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草彅剛が初挑戦したシェイクスピア。『ヴェニスの商人』シャイロックの後ろ姿に浮かぶ現代への問い

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『ヴェニスの商人』より

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シェイクスピアのなかでも上演回数の多い人気の作品を、常に魅力的な芝居を見せる草彅剛主演で上演。これは見逃せないと、発表時から大いに話題となった『ヴェニスの商人』が、東京・外苑前の日本青年館ホールで上演中だ。草彅のほか、野村周平、佐久間由衣、大鶴佐助、長井短、華優希、小澤竜心、忍成修吾ら、これがシェイクスピア初挑戦という面々の多い新鮮な座組を、これまでも解像度高くシェイクスピア作品を届けてきた森新太郎が演出。期待が募るこの公演の公開ゲネプロを観た。

舞台上には一見何もない。壁板と同じ木目のベンチが舞台奥にあることで、かろうじてそれが用意された美術だとわかるだけで、どんな舞台になるのか予想もつかずに始まりを待っている。すると、音楽も照明の変化も何もないなか、下手から役者陣が一列で歩いて入ってきた。全員が奥のベンチに座り落ち着いたところで、忍成がひとり立ち上がる。

舞台前方へと歩み出し立ち止まった忍成は、「さあ、ここからお芝居が始まりますよ」とばかりにセリフを口にした。このあとも、着替えや道具の出し入れで多少の動きはあるものの、役者たちは基本ベンチで芝居を觀ながら、出番になると前へ出る。あくまでもこれは劇であること、だからこそデフォルメの面白さがあることが、その演出からまず伝わってくる。

『ヴェニスの商人』のストーリーは、高利貸しのシャイロック(草彅)が、商人アントーニオ(忍成)にお金を貸すところから始まる。そのお金は、アントーニオの親友バサーニオ(野村)が、富豪の娘ポーシャ(佐久間)に求婚するための資金であり、全財産を乗せた船が港に帰ってくれば借金は返せるはずだった。バサーニオとポーシャは無事に結ばれ、バサーニオの友人グラシアーノ(大鶴)と、ポーシャの侍女ネリッサ(長井)も恋仲になり、ことは順調に進んでいく。

ところが船が難破。ときに、娘のジェシカ(華)がバサーニオの友人ロレンゾー(小澤)と駆け落ちして激昂していたシャイロックは、その怒りをぶつけるかのように、“貸した金を返せなかったら、アントーニオの体からきっかり1ポンド肉を切り取る”という契約を実行しようとする。そのあまりに冷酷な契約は実行されるのか──というのが物語のクライマックスとなる。

この上演で印象的だったのは、シャイロックのその冷酷さが薄らいで見えたことだ。アントーニオをはじめとする人々は、シャイロックを高利を貪るユダヤ人と悪しざまに非難する。シャイロックはユダヤ人だからと虐げられることに怒りを燃やす。その対立の天秤が、觀ているほうもグラグラ揺れるのである。おまけに、バサーニオたち若者にあふれるエネルギーがどこか脳天気にも見える。

金もないのにものすごい情熱でポーシャに迫るバサーニオ。そのポーシャも富豪の令嬢というより活発で冒険好きな印象で、侍女もそれに楽しそうに付き合っている。グラシアーノはダンスをするように動きまくりしゃべりまくり、駆け落ちをするジェシカとロレンゾーも勢いで突き進んでいく。

船が沈み金が返せなくなっても諦念に包まれて抵抗しないアントーニオには、もしかしたらそんな享楽的な世界が空虚に見えていたのかもしれない。

そして、その世界に怒りと復讐心をたぎらせるシャイロックのほうがずっとまともに見えてくる。草彅のシャイロックがまた、とんでもない爆発力で、この世への恨みをぶちまけるのだ。その心の痛みが突き刺さる。

肉1ポンドを切り取る契約が、博士に変装したポーシャの知恵によって無事回避されることは、あまりにも有名である。業突く張りのユダヤ人の高利貸しをぎゃふんと言わせてスッキリする、といった印象もある作品だ。しかし、今回はそんな気持ちにまったくなれない。アントーニオやバサーニオたちがハッピーエンドを迎えて舞台奥に消えたあと、暗闇にシャイロックの姿が浮かび上がる。その姿のなんと余韻をたたえていることか。そこにのちのホロコーストや今のイスラエルの問題までもが浮かんでくる。草彅の幾重にも奥が見える芝居と、斬新でありながら観客にやさしく手渡すような森の演出の賜であろう。

取材・文:大内弓子

<公演情報>
『ヴェニスの商人』

脚本:ウィリアム・シェイクスピア
訳:松岡和子
演出:森新太郎

出演:草彅剛
野村周平 / 佐久間由衣 / 大鶴佐助 / 長井短 / 華優希 / 小澤竜心 / 忍成修吾
春海四方 / 大山真志 / 青柳塁斗 / 石井雅登 / 冨永竜 / 田中穂先
天野勝仁 / 久礼悠介

【東京公演】
日程:2024年12月6日(金)~12月22日(日)
会場:日本青年館ホール

【京都公演】
日程:2024年12月26日(木)~12月29日(日)
会場:京都劇場

【愛知公演】
日程:2025年1月6日(月)~1月10日(金)
会場:御園座

公式サイト:
https://venice-stage.jp/

製作:TBS / CULEN

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