“闇堕ち”のコワさに震える……『悪い夏』、北村匠海、河合優実、窪田正孝が狂演!【おとなの映画ガイド】
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『悪い夏』 (C)2025映画「悪い夏」製作委員会
続きを読む昨年公開され話題をよんだ横浜流星主演の『正体』に続き、染井為⼈の小説を原作にした映画『悪い夏』が3月20日(木)、全国公開される。真面目な公務員が、犯罪に巻き込まれ、“闇堕ち”していく衝撃のサスペンス。監督は今年の公開がまだ2作待機中という人気の城定秀夫、脚本は『ある男』で⽇本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞した向井康介。このふたりがタッグを組み、北村匠海、河合優実、窪⽥正孝といった旬の役者の演技力をフル回転させて、「クズとワルしか出てこない」と評判の原作を想像を超える映画に仕立てた。
『悪い夏』
悪夢のような夏の物語。実直そうな独身公務員の悲劇である。
東京近郊の街、市役所の生活福祉課につとめる佐々木守が主人公。北村匠海が演じている。生活保護の相談を受け、支援を行うのが業務だが、一方で、本当にその人が受給適格者なのかを見極め、対処するのも仕事のひとつだ。
数の上では少ないものの、「生活保護ビジネス」「貧困ビジネス」といわれる悪質な不正受給者や、悪用する組織が実在するのも事実で、そんな社会問題が物語の背後にある。

佐々木は、どちらかというと気弱で真面目。「困窮者を救いたい」といった熱い正義感があるわけでもなく、淡々と仕事をこなしていたのだが、同僚の宮⽥(伊藤万理華)に「先輩の⾼野(毎熊克哉)が⽣活保護受給者の林野愛美(河合優実)に⾁体関係を迫っている疑いがある」と相談されたあたりから、ルーティン・ワークに乱れが生じ始める。
愛美は定職はなく、娘とふたり暮らしのシングルマザー。内緒で短期間だけ勤めたちょっとヤバいバイト先で高野と鉢合わせし、それをネタにゆすられていたのだ。佐々木は、最初は仕方なく首をつっこむが、この親子に同情と好意を寄せてしまい、深みにはまっていく。実は、愛美の周辺には、裏で糸を引く金本(窪田正孝)がいて、気がつくと、佐々木は闇社会にからめとられていた……。

“八方ふさがり”の闇に追い込まれていく、どこにでもいそうな好青年。このなかなか難しい心理状況を、北村匠海は巧みに表現している。そんな北村をはじめ、役者の演技が本作のウリといってもいい。

主演作『ナミビアの砂漠』で映画賞席巻中の河合優実は、育児放棄寸前の無気力なシングルマザー。出てくる映画によってガラッと印象が変わる窪田正孝は、TATOOありで腕っ節も強いし、悪いことなら頭の回転も早い、行動派の悪党・金本。毎熊克哉は、調子がよくて女癖の悪い、生活保護者を食い物にする公務員。正義をかざし猪突猛進する同僚役の伊藤万理華もいい味を出している。
なかでも印象的なのが竹原ピストル演じる山田。元タクシー運転手で、佐々木が担当する受給者のひとり。金本の子分のようなチンピラでもある。すきあらば甘い汁を狙っていて、発想がせこく、良心のかけらもない。そのくせ、そんなに度胸もないという、だらしのないワル。昔、川谷拓三という名脇役がいたけれど、なんか憎めない……あの感じ。

染井為⼈の原作は「クズとワルしか出てこない」といわれたが、映画はそうともいえない。闇に堕ちる佐々木、心ならずも彼をはめる愛美、このふたりは単なるクズやワルでなく、運命に翻弄され、悪の深みにはまってしまう、言ってしまえば、運の悪い人だ。

映画のサイドストーリーとして描かれる、夫に先⽴たれて幼い息⼦をかかえ、困窮した⽣活から万引きに⼿を染めてしまう主婦も同じ。⽊南晴夏ががらっとイメチェンして演じるこの役は、少しだけ生き方の不器用な人が転落の道をたどる、その象徴として描かれる。

この3人が、みるみるうちにとりかえしのつかない地獄に墜ちていくまでのドラマ展開が本作の醍醐味だ。ネタバレになるので書けないが、小説と微妙にちがう結末も含めて、向井康介脚本、城定秀夫演出は、「ワルとクズ」が好き放題に動き回るピカレスク映画とはひと味ちがう作品に仕立て上げている。
状況次第で、誰でも彼らのようになりうる、そんな気さえする、“今そこにある”恐怖の映画である。
文=坂口英明(ぴあ編集部)

(C)2025映画「悪い夏」製作委員会