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菊之助の風格漂う「政岡」で、名作『伽羅先代萩』がよみがえる【『團菊祭五月大歌舞伎』観劇レポート】

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風薫る5月、東京・東銀座の歌舞伎座では、毎年恒例の「團菊祭」が上演中だ。九世市川團十郎(1838年~1903年)、五世尾上菊五郎(1844年~1903年)は共に、現在に至る歌舞伎の礎を築いた名優。「團菊祭」はその功績をたたえるもので、市川團十郎家と尾上菊五郎家の俳優たちを中心に、今年も名作・人気作が並んでいる。

昼の部(11時開演)は、尾上松也と尾上右近、中村萬太郎という若手実力派の幻想的な舞踊『鴛鴦襖恋睦(おしのふすまこいのむつごと)』から。続く『歌舞伎十八番の内 毛抜』は、“髪の毛が逆立つ”という姫の奇病を粂寺弾正が見事に解決する人気作。四世市川左團次の一年祭追善狂言として市川男女蔵が粂寺弾正を勤めるほか、團十郎の後見、さらに菊五郎、中村時蔵、中村鴈治郎らの出演で贈る。

昼の部の最後は團十郎がタイトルロールを勤める『極付幡随長兵衛』。江戸時代に実在した侠客をモデルに、河竹黙阿弥が九世團十郎に当てて書いたという傑作だ。團十郎の長兵衛と、敵対する旗本・水野十郎左衛門に尾上菊之助という好配役も見どころ。

さて今回は、夜の部(16時30分開演)から、江戸時代の“三大御家騒動”のひとつ「伊達騒動」をもとにした名作『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ) 御殿/床下』をピックアップ。

御家横領を企む仁木弾正の一味から若君・鶴千代(中村種太郎)を守るため、乳人・政岡(菊之助)は若君を御殿の奥にかくまい、その食事も自分で用意する。鶴千代が口に運ぶものは、すべて息子の千松(尾上丑之助)に毒見をさせるという徹底ぶり。そこへ、逆臣側の栄御前(中村雀右衛門)と仁木弾正の妹・八汐(中村歌六)が見舞いにやってくる。若君へと差し出された菓子を前に、毒入りではないかと逡巡する政岡。事情を察した千松が飛び出して菓子を口にすると、案の定苦しみだす。我が子の無残な姿にも動じず冷静な政岡を見て、栄御前は死んだのが千松ではなく鶴千代だと思い込み……。

上記の「御殿」の場に続く「床下」の場は、政岡が手に入れた連判状を、一匹のねずみがくわえて逃げようとするシーンから。荒獅子男之助(市川右團次)がねずみを踏みつけ打ち負かそうとするところへ、妖術を使ってねずみとなっていた仁木弾正(團十郎)が姿を現す。弾正は不敵な笑みを浮かべると、再びどこかへ消えてゆく。

女方の大役として知られる政岡を、菊之助は乳人ならではの風格と、悲惨な状況でも忠義を貫く強さと共に表現。一方で、自ら茶釜を使ってご飯を炊く「飯炊き(ままたき)」の場面では、待ちきれない様子の千松を叱りながらも、鶴千代と並んで食べるさまを見守り母親らしい愛情をにじませる。それだけにその後の展開がなんとも切なく、客席からはあちこちですすり泣きが漏れていた。

千松役の丑之助は菊之助の長男。劇中と同じく実際の親子共演という点も見どころなのだが、冒頭から自分の行く末を受け入れるかのように静かに控える様子は、すでに演技巧者の佇まい。丑之助の存在感が舞台に厚みを加えているのは間違いないだろう。

千松に直接手をかける八汐役・歌六の憎々しさ、栄御前役・雀右衛門のひょうひょうとした悪人ぶり。その他、見舞いの際に政岡を助けようとする忠臣側の奥方たち、沖の井(中村米吉)と松島(中村芝のぶ)の凛とした美しさが印象に残った。

「床下」の場では、ぼうっと灯る明かりに照らされて團十郎扮する仁木弾正がせり上がると、その妖しい美しさに劇場内が静まり返る。御殿のほうを見、声もなく笑うと、悠々と花道を歩いて去る弾正。短い場面なので仕方がないとはいえ、この弾正をもっと観たかった…とつい思ってしまうのは観客のわがままだろうか。

夜の部は続いて、幕末に起きた江戸城御金蔵破りという大事件をもとにした異色作『四千両小判梅葉』で打出しとなる。町人ながら腹の据わった富蔵を演じる尾上松緑と、武士でありながらどこか小心者の藤岡藤十郎役・中村梅玉の盗人コンビが味わい深い。富蔵が商う当時のおでん屋台の様子や、捕らえられた後の牢内の細かいしきたりなど、興味深い場面もあちこちに。今は目にすることのできない江戸文化を間近に堪能できるのも、歌舞伎を観る面白さだろう。

取材・文:藤野さくら
写真提供:松竹株式会社

<公演情報>
團菊祭五月大歌舞伎

公演期間:2024年5月2日(木)~26日(日)
会場:歌舞伎座

チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2450356

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