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三菱一号館美術館「再開館記念『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」レポート 「不在」というテーマのもと二人の作品世界が響きあう

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三菱一号館美術館外観

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2023年4月から設備メンテナンスのために休館していた東京・丸の内の三菱一号館美術館が約1年半ぶりに再開館した。空調や照明が新しくなり、クラシカルな風情のあった壁の色は、20世紀以降のさまざまな作品にも合うようにニュートラルな乳白色に変わった。その再開館記念展に登場するのは、同館のコレクションを代表する19世紀末の芸術家ロートレックと、フランスを代表する現代アーティストのソフィ・カルだ。

展覧会タイトルにある「不在」は、今回カルが提案したテーマだという。そもそもは、2020年の開館10周年記念展でカルの新作の出品を予定していたところ、コロナ禍で延期となってしまったのだとか。そのカルを改めて招聘し、彼女が一貫して取り組んできた「不在」や「喪失」のコンセプトをもとに企画が練られたのが今回の展覧会だ。現代アーティストとの協働により、自館のコレクションを新たな視点から見直すとともに、カルの代表作や初公開作品を紹介するかたちをとる同展は、「不在」というキーワードで結びつけられつつも、二人の独立した個展を楽しめる趣向となっている。

ロートレック作品の第1室 展示風景

展示は、まずロートレック作品で始まる。フランスの伯爵家に生まれるも、世紀末のパリでポスター作家として名をあげたロートレックは、モンマルトルの夜の街を舞台に、むしろ、「不在」と表裏一体の関係にある人物の「存在」に迫る作品を描き続けたという。そのロートレックを、「不在」という観点からどのように見直すのか。そのひとつの鍵となるのは、同館のロートレック作品が「モーリス・ジョワイヤン・コレクション」を基礎としていることにあるようだ。

展示風景 アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》1891年
展示風景 左より アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《メイ・ベルフォール》1895年、《エグランティーヌ嬢一座》1896年

モーリス・ジョワイヤンは、ロートレックのリセ時代の友人だった人物。画商となった彼は、ロートレックが初めて手がけたポスター《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》で一躍大成功を収めた後に再会し、以後は画商として作品を注文したり、個展の開催を助けたり、あるいは友としてその生活をサポートしたり……。そして36歳の若さでロートレックが没し、いわば画家が「不在」となった後には、作品を守り伝え、画家の評価を高めることに尽力したのだった。第1章では、ジョワイヤンの注文作も含めたポスターの代表作とともに、画家が友人らのためにつくった作品や献呈作品が並ぶ。ときおり描き込まれたワニの絵は、ジョワイヤンを表しているのだという。

展示風景 アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ムーラン・ルージュのイギリス人》1892年  ジョワイヤンによる注文作で、色違いの版が見られる稀少作
展示風景 アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《鰐のメニューカード》1896年

第2章以後は、ロートレックの手法や作品の特徴に注目した構成となっている。例えば、モンマルトルのスターたちを宣伝するポスターや版画を多く手がけた彼がとった手法のひとつは、モデルを象徴する衣装や小道具を繰り返し描く「反復」によって、その存在を人々の記憶に刻みつけることだった。

展示風景 アリスティド・ブリュアンを描いたポスター
展示風景 ジャヌ・アヴリルを描いたポスター

挑発的な芸風で人気を博した歌手ブリュアンの赤いマフラーとつばの広い黒い帽子や、激しい踊りで知られるダンサーのジャヌ・アヴリルの大きな飾り帽子、カフェ・コンセールの人気歌手イヴェット・ギルベールの黒い長手袋などのトレードマークは、繰り返し描かれることで、たとえ人物の後ろ姿でも、顔や姿が描かれなくても、観る者にその人だと伝えることができた。そしてその人物たちが「不在」となった今も、その存在はロートレックの作品の中に生き続けている。

