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坂口健太郎がいつも健やかな理由「悩んだら距離を置いてみる」

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坂口健太郎 (撮影/友野雄)

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ひなたぼっこ、みたいな人だ。

彼がいるだけで、周りがぽかぽかと温かくなる。不要な威圧感や緊張感を人に与えない。坂口健太郎の周りには、野の上でまどろむようなのどかな時間が流れている。

なぜ坂口健太郎はこんなにも健やかでいられるのか。その言葉から見えてくるのは、何かと息苦しい令和の時代に必要な“他者と自分との距離の置き方”だった。

どんな名優でも勝てない唯一のもの

坂口健太郎が演じる役は、どこか彼の持っている空気がそのまま溶け込んでいるような印象がある。役の性格が、彼本人に似ているとか、そういうことではない。坂口健太郎という肉体を通して演じることで、役の人間らしさが膨らむ。その演技スタイルは、若き日に受けたある演出家の薫陶があった。

「『かもめ』という舞台をやるとき、演出の熊林(弘高)さんに聞いたんです。『かもめ』の時代背景を調べたり、僕が演じるトレープレフという役をこれまでやってきた役者さんのお芝居を見て勉強しておいたほうがいいですかって。そしたら熊林さんが、どちらでもいいですと。勉強してきたら勉強したあなたの芝居になるし、勉強しなかったらしなかったあなたの芝居になる。そのどちらがいいとは言えない、と」

まだ俳優デビューから3年目の若手にそう告げて、名演出家は続けた。

「ただ、少なくともこれまでトレープレフを演じてきた数々の名優に今のあなたが芝居で勝つことはできません。じゃあ、そんな名優が唯一あなたに勝てないところはどこか。それは、あなたが演じるということです。誰もあなたには勝てないんだから、あなたはあなたのままやりなさい、と言ってもらって、なるほどそうなんだなと。芝居を続けていく上で、あの言葉は今でも時々思い出すくらい大切なものになっています」

自分がその役を演じる意味を見つける。坂口健太郎はいくつもの役とそんなふうに寄り添いながら演じてきた。11月14日(木)より世界配信されるNetflixシリーズ『さよならのつづき』で演じた成瀬和正も、坂口健太郎という器に注ぎ込むことで命を得た。

脚本は、岡田惠和。共に主演を務めるのは、有村架純。坂口にとって縁の深い布陣だけに、撮影に入る前段階から作品づくりに深く関わる機会があったという。

「まだ台本になる前――プロットの段階だったんですけど、こういうストーリーを想定していますというのを聞いて。僕と架純ちゃんから意見を伝えさせてもらいました。実は、初期段階では僕とミキさんが結婚していなかったり、逆に結婚して子どももいる世界線もあったんですよ。ただ、子どもがいるとちょっと難しくなるんじゃないかとか、結婚していないと好きになってはいけない人に心臓が動いてしまう切なさが薄まるんじゃないかとか、そういう話をいろいろとさせてもらいました」

心臓に息づく知らない誰かを演じる難しさ

妻・ミキ(中村ゆり)とささやかな生活を送る大学職員の成瀬和正。幼少の頃から体が弱い成瀬は、自分の人生の「終わり」をかすかに感じていた。そんな中、心臓移植手術が成功し、成瀬の人生に思いがけない「つづき」が訪れる。だがその心臓は、さえ子(有村架純)の亡くなった恋人・雄介(生田斗真)のものだった。

性格も生い立ちも別人。だけど、その体には愛した人の心臓が息づいている。さえ子と成瀬の関係は、いつしか他の誰も踏み込むことのできない特別なものとなっていく。

「成瀬の中でどんどん雄介のパーセンテージが大きくなっていく。でも、時々成瀬に戻ることもあって。今、雄介が何パーセントかなんてことは説明のしようがないから、もう感覚でやるしかないんですよね。撮り終わった今も、正直まだ何が正解だったのかわかっていないところがあって。架純ちゃんに聞いたり、監督に聞いたり。次はもうちょっと雄介を出してみようかって、何パターンか撮ったりもしました」

