『異端の奇才――ビアズリー』三菱一号館美術館で開催中 早世の天才画家の濃密な画業をたどる大回顧展【展示レポート】
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『異端の奇才――ビアズリー』会場入口
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すべて見るオスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』の耽美的な挿絵で知られる19世紀末の英国の画家オーブリー・ビアズリーの作品と生涯を紹介する展覧会が、東京・丸の内の三菱一号館美術館で開催されている。日本でも人気が高いビアズリーは、これまでもたびたび展覧会が開催されてきたが、今回はこの画家の世界有数のコレクションを誇るロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館の全面協力もあり、直筆の緻密な素描も多数含め、代表作で画業全体をたどる大規模な展観が実現している。
画業全体と言っても、それは驚くほど短い。7歳頃にすでに肺結核の徴候があった彼は、少年時代から音楽と絵画の才能を見せるが、家が困窮していたこともあり、17歳で事務員として働き始めた。初めての美術教育を夜間の学校で受けたのは、独学の作品を見てくれたラファエル前派の巨匠バーン=ジョーンズに勧められた19歳の年。「新進の挿絵画家」として雑誌で特集が組まれた21歳の年に、挿絵一式を手がけた『アーサー王の死』が出版され、また22歳の年に『サロメ』が刊行されると、一躍時代の寵児となるが、25歳で肺結核により早世している。
正規の画業はわずか5年。だが1000点以上もの作品を残した彼は、頽廃的な世紀末を体現する作風を示しつつも、創作に対しては真摯で一途な画家だった。
今回の展覧会の見どころのひとつは、限られた時間ながら、その濃縮された創作活動におけるスタイルの変遷が見てとれることだ。第1章と2章では、バーン=ジョーンズやホイッスラーら、影響を受けた画家の作品と並んだ初期作や、かなり辛辣な諷刺画とともに、初期の傑作《「ジークフリート」第2幕》や『アーサー王の死』の挿絵の原画など、緻密な線で描き込まれた精緻な素描を見ることができる。
ところが、第3章に並ぶ『サロメ』の一連の挿絵では、流麗な線が印象的であるのと同時に、白と黒の色面による大胆な画面構成が際立つ。実は、ビアズリーが手がけた挿絵は、写真製版による「ライン・ブロック」と呼ばれる廉価な手法で印刷されており、描き込んだ線が見えなくなる、階調を生み出すのが難しいという特徴があった。それを理解したビアズリーが、黒と白の色面による新たなスタイルを生み出したのだ。
『サロメ』の挿絵はまた、余白を活かした画面構成、クジャクのモチーフ、衣装の文様などに、当時流行していたジャポニスムの影響も見てとれる。この章の展示でもうひとつ楽しいのは、19世紀後半に日本的な形を取り入れたデザインとして英国で生まれた「アングロ=ジャパニーズ様式」の家具や工芸品が展示されていることだ。三菱一号館美術館は、19世紀後半に来日した明治政府お抱えの英国人建築家ジョサイア・コンドルの設計による建物を復元していることから、この展示は美術館の建築とも親和性が高い。ビアズリーの絵に描かれた化粧台を思わせるテーブルも展示され、同時代の雰囲気が伝わってくる。
成功を収めたビアズリーは、19世紀末の英国を代表する雑誌となる『イエロー・ブック』の美術編集者に抜擢され、前衛的な誌面づくりを進めていくと同時に、色摺りのポスターといった広告分野にも仕事の幅を広げていった。大伯母の遺産が入ったこともあって、ロンドンに瀟洒な家も構えた。順風満帆に見えたが、ワイルドが同性愛の科で有罪判決を受けると、まったく無関係なビアズリーもその余波で編集から外され、仕事も激減、家も手放す憂き目に遭うことになる。
このワイルドとの関係の検証も、同展で力が入れられているところだ。『サロメ』が最初にフランス語版で出版された際にこれを読んだビアズリーは、斬首された首を手にしたサロメの異様な姿を描き、《おまえの口にくちづけしたよ、ヨカナーン》と名づけて発表した。今回はこの自主的に描いた作品も出品されているが、ビアズリーが英語版の挿絵の依頼を受けたのは、ワイルドと出版者がこの作品を雑誌で目にとめたのがきっかけだった。
ただ、ワイルド自身は、ビアズリーの挿絵に満足したわけではなかったという。画家が物語に無関係な絵を挿入したり、ワイルドを皮肉ったりしたこともその理由だそうだが、同展では、そもそもワイルド自身はどのような挿絵を求めていたのかも紐解いていく。ワイルドが好んでいたフランス象徴派のモローの絵や、他の著作でいつも挿絵を依頼していたリケッツの作品、そして『サロメ』の舞台の世界も見せてくれる第4章は、ビアズリーとワイルドの関係性を見直す上でも興味深い。
第5章と6章は、その後のビアズリーの展開を紹介するもの。苦難の時期に手がけたエロチックな作品は、本人が最期に「卑猥な絵」として処分したがっていたというが、今回は、その一例となる古代ギリシャの戯曲『リューシストラテー』の挿絵が展示されている。「18歳未満は立入禁止」の表示の下で個室が設けられているが、卓越した線描とともに、ユーモアを感じさせる表現が魅力的な作品と見える。そして物語詩『髪盗み』の挿絵では、細かい点描や線描によって画面に濃淡をつけるという新たな優美なスタイルが生み出され、さらに病状の悪化ゆえに挿絵としては未完となった『モーパン嬢』では、淡彩を施す工夫によって画面に繊細な階調を生む新たな試みが始められていた。
同展では、ビアズリーの机を配した仕事場の再現展示がある。事務員時代の夜、ロウソクの明かりのもとで制作に励んでいた彼は、成功を得た後もその習慣を変えなかったという。短期間で作品スタイルを変えていった彼が、そのまま仕事を続けていったら、どのような展開をみたのだろうか。耽美で独創的な作品を1点1点楽しめると同時に、夭折した天才画家のその後を想像したくなる余韻の残る展覧会となっている。
取材・文:中山ゆかり
★展示風景の動画はコチラ
<開催概要>
『異端の奇才――ビアズリー』
2025年2月15日(土)〜5月11日(日)、三菱一号館美術館にて開催
公式サイト:
https://mimt.jp/ex/beardsley/
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