「テレビマンが作るドキュメンタリー映画」#3:佐井大紀(TBS)
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佐井大紀
近年、注目を浴びているテレビ局発のドキュメンタリー映画。連載コラム「テレビマンが作るドキュメンタリー映画」では、普段はテレビ局のさまざまな部署で働く作り手に、会社員ならではの経歴や、テレビと映画の違い・共通点をテレビマン目線で語ってもらう。
第3回では、TBSのドラマ制作部でプロデューサーとして働く傍ら、映画監督として「日の丸~寺山修司40年目の挑発~」「カリスマ~国葬・拳銃・宗教~」などを手がけてきた佐井大紀にインタビューを実施。“生活の99%”と語るドラマプロデューサーとしての仕事や、ドラマとドキュメンタリーの違い、今年立ち上げた「TBSレトロスペクティブ映画祭」などについて聞いた。
取材・文・撮影 / 脇菜々香
基本的には生活の99%がドラマの仕事
──まずは、TBSでの普段の仕事内容からお聞きしたいです。佐井さんはドラマ制作部所属で、1月期のドラマ「Eye Love You」を担当されていたんですよね。
「Eye Love You」では上から3番目のプロデューサーでした。
──1年目の配属からドラマ制作部だったんですか?
最初の半年間は、半分研修みたいな感じでバラエティ番組「マツコの知らない世界」を経験して、1年目の終わりからドラマ制作部に入りました。AD、APを経て、プロデューサーの仕事をし始めたのはこの1年半くらいですね。学生のときからドラマをやりたいと思っていて、昔は「ウルトラマン」とか、TBSだと「ケイゾク」(1999年)が好きでした。2000年代のドラマはリアルタイムで観ていましたし、「ランチの女王」(2002年)、「プロポーズ大作戦」(2007年)、「花ざかりの君たちへ~イケメン♂パラダイス~」(2007年)などフジテレビのドラマもけっこう好きです。
──連ドラの仕事をしながら、ドキュメンタリー番組・映画も作っていらっしゃいます。とんでもない忙しさなのではないかと予想しているのですが……。
基本的には生活の99%がドラマの仕事で、撮影が早めに終わった日にドキュメンタリーの構成を書くとか、隙間にドキュメンタリーをやっている感じなので、ずっと取材しているということではないんです。なので、それぞれの仕事がぶつかり合って生活が破綻するということはないですね。ドキュメンタリーの仕事のほうが自分の名前が世に出ることが多いんですけど、実際はドラマの仕事ばっかりやっているので、世の中での僕の見え方と社内的な見え方は違うと思います。
大根仁さんが作っていた深夜ドラマに「これはなんなんだ」
──ドラマの仕事をしながらドキュメンタリーを作るようになったのは、TBSドキュメンタリー映画祭が始まったからですか?
そうですね。企画募集で「日の丸」の企画が通りました。
※編集部注:「TBSドキュメンタリー映画祭 2022」で上映した監督作「日の丸 ~それは今なのかもしれない~」。のちに「日の丸~寺山修司40年目の挑発~」のタイトルで劇場公開された。劇作家・寺山修司による1967年放送の実験的なTBSドキュメンタリー「日の丸」をリブートした企画で、街ゆく人々に「日の丸の赤は何を意味していますか?」などと矢継ぎ早に質問を投げる街頭インタビューを行う。1967年と2022年を対比させることで「日本」や「日本人」の姿を浮かび上がらせようとするさまが映し出された。
──そもそもなぜ佐井さんは、寺山修司の制作物に反応したんでしょうか。
是枝裕和さんの本か何かで知っていたんですけど、ずっと観る術がなかったんです。会社に入ってアーカイブが掘れるようになったので、新人の頃に観て「これはすごいな」と。寺山修司が構成したドキュメンタリー番組「日の丸」や「あなたは……」は、1960年代のフランスのヌーベルヴァーグなどの影響が色濃いメディア論的な作品で、それを深夜のテレビでやるっていうのはすごく面白いなと感じました。たまたまテレビをつけちゃった人が「何これ?」ってなる。テレビってそういう可能性を持った媒体だと思うし、僕はテレビ東京で大根仁さんが作っていた深夜ドラマ「湯けむりスナイパー」(2009年)やテレビ版「モテキ」(2010年)を中高生のときに観て、「これはなんなんだ」と感じたのが自分の中にすごく残っているので、そういう意味でも深夜に実験的なことをやるっていうのは、自分としては高いモチベーションになったんですよね。(※編集部注:映画祭での上映前に、テレビ短縮版「日の丸 それは今なのかもしれない’22」がTBSの「ドキュメンタリー『解放区』」枠で放送された)
──作品の内容に話を進めると、まずは街頭インタビューがめちゃくちゃ大変そうだなという印象を受けました。名乗らず、いきなり質問をぶつけるじゃないですか。
大変でしたね。答えてくれた人は全体の10分の1くらい。変な人だと思われて……まあ変な人なんですけど(笑)。ただ「TBSです」って名乗ってしまうと意味がない。急に質問されて「え?」って戸惑う様子を撮ることに意味があるので、“名乗らない”というのは徹底しました。
──「TBSの者です」と名乗るとどういう影響がありますか?
