ミュージカル『ライオン』【来日版】マックス・アレクサンダー・テイラー【日本版】成河 インタビュー
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インタビュー

左から)マックス・アレクサンダー・テイラー、成河
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すべて見る10歳の少年ベンと父親にとって大切だった、一緒にギターを弾く時間。しかしベンが14歳の時、ある出来事によって彼らの関係は変わっていった……。脚本・作曲・作詞を手がけるベンジャミン・ショイヤーが自身を投影させて紡いだ物語は多くの人の心を動かし、ニューヨーク・ドラマ・デスク・アワード最優秀ソロパフォーマンス賞、そしてロンドン・オフウエストエンドの最優秀ニューミュージカル賞に輝いた。本作への出演で絶賛を浴び、来日公演(日本語字幕付き)を果たすマックス・アレクサンダー・テイラー、そして自ら翻訳・訳詞にも携わり日本版に挑む成河、ふたりのベンに作品への思いを聞いた。
ベンジャミン・ショイヤーの“私小説”を、ギターの響きと歌声で
――まずは、現在(取材は11月末)のお稽古の状況をお聞かせください。
成河 ロンドンで3週間の予定を組んでいただいて、今はその1週目です。マックスは半年くらい前に韓国公演にも出演しているので、最初の2週は僕が動きなど全体的な流れを入れ込む時間。マックスとは「ギターワーク」という形で毎日1~2時間、音楽についてのレクチャーや演奏方法を教えてもらったり、意見を交わしたりしています。
――この作品を生んだ、ベンジャミン・ショイヤーさんはどんな方でしょうか。
成河 実は僕もまだ会えていなくて、来週会う予定です。だからマックスの答えが気になりますね。
マックス 彼とは、今ではとても近しい関係です。すごく優しくて思いやりがあり、とても頭がいい。音楽へのパッションもすごく強くて、2021年に「Kleban Prize」という将来が期待される作詞家および台本作家に授与する賞を受賞していることからも、いかに才能があるかわかるのではないでしょうか。

――そんなベンジャミンさんが自身を投影して描いたベンを演じるうえで、どのようなことを大事にしていますか。
マックス 彼を知っているからこそ、彼をまねようとすると不自然になってしまう。でも実際のベンを知らないお客様にどういう人物なのか伝えなくてはいけないので、いかに自然に自分自身の中のベンを見つけられるかどうかを大事に、台本の情報から想像力を広げることを意識しています。例えば『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)という映画で出演者が演じているのは実在の人物だけど、彼は一切モデルとなった人物のまねはしてはいないし、だからこそ演技にすごく説得力がある。そういうことが大事なんだと思います。
成河 ベンジャミンとZoomで話した時、「これはベンであってベンジャミンじゃない。だから、君のベンでいいからね」って言われたんです。意外ではあったけれど、逆にとても助けになりましたし、今もなっています。確かにこの作品はベンジャミン・ショイヤーの“私小説”ではあるけれど、ドキュメンタリーではない。ここに書かれているすべてが実際に起こったことではないんです。例えばベンがひとりでトスカーナ地方で療養するというくだりがあるけれど、実際には数人で行ったところを、ひとりで行って孤独を味わうような場面として描いている。僕が、ベンとしての人生の中で仮に起こった断片的なことをつなげたらどうなるか、それをお客様にしっかり伝えられたら、とても普遍的な作品になり得るんじゃないかと思います。

――成河さんは今回、翻訳・訳詞にも携わっていると伺いました。取り組むうえで心がけていたことや、実際にやってみて思われたことは何でしょうか。
成河 心がけたことは、とにかく日本語に最適化しようということです。いかにも翻訳された歌詞、翻訳したせりふではなく、極力日本の現代劇、現代口語のしゃべり言葉として過不足ないものを選ぼうとしています。もちろん海外の地名などが出てくるし、感性も日本人とかけ離れた部分はあるけど、日本語のしゃべり言葉から外れたものにはしたくない。一緒に翻訳・訳詞を手がけている宮野つくりさんと共に1年近くかけて取り組んできたし、いろいろな日本のアーティストを参考にしました。
――例えば、どのようなアーティストを?
成河 演劇で音楽を味わうには、1回で言葉を聞き取れるドラマ・シンギングをしなくてはいけません。だから僕が参考にしたのは、矢野顕子さん、玉置浩二さん、忌野清志郎さんといった方たちのような、西洋の音楽の影響を受けながらも言葉とドラマをすごく大事にしている歌唱法と、それに見合う雰囲気をもった日本語。それを常に念頭においていますが、とっても困難です。たぶん、最後の最後まで改良を続けると思います。
ベンの物語に何を感じるかは、観客一人ひとりの心次第
――マックスさんと成河さんはお互いの俳優として、人としての魅力をどのように感じていますか?
成河 翻訳に関わらせていただいているので、僕は100回以上彼の公演VTRを観てきました。とても驚いたのは、日本語にすると陳腐ですが、“自然さ”です。ギターの演奏も含めて感情にしても歌にしてもふるまいにしても、何ひとつ押しつけてこないで、とっても自然。その域に至ることがどれだけ困難か、僕も俳優なのでよくわかります。でもしっかりミュージカルで、歌なんです。それをコンパクトな劇場で体験することは、これまでにない観劇体験になるのではないかと思います。
――ご本人のお人柄はいかがでしょう。
成河 すごくオープンでざっくばらん、でも軽いわけじゃなく、まっすぐな人だという印象をもちました。欧米では結構稽古時間に厳しくて、終わりの時間がきたらそこで終わり、長く仕事しちゃいけない、みたいなところがあるけど、マックスとギターを弾いていると時間を忘れて延々と弾いてしまいます。そういうギターフリーク、音楽フリークなところにはすごくシンパシーを感じています。
マックス 成河はとても温かくて思いやりがあって、パッションもすごくて、人としても大好きです。僕はまだギターの練習だけなので成河が実際に演じている姿はまだ観ていませんが、ロンドンの稽古初日に彼が読み合わせをしました。日本語なので何を言っているのかわからないけど、彼の演技、せりふの読み方や人間性から『ライオン』が伝えたいメッセージが自分にも伝わってきたんです。成河さんの人間としての温かさがベンを演じる時にも表れていて、彼がこれからこの作品を演じていくことがすごく楽しみです。

