:加藤智子

<公演情報>
舞台『デカローグ 1~10』

原作:クシシュトフ・キェシロフスキ/クシシュトフ・ピェシェヴィチ
翻訳:久山宏一
上演台本:須貝英
演出:小川絵梨子/上村聡史

2024年4月13日(土)~7月15日(月・祝)
会場:東京・新国立劇場 小劇場

●[デカローグ1~4(プログラムA&B交互上演)]
2024年4月13日(土)~5月6日(月・休)

●[デカローグ5~6(プログラムC)]
2024年5月18日(土)~6月2日(日)

●[デカローグ7~10(プログラムD&E 交互上演)]
2024年6月22日(土)~7月15日(月・祝)

チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2449609

公式サイト:
https://www.nntt.jac.go.jp/play/dekalog/

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