比較的多くの方は(怪しい人ではないと)安心するんじゃないですかね。あとは、テレビに映るんだと思うと、テレビ向けの態度になるじゃないですか。よくわからない状況で急にカメラを向けられて、変なことを聞かれると、人は怖がったり怒ったりすると思うんですけど、そういうものこそが普段テレビで観られないものだと思うので。
──佐井さん自身は、街の人から怒られたり無視されるのは怖くなかったんですか?
そもそも僕が怖い思いをさせている側だとわかってやっていたので、僕自身は怖くなかったですね。
──自分が一番怖い人になれば、無敵なんですね(笑)。インタビューのほかにも、膨大な資料の中から必要な素材を集めることと、それを整理することは非常に大変だと思うんですが。
僕自身、古いものを掘るのが好きだし、こういう映像が欲しいと思ってライブラリーに探しに行くので、そんなに苦ではなかったですね。新聞や雑誌は、本来掘るのが難しいんですけど、幸いにも寺山修司の手帳や当時のディレクター・萩元晴彦のスクラップブックが残っていたし、当時の関係者を数珠つなぎ式で紹介してもらえました。ある意味、狭いコミュニティの中で作られたものだったので、過去のことに関しては比較的スムーズにリーチできたかもしれません。
ドキュメンタリーのほうがよっぽどフィクション
──「日の丸~寺山修司40年目の挑発~」や、「TBSドキュメンタリー映画祭2023」で上映された「カリスマ ~国葬・拳銃・宗教~」は、構成や、明確な答えを提示しないラストなどから、佐井さんの頭の中で起きている“連想”や“暗示”が作品になった印象を受けました。「ドキュメンタリーを進める方向ってこんなに自由なんだ」と衝撃でした。
人からは「本当はこんなのドキュメンタリーじゃない」と言われます。「もっと深く掘っていった先に、何か“事実”とか“真実”とかが出てくるんじゃないの?」って言われるんですけど、僕からすると、ドキュメンタリーのほうがよっぽどフィクションだという気がするんです。“ドキュメンタリーには真実がある”と信じている人は、僕が(作品の中で)観念的なところに話を進めると「逃げた」って思うんですけど、実際にドキュメンタリーを作っている人間にとっては、作り手が(編集で素材を)切って貼っている=“全部作り物”っていうところに行き着くと思うんです。
──ドラマなどのフィクションとはどう違うんでしょうか。
ドラマの現場では、俳優が台本をもとに演技する=架空の人間や物語を事実として浮かび上がらせようと、みんな一生懸命努力するじゃないですか。その過程のほうがよっぽどドキュメンタリーであり事実だと思うんですよね。映画やドラマの撮影現場で起きていることのほうがドキュメンタリーで、ドキュメンタリーで起きていることがすべてフィクションだというのは、僕がどちらもやっているうえで得た感覚ですね。
──それに気付いたのはいつですか?
(2023年6月に「ドキュメンタリー『解放区』」で放送された)「方舟にのって ~イエスの方舟44年目の真実~」を作っているときに確信しました。明確な取材対象があったからだと思うんですが、彼女たちとのやり取りをどういうふうに切り取っていくか、と考えて編集しているときに「もはやフィクションの作業だ」と思いました。もしかしたらドキュメンタリーや報道畑の人は、真実を追求することにすごくモチベーションを持っているのかもしれないですけど、僕は記者ではないので、“作り物”だという前提で組み立てていくドキュメンタリーの作り方に面白さを感じていますね。
矢面に立つべきなのは作っている側の人間
──どの作品も共通して、ご自身がインタビュアーとして出演されているのも、どういったこだわりなのか気になります。
ドキュメンタリーにおいて取材対象者は、何を言ったとしても悪くないんですよね。取材している人間が相手を俎上に載せて、こちらが聞きたいことを聞いて、こちらの意思で編集しているじゃないですか。だから矢面に立つべきなのは作っている側の人間だと思うし、自分が表に出て「これは僕の考えなんだ」ってことを示す。「方舟にのって」に対しても「全部お前の感想じゃん」という声があったんですけど、僕が入ることによって取材対象者が非難されることはない。あとは、ドキュメンタリーってどうしても“真実”のようなものが見つかるのが面白いというふうになっているんですけど、どちらかというと“どういう語り口で伝えるか”っていうほうが、面白さであり、撮る人間ごとの違いが出てくるところだと感じていて。語り口が抜群にうまい人こそ、ドキュメンタリーの監督として注目されるんです。必ずしもいい取材対象と出会うことがすべてではない。もちろんいつ何を取材するかはすごく大事だしそれが企画の根幹なんですけど、それで終わってはいけない。見せ物としてどう刺せるかが重要な気がしています。
──インタビュアーだけでなくナレーションもされています。
予算もないので(笑)。記者なら(ニュース取材などで)撮りためた映像を編集してドキュメンタリーの形にすることもできるんですが、僕みたいに撮りためたものがない人間は、0から取材するとほとんどお金が残らないんですよね。取材後も、編集は全部自分のパソコンでやりますし、テロップも自分で打ちます。MA(映像にBGM・効果音などを加え、音質やバランスを調整すること)も数時間で終わらせて、自分でナレーションをばーっと読んでっていう……。1日とか1日半で終わらせないといけないことも多いです。
──その予算は今後大きくなっていくんですか?