その一つが、雄介の親友・健吾(奥野瑛太)と対面する場面だ。

「そこで成瀬は心臓がさえ子を求めているのか、それとも自分自身が求めているのかわからないと吐露するんですけど、監督からオッケーが出たあとに、僕からもう1回やらせてほしいとお願いしました。普段、自分からこっちのパターンを撮ってもいいですかと言うことって僕はあんまりなくて。それくらい正解が何かわからなかった。でもきっとどれも間違いではないと思うんです。ただ、いろんなパターンを試せれば、その中から監督に選んでもらったものが正解だったんだと納得できる。きっと一つのパターンしかやってなかったら、同じ演技でも最終的な自分の受け止め方は違ったんじゃないかな」

愛する夫の心が、少しずつ別の女性へと傾いているかもしれない。妻・ミキの胸中はそんな猜疑心にかき乱される。脚本について話し合う中で、坂口はミキのためにこんな提案をした。

「詳しくは言えないんですけど、8話に雪の道のシーンがあって。もともとあのシーンは台本にはなかったんです。だけど、ここで成瀬とミキのシーンが見たいという話を僕のほうからしました。そうでないと、ミキが救われないなと。特に成瀬の台詞があるわけじゃないんですけど、あそこはすごく大事なシーンになったんじゃないかと思います」

雄介の心臓を宿した成瀬は、突然今まで弾いたことのなかったピアノが弾けるようになる。かつてドラマ『ごめん、愛してる』でピアニスト役を演じた坂口だが、本作のために約1年前から練習に取り組んだ。

「(『ごめん、愛してる』で演じた)サトルのときはめちゃくちゃ難しかったんですよ。指が全然追いつかなくて。でも、そのイライラしてくる感覚が、思うようにピアノが弾けないサトルの苛立ちと重なるところがあったから、うまくそれを使えたんですけど、今回はまた別。雄介の心臓によって成瀬は急にピアノが弾けるようになる。そのことに戸惑いこそすれ、弾けない苛立ちとはまったく無縁で。正直、弾きながら自分と共鳴する部分があるかと言ったらあんまりなかったです。なので、いつもピアノの練習に行くときは、途中から違う曲を練習していました(笑)」

ちなみに、こっそり弾いていたのは坂本龍一の『戦場のメリークリスマス』だったそう。

「まずスタジオに行ったら、この作品で使う『I WANT YOU BACK』を弾いて。20分くらいしたら、先生にお願いして『戦メリ』を教えてもらっていました。でも、得意なのはやっぱり『I WANT YOU BACK』かな。『戦メリ』はある程度弾けるようになったんですけど、まだ人に聴かせられるようなレベルじゃないです(笑)」

対人関係も、自分の悩みも、重要なのは距離感

心臓移植によって、自分の中にもう一人の記憶を持つようになった成瀬。自分の中に別の誰かがいる、という意味では役を演じる俳優も似たところがあるのかもしれない。

「確かに。考えたこともなかったな。でも、そこで言うと僕は役が抜けるのがめちゃくちゃ早いんですよ。なんだったら、その日の役も寝たらすぐなくなるくらいで。何年か前に同じ期間に作品がいくつか重なったことがあって。午前中はこの役で、午後は別の作品の違う役、みたいな状況が続いたんですね。そこに対応しようと思ったら、役を残す余裕がなかった。それに慣れたせいなのか、あるいはもともと切り替えが得意だったからかわからないですけど、役が残ることがあまりない。新陳代謝のスピードが早いんです。もちろんカメラが回ったら役になりますけど、なんならその直前まではわりと自分でいることが多いかもしれないです」

「代謝」という言葉を坂口はよく使う。たとえば、劇中ではコーヒーがキーアイテムとなっている。コーヒーのように自分をリラックスさせているものは何かと聞くと、「僕は普段からあんまりストレスが溜まることがない」と前置きを入れた上で、こんな話をしてくれた。

「たぶんストレスの代謝がいいんです。その代謝を上げてくれているのが、人との会話。誰かとご飯を食べながら、なんでもない話をしているうちに、気づいたら胸に生えていたチクチクが溶けている。だから僕は人と会ってる時間が好きなんだろうなと思います」

自らのストレスで自家中毒を起こさない。坂口健太郎がいつも朗らかな空気をまとっているのは、ガス抜きの方法をちゃんと身につけているから。必然的に、坂口の周りは時の流れがちょっと穏やかだ。でもそれも、ちょっとした空気の澱みに敏感な坂口の気質によるところが大きい。