展示風景
展示風景 アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 版画集『イヴェット・ギルベール』1894年 表紙 黒手袋だけでギルベールを象徴させている。
展示風景 アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ディヴァン・ジャポネ》1893年 手前の女性はジャヌ・アヴリルだが、奥の舞台上の顔の見えない歌手は、黒手袋からギルベールだとわかる。

作品内の「不在」なものに注目することで、かえってよく見えてくるものもあるようだ。例えば、単色刷りの版画集『カフェ・コンセール』は、いわば色彩が不在の作品だが、だからこそロートレックの簡潔な線描がもつ巧みな表現力が際だって見えてくる。一方、体の周りで旋回させた白いヴェールに照明を巧みにあてることで、衣装に映る色を変化させる幻想的な舞台で人気を博したダンサーのロイ・フラーの描写では、人物の表情も形態も失われている。だがこちらは、画家自身が1点1点に絵の具を吹き付ける手彩色の手法をとったことで、色彩の微妙な違いを楽しめる作品となっている。そして、娼館の娼婦たちの何気ない日常を切り取った『彼女たち』は、本来存在すべき客の男性の姿がほぼ不在だが、そこにロートレックと女性たちとの間の親密な関係が感じとれるだろうか。

展示風景 アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック、アンリ=ガブリエル・イベルスによる共作の版画集『カフェ・コンセール』1893年
展示風景 アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ロイ・フラー嬢》1893年
展示風景 アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック『彼女たち』1896年 表紙とポスター 手前のシルクハットが、わずかに男性の存在を暗示する。

最後の展示室にある印象的な作品は、ロートレックが船旅中に出会って一目惚れした女性が静かに海を見つめる姿を描いたポスター。画家は目的地で下船せずに、リスボンまでついていき、友人に説得されて、やっと下船したのだとか。そしてこの展示室を出ると、ソフィ・カルの展示が始まる。最初の作品は、海に面したトルコのイスタンブールに住みながらも、貧困などの理由で海を見たことのなかった人々が初めて海を目にしたときの映像をとらえたもの。海を見つめる人々の静かな後ろ姿と振り返ったときの表情が余韻を残す美しい作品だ。

展示風景 アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《54号室の女船客》1896年

1953年にパリで生まれたソフィ・カルは、写真や映像とテキストを組み合わせた作品で知られる。今回の出品作は、近年亡くなった母や父、猫や自身の死にまつわる写真とテキスト、オブジェで構成された《自伝》や、フェルメールらの所蔵作品が盗難にあったアメリカのイザベラ・スチュアート・ガードナー美術館で、関係者や来館者にインタビューした《あなたには何が見えますか》、2023年にパリのピカソ美術館でカルが構想したピカソ「不在」の展覧会に関わる写真作品《監禁されたピカソ》、撮影理由をあらかじめテキストで読んだ後に写真を見ることになる《なぜなら》などのシリーズ。

また今回は、カルが2019年に展覧会準備で来日した際に着想を得て制作し、三菱一号館美術館に寄贈した作品も初公開される。テーマは、フランス象徴主義の巨匠ルドンが花束を描いた大作《グラン・ブーケ(大きな花束)》。同館を代表するこの作品は、パステル画ゆえに展示期間が限られており、通常は展示室内の壁の裏側に密かに保管されているのだとか。この「不在」に着想を得たカルは、美術館の関係者にインタビューを行い、その言葉と《グラン・ブーケ》のイメージを合わせて作品とした。

カルの作品は、コンセプトとテキストが大きな意味をもつ。テキスト自体はほぼフランス語だが、壁面のパネルと室内に置かれたシートで訳文を読めば、作品をより深く味わうことができる。不在や喪失、そしてとりわけ死や別れは哀しみや痛みをともなうが、カルの言葉や視点には独特のユーモアや詩心がある。ゆっくりと時間をとって、その言葉を追い、個々の作品と向き合いたい。

取材・文・撮影:中山ゆかり

<開催概要>
「再開館記念『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」

2024年11月23日(土)~2025年1月26日(日)、三菱一号館美術館にて開催

公式サイト:
https://mimt.jp/ex/LS2024

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