尾上右近が語る『ライオン・キング:ムファサ』「吹替えのお仕事は歌舞伎と似ている」
映画
インタビュー
歌舞伎俳優の尾上右近が12月20日(金)から公開になるディズニーの最新作『ライオン・キング:ムファサ』の超実写プレミアム吹替版で、主人公ムファサの声を演じている。
歌舞伎の世界はもちろん、近年は映画出演も増え、着実にキャリアを重ねている右近は、ムファサの声を演じる中で、これまでの自身の活動の中で得た感覚に通ずるものを感じたようだ。
1994年のディズニー・アニメーション『ライオン・キング』、2019年の超実写版『ライオン・キング』は大ヒットを記録しただけでなく、世代を超えて愛され続けている。
「僕も昔からずっと観てきましたし、ディズニー作品の中でも好きな作品です。アニメーション版は今年がちょうど30周年ですが、僕もいま32歳ですから“ほぼ同年代の作品”として共に育ってきた感覚があります。物語的にも“伝統を受け継ぐこと”を描いた作品ですから、自分の身に重ね合わせて観ることも多かったですね。
ですから、なじみの深い作品ではありましたが、本作のオーディションを受けるにあたって、改めて観て、オーディションの結果によっては自分が演じることになると思うとやはり違った感覚がありました。オーディションの準備ために観ているはずなんですけど、この作品のことがさらに好きになったのを覚えています」
オーディションを経て、右近が主人公を演じることになったが、ムファサといえば、『ライオン・キング』に登場する誰もが慕い、憧れる王だ。日本版での大和田伸也の名演はいまも愛され続けている。
「ですから、最初に大和田さんにお会いできたのは本当にありがたかったです。その想いを引き継ぐ気持ちになりましたし、大和田さんという大きな存在の実感をつかめないまま演じるのではなく、お会いできたことで大和田さんという存在をちゃんと実感できた。そうなるとプレッシャーは感じなくなるんです」
とはいえ、本作に登場するムファサは、大和田が演じた威厳のある王ではない。右近が演じるムファサはまだ若く、兄弟の絆で結ばれたライオンのタカと行動を共にしている。幼い頃に両親とはなればなれになり、タカたちの群れに身を寄せるも、どこか孤独や故郷への想いが消えない若きムファサの姿は新鮮だ。
「初めての役を演じる時、初めての体験をする時に悩むこともあるわけですが、歌舞伎の世界にはかつて僕と同じ体験をした方、僕と同じように“初めて”を体験した方がたくさんいて、そういう方の姿を見たり、お話を聞いたりすると『ああ、誰もが初めての時は自分と同じだったんだな。だったら、そんな焦らなくても大丈夫かもしれない』と少しホッとしたり、自分の励みになることがあります。
本作の物語を観ていると、その感覚と少し似たものを感じるんです。ムファサもいきなり王として生まれてきたわけではなく、孤児になってしまったムファサがいろんな経験をして、最終的には僕たちが知っているあの“王であるムファサ”になっていく。興味深いのは、ムファサには出世欲はないのに、周囲が彼の行動を見て『ムファサを王に』と思うようになることです」
尾上右近の考える“王の条件”
実際の収録では通常の映画撮影とは違い、すでに存在している映像、キャラクターの表情や動きを観て、決められた秒数で演技をしなければならない。
「画面から影響を受けて演じないと、その気持ちにコミットできないですし、キャラクターに寄り添えません。でも収録では画面に常に数字(タイムコード)が出ていますから、どうしても数字に目がいってしまう(笑)。最初は慣れなくて、画面を観る余裕がなくて苦戦しましたね。でも、慣れてからは、キャラクターを観る、画面を観ることで気持ちがちゃんと向かっていく。それができるようになると楽しいですし、自分なりにですが、掴めた感覚はありました」
すでに存在している演技や動きに“合わせる”かたちで演技をする吹替えは、非常に高いレベルの技術を要するが、歌舞伎俳優はこの世界に映像が誕生するずっと前から、先代やすでに活動している俳優の演技をそのままコピーしたり、すでにある動きを観て、合わせながら演じて自分の色や演技を重ねてきた。
「確かにそうなんです。そのことは最初の段階で気づいていました。実際にモノにするには少し時間がかかりましたが、慣れてくると確かに似てる部分があると感じました。歌舞伎の世界ですと“すでにそこにあるもの”を踏襲することや、カタチがあるものの中に入っていくことは普通で、むしろそれに慣れすぎているために他の演技のお仕事で戸惑うぐらい。ですから、まず画があって、そこに自分が入っていって……という吹替えのお仕事は歌舞伎と似ている部分があるんです。
古典の場合ですと演出家がいない場合もありますけど、今回は監督が導いてくださいましたし、正しいジャッジをしてくださって。たくさん助けていただきました」
ムファサは兄弟の絆で結ばれたタカと共に壮大な冒険に出かける。しかし彼は孤児で、王の血を引いているのはタカの方だ。なぜ、我々が知っている王ムファサは生まれたのか? 右近は「ムファサはその考えや哲学も含めて、王になるべくしてなったのだと思う」と分析する。では、質問。時代によって変化はするが、現代において“王の条件”とは何だろう?
「そうですね……いちばん面倒なことを率先してやる人ではないですかね。でも、その姿が楽しそうに見える人 (笑)。一番しんどいことをやっているのに、苦労してなさそうに見える人じゃないでしょうか」
ムファサは無欲で、仲間のために行動し、いつしか周囲から愛されて王になっていく。これはあくまでも筆者の意見だが、ムファサが王になるべくしてなったのなら、尾上右近はムファサを演じるべくして演じたのではないだろうか。
「僕も権力に対する欲はまったくなくて、とにかく歌舞伎が好き、演じることが好きで、歌舞伎のためになるなら歌舞伎の主役もやりたいと思っています。だからその点ではムファサとなんとなくではあるんですが、重なり合うと言いますか、感じる部分はあるんです」
映画『ライオン・キング:ムファサ』
12月20日(金) 公開
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撮影:源賀津己
ヘアメイク:Storm(Linx)
スタイリスト:三島和也(Tatanca)