大きくなっていくことはないんじゃないですかね。ドキュメンタリーっていうのは、お金を渡されたからって必ずしもよくなるものじゃないよなと。「NONFIX」というフジテレビの深夜枠で、1990年代に森達也さんや是枝さんが撮っていたものを観ても、お金を掛けていないことがわかるんですよ。その中で最大化するのが面白いというか。だからこそ作り手独自の目線や語り口が試されると思いますね。お金がない中でどういうふうに“満足感”を出していくか。すごくお金を掛けているドラマの現場を経験しているからこそ、お金を掛けないで何ができるかっていうところを考えるんだと思います。
“1990年代AV的な感覚”でドキュメンタリーを撮っている
──佐井さんがこれまで手がけた作品から感じた印象として、クセになるある種の“気持ち悪さ”があります。最近テレビでもフェイクドキュメンタリーや、バラエティや恋愛ドラマの体をしたホラーなど、ひとひねりある番組が増えていると思うんですけど、そういった番組を意識されることはありますか?
僕はすごく好きですよ、フェイクドキュメンタリー。フェイクドキュメンタリー「Q」というYouTubeは毎回観ていますし、テレビ東京の大森時生さんがやっている番組も観ます。ただ僕の場合は、本当のことを取材して「現実の社会はすごく不安定だし、無秩序で怖くない?」という不穏さを出している。みんなが抱いている不安感をフィクションという場所で観られるフェイクドキュメンタリーの作品に比べると、僕の作るものは怖すぎるのかもしれない……。
──確かに、いくら怖くてもフェイクですもんね。
“不安と無秩序に満ちた今の社会で何を安心しているんだ”と思う一方で、1990年代にも、オウム真理教の地下鉄サリン事件や阪神淡路大震災があった1995年に「新世紀エヴァンゲリオン」やJホラーといった不気味なものが流行ったんですよね。1990年代は、アダルトビデオも重要です。当時のAVって、テレクラで出会った地方都市の女性と交渉して映像を撮る監督がいたり、ドヤ街に行ってそこの労働者と撮ったり、社会問題に影響を受けた作品が多く作られていて。僕はそんな“1990年代AV的な感覚”でドキュメンタリーを撮っているのかもしれません。そして、ドキュメンタリーだけ作っていてもダメだし、ドラマだけでも物足りないから、行ったり来たりしてフィードバックさせ合うことが、自分だけの仕事だなと思っています。
──そのほか、佐井さんが立ち上げた「TBSレトロスペクティブ映画祭」も4月26日から始まりました。TBSに収蔵された貴重なドキュメンタリーフィルムをデジタル修復して劇場公開する企画とのことですが、“第1回”ということは今後も続けていくんでしょうか。
今後も続く予定で、先々の準備もしていますね。立ち上げたきっかけとしては、僕自身が10代の頃にこういう過去の面白いものを観たかったけど観れなかった、と思っていて。せっかくあるTBSの財産ですし、僕も大きなスクリーンで観てみたいし、映画祭という形で体感できるといいなという気持ちがありました。フィルムは生ものだからなるべく早くきれいにデジタル化してあげないと、どんどん劣化していくんですよ。やると決めたタイミングで腹をくくってやらないといけないし、貴重な素材を後世に残す1つのきっかけにしようと、会社に企画を出しました。倉庫からフィルムを出して高画質デジタル化して傷を消す作業をしています。
──企画が通ったのはこれまでの実績があってこそですね。初回は寺山修司特集ですが、今後はどういう切り取り方をしていきたいですか?