「やっぱり現場ってしんどいことも多いから、僕は現場で働く人たちにできるだけ楽しみを見つけながら働いてほしいなと思っているんですね。だからちょっと摩擦が起きてるなと感じるところを見つけたら、あえてちょっとバカなふりをするじゃないですけど、みんなが近寄りがたいよねと線を引いてるところに、まるで知らない顔をしてポンッて入っちゃう。それで、ちょっとでも空気が良くなればいいなって。特に僕もキャリアを積んで、現場での自分の声というものが強くなっているのを感じているからこそ、そういう影響力をプラスの方で活用していきたいなって心がけていますね」

坂口の美徳は、こうした明るさがまるで押しつけがましくないところだ。自己愛の強さは自他共に認めるところだが、決してナルシズムは感じないし、人を疲れさせるような過剰なポジティブ信仰もない。他者への尊重が、坂口のマインドにある。

「それは僕があきらめが早いからかもしれない。たとえばすごく悩んでいる人がいたとして、共感はできても、その人の悩みを完全に理解することは無理。だから、僕から『こうしたほうがいいんじゃない?』とも言わないし、言うことをあきらめているところはありますね」

つまり、距離感のとり方が絶妙なのだ。程よい車間距離をとり、近視眼的にならない。執着とも、依存とも、勝手な期待とも遠い場所から、坂口は優しい眼差しで他者を見つめている。

「悩んでいる人って、どうしても視界が狭くなって、頭を抱えている問題に近づきすぎてしまう。そういうときに僕みたいな人間が外から『なんでもいいんじゃない?』というスタンスで声をかけることができたら、その人もふっと我に返るというか、悩みと距離を置ける気がするんです。そういう声かけができる人間であれたらいいなと思うし、そんなふうに人と関わっていけるのが僕の理想でもあります」

決して他者の悩みを軽視しているわけではない。むしろその逆。みんなそれぞれ苦しいことがあるとわかっているから、息をつける場所をつくりたいと願っている。彼が健やかなのは、行き場のないモヤモヤとの上手な付き合い方を、ちゃんと心得ているからだ。

「僕もしんどいなと思うことはあるし、ミスすることもあります。そういうのって、そのときはすごく大変な悩みでも、時間が空くと大したことなかったりするんですよね。実際、5年前に悩んでいたことを、今も悩み続けていることってあんまりない。だから、悩んだときはその物事とちょっと距離を置いてみる。距離が離れると、つっかえ棒がパタンと落ちるように、胸につかえていたものが軽くなることってあると思います」

坂口健太郎を動かすモチベーション

俳優デビューから10年。ヒット作を積み上げ、俳優としての基盤を築き上げてなお、精力的に活動し続けている。特にこの1年は海外のファンと接する機会も増え、活躍の場は国内にとどまらない。

けれど、不思議なくらい坂口健太郎からは野心や欲を感じない。人気とか、名誉とか、そうしたわかりやすいモチベーションとは別の何かをエンジンにして動いているようにさえ見える。

「昔、あるオーディションで『坂口くんは普通だね』と言ってもらったことがあって。その普通さが新鮮だったそうなんです。それを言われてから、この普通な感じは自分の強みなのかなって。もちろんどの作品にも真剣に取り組みますけど、肩の力を入れすぎないようと思っているところはあるかもしれないです」

だから、モチベーションのベクトルも自分には向けない。坂口健太郎を動かすのは、他者だ。

「自分の欲みたいなものは、原動力にはならないですね。それよりも、今話したみたいに、みんなの働く環境が良くなるなら、ちょっと頑張ってみようとか、そっちの方が自分には合ってるというか。この作品に出演を決めたのも、エグゼクティブプロデューサーの岡野(真紀子)さんから作品に対する想いを聞いて、そのエネルギーにほだされたとことが大きかったです。台本を読んだときの最初の感覚とかも大事なんですけど、今の僕にとってはそれよりも誰とやるか。旗を振る人の熱量に、じゃあ僕も頑張ってみようかと触発されるんです」.

自分のためよりも、誰かのために。揺るぎない自己愛を持ちながら、決して利己的にはならず、どこまでも献身的。坂口健太郎にひなたぼっこのような温かさを感じるのは、彼の笑顔が誰かを楽しい気持ちにさせるためのものだからかもしれない。

Netflixシリーズ『さよならのつづき』11月14日(木)より全国配信

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取材・文/横川良明、撮影/友野雄
スタイリスト/壽村 太一(COZEN inc)
ヘアメイク/廣瀬瑠美

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