――おふたりはこの作品の魅力、あるいはメッセージはどういうところにあると思いますか。
マックス 悪いことがあっても、必ず後には良いことがやって来る。それは自然に来るものではなく、自分が責任をもってそれを探して、そこへ自分自身を導いていかなきゃいけない。それが僕なりのメッセージです。
成河 マックスが言ったことには大賛成で、そのうえで別の角度から言うと、僕自身も含めて、日本では演劇を観る時ってメッセージを何か受け取らなきゃいけないっていう強迫観念がなんとなく客席に漂っていたりするじゃないですか。「この作品のメッセージはこう」って作る側が言うことではないと思うんですよね。この『ライオン』は、ひとりの人間の10歳から30歳までの20年間に起こった出来事を淡々と描写している私小説であって、最後まで何ひとつ押しつけてこない。それに対して皆さんご自身が思ったことを大事にしてほしいと思います。
マックス その通りですね。「メッセージはこれです」と伝えてしまうと、作品のとらえられ方の幅が狭まってしまうかもしれない。これはベンの物語で、ベンが受け取ったメッセージは出てくるけれど、お客様の感じ方や受け取るメッセージは人それぞれ。とても微妙なラインだけど、そこがすごく大事だと思うんです。以前、演じた後にお客様が僕の所に来て「私も同じような経験をしました」ってその人の人生を話してくれたけれど、ベンとはまったく違う話でした。出来事自体に対してというより、考え方や家族関係で共感できた部分を「同じ」って言ってくれていたのかもしれません。でも実体験としてはベンとは全然違ったっていうところが面白かったですね。
成河 これは家族の話で、「家族とは何であると思うか」っていうことに対するベンの思考の一端を描いているけれど、お客様は必ずしもそれに同意する必要はない。ただ、ある程度説得力をもって「家族ってこういう場合もあるのかも」って思ってもらえるところまではいきたいと思います。これは日本的にすごく受け取ってもらいやすいのではないかと思いますが、家族的なひとつの“呪い”とでも言うべきものがどのようにして解呪されていくのか、という面も感じられますし、僕自身そこにすごく惹かれています。
――お客様がさまさまざまに感じ取ることのできる作品なんですね。では締めくくりとして、お客様へのお誘いのメッセージをお願いします。
成河 チラシや広告だけ見ると、日本初演のあまり知名度のない演目だし、内容もわからないので、コンサート的なステージだと思われているかもしれません。でも、これはまごうことなく“演劇” です。非常に演劇的な、びっくりするような演劇体験をしていただけると思います。
マックス 確かにコンサートではなく演劇ですが、そのうえで、ギターを弾いている人を観に行く感覚で来てくれてもいいし、もちろん演劇を観に来てくれてもいい。ベンっていうひとりの人間の物語を観るっていう感覚で来てくれてもいい。どの視点で来ても、満足できる舞台になっています。
成河 あと、30歳以下の方向けに5000円の「U30チケット」があります。こういう公演はなかなかチケット代が優しくない金額になってしまいますが、10~20代の方に観ていただきづらい状況はよくないな、と思うので、ぜひ多くの方に知っていただきたい。その年代の方たちに、とんでもない演劇体験をしてもらえたらと思うんです。だからぜひ、よろしくお願いします。

ふたりの温かさに包まれた極上の演劇体験となりそうな公演は、12月19日(木)~23日(月) 品川プリンスホテル クラブeXにて。
取材・文:金井まゆみ
<公演情報>
ミュージカル『ライオン』
公演期間:2024年12月19日(木)~12月23日(月)
会場:品川プリンスホテル クラブeX
チケット情報:
https://w.pia.jp/t/thelion2024/
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