終戦80年の大きな節目に再演を迎える『ミュージカル李香蘭』、インタビュー:主演・野村玲子
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インタビュー

野村玲子 (撮影:上原タカシ)
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すべて見る実在の女優、李香蘭(山口淑子)の人生を通して、激動の時代の実相を描いた『ミュージカル李香蘭』。1991年の初演以来、演出家・浅利慶太の強い思いを脈々と受け継いできた名作が、「夜来香」「蘇州夜曲」「何日君再来」などの名曲とともに舞台に帰ってくる。終戦80年という節目の年への上演に向けて、初演から李香蘭役を演じている野村玲子に、本作に懸ける思いを聞いた。
歴史を知らない俳優にショックを受けて……
――野村さんは『ミュージカル李香蘭』の初演から李香蘭役を演じています。ぜひ初演の頃の思い出を教えてください。
野村 浅利(慶太)は何年もかけて構想を練って、やっとの思いでたたき台の台本を書きました。そして、いざ私たち俳優にその台本を声に出して読ませてみると、台本に書かれている時代背景の実感を伴わないし、「満洲国ってどこ?」などと歴史のことを何も知らない。浅利は相当ショックだったようで、自分たちがあれほど苦しみ、今でも心に傷を残しているあの時代を次の世代が知らないということに愕然としていました。
私たちはとても反省し、まずは歴史を学ぶことから始めました。スタッフも時代のリアリティを持たせるために中国まで行って衣装を借りるなどして、みんなが苦労を重ねました。
上演に向けては、本当に大変なお稽古が続きました。実は初演のときは今より20分ほど上演時間が長かったんです。たくさん盛り込んでいたものをどうカットしていくか、李香蘭さんの実在のナンバーの中からどの曲を選んで、どう繋げていくか。俳優たちも度重なる変更に無我夢中で対応しました。

――実際に「李香蘭」として活躍された山口淑子さんにもお会いされたそうですね。
野村 はい。個別に歌唱指導をしてくださいました。初演のときは、初日まで絶対見ないと決めていらっしゃったそうですが、浅利に誘われて舞台稽古にいらしたことがあったんです。ちょうど「マンチュリアンドリーム」の場面を稽古していた時に客席にお入りになって、その後すぐに帰られてしまいました。後日「『13年しか続かなった幻のマンチュリア…』という歌詞を聴いて、涙が溢れ、身体も震えて、もうこれ以上ここにはいられないと思って、飛び出してしまった」と仰っていました。舞台初日は最後までご覧いただきましたけれど。
――山口さんとの会話の中でどんなことが印象に残っていますか。
野村 技術の面では、歌唱指導のときに「自分の声には胡弓の音色が入っている。私の曲を歌うときには、それを意識してみて」と言われました。ポルタメント(※滑らかに音程を変えること)をかける箇所や、中国語をきちんと発音することも教わりました。実際に小さな声で歌ってくださって、それはそれはとても貴重な体験をさせていただきました。
何度かお目にかかり、いろいろなお話しをさせていただきましたが、「中国と日本、ふたつの国を愛していて、そのふたつの国が平和であってほしい。その願いは変わらずあったのよ」とお話しされていたこと、また「平和って当たり前じゃない。それをみんな分かってほしい」と切に願われていたことが、特に心に残っています。
時代の実感を持つことで、より作品に深みが出る
――1991年の初演以来、何度も上演されてきた本作ですが、本作と向き合う際、大切にされていることは?
野村 浅利が亡くなる前までは、私は俳優として作品に関わってきたのですが、浅利が2018年に亡くなり、この作品をまとめ上げる立場になりました。演者が時代を生きることで、お客様にもリアリティを感じていただけるし、より作品の深みが生まれると思っています。カンパニー全体が時代に実感を持てるようお稽古を進めていきたいですね。浅利が作品に込めた「二度と戦争を起こしてはいけない」という祈りも受け継いで丁寧に誠実にお届けしたいと思っています。
――今年は終戦80年という大きな節目でもありますが、野村さんは本作を上演する意義をどのように感じていますか。
野村 戦後80年が経ち、戦争を知らない世代が大半を占めるようになりましたし、昨今の世界情勢を鑑みても、本作を上演する意義を強く感じています。
実は浅利自身は本作を毎年でも上演したいと考えていました。その願いを引き継いで、これからも上演し続けて、若い世代に繋いでいきたいと思っています。

