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『今津景 タナ・アイル』 レポート インドネシアの歴史や神話、社会問題をテーマに多層的な空間を創出

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《Hainuwele》2023年 展示風景

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インドネシアのバンドンを拠点として国内外で活躍するアーティスト、今津景。彼女の国内初の大規模個展「タナ・アイル」が、東京オペラシティ アートギャラリーで3月23日まで開催中だ。インドネシア語で「タナ(Tanah)」は「土」、「アイル(Air)」は「水」を指し、合わせて「故郷」を意味する。インドネシアと日本という二つの土地での経験と思考が織りなす展覧会を、プレス内覧会の様子も交えてレポートしたい。

今津景は1980年山口県生まれ。インターネットなどのメディアから採取した画像をコンピュータ上で加工・構成した下図をもとに、油彩画を描くという手法で、2010年ごろから注目されてきた。しかし次第に作品が手法的になり、制作がつまらないと感じ出していた2017年、インドネシアのバンドンでのアーティスト・イン・レジデンスに誘われる。これを機にバンドンに居を移し、人生にも作風にも大きな転換点となった。

この展覧会では、インドネシアの歴史や神話、現代の都市開発や環境問題、植民地主義やフェミニズムといった事象を、日常での経験とともに血肉化するように絵画を描き、インスタレーションによる多層的な空間を展開している。

展覧会の冒頭、洞窟を描いた大画面が現れる。第二次世界大戦中、軍事要塞として使用されていた「Goa Jepang(ゴア・ジパン)」と呼ばれる洞窟だ。レジデンスの最終日に訪れ、ROUMSYA(日本占領期にインドネシア諸島の日本軍軍事施設などに従事させられた人を指す言葉)によって掘られたことを知り、「申し訳なさとともに、歴史的事実を前に自分が足りていない気がした」と言う。日本では特に知られていない東南アジアでの加害の歴史に焦点を当てている。

《Anda Disini / You Are Here》展示風景
《Pithecanthropus erectus(Remake)》展示風景

日本の占領前、インドネシアはオランダ領であった。オランダ政府の主導で、キニーネというキナの樹皮から抽出される、マラリアの特効薬を生産する工場が設立。第二次世界大戦中は日本軍に接収され、陸軍キニーネ工場となった。後にインドネシア国営の製薬会社となる。蚊から人体の血流を通じて広がる感染経路を表すインスタレーションには、そんな歴史が背景にある。

《Bandoengsche Kinineabriek》 2024年

また、シドアルジョという世界最大の泥火山も題材に。18年前、ドリルカバーを付けずに天然ガスの掘削作業を進め、数百メートルほど掘ったところで泥火山の脈に当たって泥が噴き出すという事故があった。19の村が泥に沈み、今も噴出は続いている。かつての住人に、泥に沈んだ家を描いてもらい、3Dプリンターを用いて、粘土で(インドネシアでは現地の泥で)小さな家の模型を制作。また、火山の近くを流れるポロン川で、古くからエビ養殖を営む父子の映像が流れている。カッティングボードに油彩で描かれた絵画には、この少年の姿や流通経路などが描かれている。苦境を生き抜く人々の姿に、東日本大震災など、世界で頻発する災禍も連想させられる。

《Yesteryears(by Bagus Pandega)》 2023年
《When Facing the Mud》 2020年 展示風景

さらに、汚染されたチタルム川にかつて生息していた魚を描いてもいる。17世紀にオランダ人が調査して作成した図鑑をもとに、流域で暮らしていた人々の生活道具の記憶を残す廃材に描かれている。汚染源は、海外ブランドの繊維工場が垂れ流す有毒廃棄物。生活排水やプラスチックゴミによって水が堰き止められ、たびたび氾濫も起きているという。

《Lost Fish》2021年
《Lost Fish》2021年

一方、自身の出産体験とインドネシアのセラヌ島に伝わる神話「ハイヌウェレ」を結びつけた空間は生命力にあふれている。ココナツから生まれた女性「ハイヌウェレ」の排泄物は、金や陶磁器などの財宝になる。人々は喜んで受け取っていたが、やがて不気味さを感じ、祭りの最中に彼女を埋め殺してしまうというストーリー。その土からは、タロイモ、ヤムイモ、里芋などが生えてきて島の人々に豊穣をもたらした。神話にはまだ続きがあり、異文化との出会いと受容、排斥、島の歴史などを象徴する。オランダ人が発見したジャワ原人の骨格標本など、モチーフそれぞれにも背景があり、さまざまな時空のモノたちが縦横無尽に結びついている。

《Hainuwele》 2023年 展示風景

ジャワ島では、出産後、胎盤を専用の土器に入れて庭先などの土に埋める風習があるという。今津が出産後、胎盤を植えたあたりから生えてきたヒトデカズラは、5年の間に巨大に育った。その等身大をキャンバスに押し付けて描いた作品が力強い。

《Tropical Stamp》2024年

ちなみにバンドンでインドネシア人の夫と子どもと暮らしている今津によると、現地の美術大学出身者が集まって住み、制作中は子どもの面倒を見てくれるようなコミュニティがあり、日本より制作しやすい環境にあるそうだ。

現実の諸問題と向き合いながらも、壮大な絵巻を旅しているようでもある。この大きな流れに呑み込まれても、途中で手を離されることはないだろうと信頼しながら歩を進められる。ねじれた苦難に遭っても、おおらかに生きようとする人間の体温が感じられる。フェイクニュースなど情報化社会に翻弄される昨今、この展覧会に飛び込んでみてはいかがだろうか。

取材・文・撮影:白坂由里

<開催概要>
『今津景 タナ・アイル』

2025年1月11日(土)~3月23日(日)、東京オペラシティ アートギャラリーにて開催

公式サイト:
https://www.operacity.jp/ag/exh282/

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