まだ内緒です! ただTBSにはまだまだ貴重なフィルムが沢山残っていますので、ご期待ください。
──テレビの貴重な素材を劇場で観られる機会はこれまであまりなかったですね。
ピンポイントのイベント上映はあるんですけど、ちゃんと映画祭と銘打ったものはないと思います。年に1回、続けていく予定です。僕はドラマを半年から1年に1本のペースで担当しているので、おそらくこのペースが限界だと思います。映画の仕事がトリッキーすぎるので、ドラマの人間としてもちゃんとインパクトある仕事をしないといけないなという個人的な課題もありますね。
木村栄文さんのスタイルを一度やってみたい
──ドキュメンタリーで今後作りたいものはありますか?
今はTBSレトロスペクティブ映画祭をどう維持していくかっていうところに一番の関心があって、少なくとも全国5カ所で開催できる目途が立っているので、毎年この映画祭をやれればそれでいいって気持ちもありますが、また1カ月ぐらい経ったら「次は何を撮ろうかな」となっているかもしれないです。あとは音楽の仕事をやりたいですね。ラジオに出たり、ザ・ビートルズに関する文章を書いたりする仕事が少しずつ増えてきているので、音楽関連もいろいろやっていくことが今年・来年のテーマかなという感じです。
──最後に、佐井さんが気になったテレビ局発のドキュメンタリーを教えてください。
去年(2023年)、NHKで「哲学的街頭インタビュー」という番組が放送されていたんです。僕が作った「日の丸」をもしかしたら観てくれて、こういう街録をやってみてもいいかもと思ったのかなって。観て、反応してくれる人もいるのかもという手応えを感じました。
NHKの「ニッポンおもひで探訪 ~北信濃 神々が集う里で~」は、長野県飯山市の集落を俳優の宍戸開さんが訪ねるドキュメンタリーなんですけど、ふたを開けてみたらそこはもう廃村になっていて、なくなってしまったお祭りを、その村に昔住んでいたおじいさん・おばあさんで再現するという構成。テレビマンユニオンの今野勉さんが伊丹十三さんと1970年代に作った「天が近い村」っていうドキュメンタリーがあって、その番組ではある村の婚姻の歌を撮影しようと訪ねたら「お祝いの歌を撮るなら結婚式を全部やってしまったほうがいい」と村人たちが善意で結婚式を演じてくれて、その事実も最後に打ち明ける。それと同じことをやっているんですが、このように50年も前のものを現代で踏襲することもあるから、僕がやったことも一部の作り手に間接的に作用していくのかもしれないし、狭い範囲内だけどわりといい循環を作れているのかもしれないという思いはありますね。僕の勘違いかもしれないですけど(笑)。
──そうやって時を超えて影響を与え合い、面白い番組が生まれるといいですよね。
あとドキュメンタリーとしては、木村栄文さんのスタイルを一度やってみたいですね。実在の人物を俳優さんが演じることでフィクションとドラマが混ざるような作り方なんですけど、三國連太郎(「記者ありき 六鼓・菊竹淳」)とか高倉健(「むかし男ありけり」)といった名優と組んだ作品がいくつかあるんです。自分はドラマ制作部で役者さんと近い距離にいるので、どこかのタイミングでやってみたいなと思っています。
佐井大紀(サイダイキ)プロフィール
1994年生まれ。2017年にTBS入社。ドラマ制作部にて「Get Ready!」「Eye Love You」などのプロデューサーを担当する傍ら、東京・新国立劇場で上演した朗読劇「湯布院奇行」の企画や、ラジオドラマの原作など活動は多岐にわたる。ドキュメンタリー監督としては、「TBSドキュメンタリー映画祭2022」で上映された「日の丸 ~それは今なのかもしれない~」が、「日の丸~寺山修司40年目の挑発~」として劇場公開されたほか、「カリスマ~国葬・拳銃・宗教~」「方舟にのって~イエスの方舟45年目の真実~」などを手がける。2024年4月26日からは、企画・プロデュースを担った「TBSレトロスペクティブ映画祭」が全国で順次開催中。
TBSレトロスペクティブ映画祭 概要
東京都 Morc阿佐ヶ谷ほか全国で順次開催中
<上映作品>
「あなたは……」(デジタル修復版)
「日の丸」(HDリマスター版)
「中西太 背番号6」
「サラブレッドーわが愛ー大障碍の記録ー」(HDリマスター版)
「勝敗 第一部・第二部」(デジタル修復版)
「日の丸~寺山修司40年目の挑発~」
「カリスマ~国葬・拳銃・宗教~」
(c)TBS