――戦争を知らない世代が大半を占めるようになった今、お客様からはどんな反応が寄せられるのですか。
野村 「自国の歴史を知る大切さを感じた」というお声を頂戴します。また、「作品を観て、初めて祖父母と戦争の話をした」という方もいらっしゃいます。
私自身も、父と戦争について話をしたのは、この作品に関わるようになってからなんですよ。父の兄は沖縄戦で亡くなっているのですが、そうした戦争にまつわる具体的な話も初めて聞きました。父ももしかしたらこの作品をきっかけに、子どもたちにちゃんと自国の歴史を知ってもらい、更にその次の世代に伝えていって欲しいという、ある種の使命感を持ったのかもしれません。
――作品をきっかけに、家族や地域で戦争の話がなされるというのは素晴らしいことですね。
野村 そうですね。以前、中国の瀋陽に伺ったときに、残留婦人の方々とお会いする機会がありました。ちょうど私の祖母と同世代で、私と同郷の旭川出身の方もいらっしゃって。
いろいろお話ししながら、あ、私が今ここにいるのは本当に奇跡的なことなんだなと気づかされました。もし何かのタイミングが違えば、私の祖母も同じ境遇だったかもしれないわけですから。こんなにも大変な思いをしてきた方たちがいらっしゃるのに、何も知らないで生きてきたことがとても恥ずかしかったです。自分がこうして平和でいられることに感謝しながら生きていかなくてはと思いました。
エンターテインメントとしても楽しめる秀逸なミュージカル
――今回は野村さんとともに、笠松はるさんが李香蘭役をWキャストで務めます。笠松さんは久しぶりの李香蘭となりますが、野村さんはどうご覧になっていますか。
野村 はるちゃんは、彼女が劇団に入団した頃から、私が過去に演じてきた役をやることが多くて。妹のような感じです。李香蘭という役は精神的にも肉体的にもプレッシャーがかかると思うので、彼女も苦労はしていましたが、彼女の持ち味であるきれいなソプラノが活きた、美しい李香蘭を演じていました。
今回は川島芳子役もWキャスト(坂本里咲さん/雅原慶さん)。それぞれ過去に演じてきた役ですが、新鮮に、まっすぐに台本に向き合っていこうという話を4人でしました。それから、私が浅利から聞いたことは出来る限り皆に伝えたいと思っていること、彼女たちも浅利から直接指導を受け、伝えてもらったものがあると思うので、それらはみんなでシェアして繋げていこうという話もしました。

――改めて李香蘭という役は、野村さんにとってどういう役なのでしょう。
野村 今まで俳優としていろいろな演目に関わらせていただきましたが、ここまで深く役と関わることは珍しいと思うんです。実在の人物を演じる、しかもそのご本人がその舞台をご覧になるなんて、本当に稀有な経験をさせていただいてきました。
『ミュージカル李香蘭』のメッセージは、やはりずっとずっと伝えていかなくてはいけないと思っています。それは私が演者ではなくなったとしても、この作品は上演し続けるということ。自分にはそんな役割や使命がある気がしています。
――実在した李香蘭の活動時期より、野村さんの女優としての李香蘭の活動歴の方が長いですものね!
野村 そうなんです! ご本人も「私より李香蘭歴が長いのよ、玲子ちゃんは」と仰っていました(笑)。
――前回の2022年公演はコロナ禍で一部公演が中止となりました。
野村 そうですね。あんなことが世界中で起きるなんて、誰も予想しなかったと思いますし、戦争もそうですが「平和は当たり前ではない」ということを感じました。同時にこの先何が起こるかも分かりませんから、目の前の平和に感謝して、心を込めてお稽古して、ちゃんと皆さんにお届けできるように尽くすしかないと思っています。
――最後に観客の皆さまにメッセージをお願いします。
野村 『ミュージカル李香蘭』は、歴史的な事実が描かれ、歴史の真の姿を感じていただける作品です。
でも、それだけではなくて、李香蘭さんの華やかなショーのシーンや、三木たかし先生の非常にドラマティックな楽曲、山田卓先生のエネルギッシュな振付もあいまって、エンターテインメントとしても楽しんでいただける作品だと思います。堅苦しく考えず、ぜひ多くの方に観に来ていただきたいです。




取材・文:五月女菜穂
<公演情報>
『ミュージカル李香蘭』
日程:2025年4月25日(金)〜5月11日(日)
会場:自由劇場
チケット情報:
https://w.pia.jp/t/rikoran/
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