『ウィキッド ふたりの魔女』監督が語る。「この映画は生まれるべくして生まれた」
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すべて見る多くの観客に愛され続ける大人気ミュージカル『ウィキッド』がついに映画化された。本作の映画化プロジェクトは長年にわたって準備を続け、ミュージカルを愛するひとりの映画監督が完成に導いた。本作を手がけたジョン・M・チュウ監督はこう語る。「この映画を監督することになったのは運命だと思っています」
2003年から上演をスタートしたミュージカル『ウィキッド』は、その最初期から映画化が模索されていた。しかし、魅力的なキャラクターと音楽、豊かな世界観を完璧にスクリーンに描くのは簡単ではなく、開発期間は長引いた。筆者がチュウ監督に最初に会ったのは2013年。当時はまだ“注目の若手監督”だった彼は、その時からミュージカルへの愛を語っていた。
「そうですね。もう10年以上前になるんですね。でも、あの頃の私は『ウィキッド』の映画化についてみなさんと同程度しか情報を持っていませんでした。プロデューサーに電話をかけて自分の存在をアピールしてみるんですけど、返信は来ない。そんな状況でしたね」

その後、彼は躍進する。『G.I.ジョー バック2リベンジ』で大規模な撮影やCGを使ったアクションのある大作を手がけ、2018年には『クレイジー・リッチ!』が大ヒット。2021年には人気ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』の映画化を成功させた。
「いま思えば、あなたに最初に会った頃は僕はまだ『ウィキッド』を映画化する準備が出来ていなかったと思います。その後にCGや大規模な撮影を経験して、自分のアイデンティティにつながる『クレイジー・リッチ!』を手がけ、ミュージカルも経験し……そのタイミングで本作のプロジェクトを手がけることになった。この映画を監督することになったのは運命だと思っています。
ファンの方はいつ映画化されるのだろう? と思っていたと思いますが、この映画は生まれるべくして生まれた、それも正しい時期に生まれたのだと思っています。映画は様々な人が集まって、様々な部門が協力して成立するものですから、存在そのものが奇跡のようなものだと思うのです。一例をあげるなら、ちょうどこの映画をつくろうとするタイミングで、エルファバを演じたシンシア・エリヴォと、グリンダを演じたアリアナ・グランデは役にちょうど良い年齢だった。ふたりはまさにこのタイミングで自身のキャリアを少し見直して演技を追求しようとする時期だった。この時期でなければ、ふたりに出会えなかった。やはりこの映画は正しいタイミングで映画化されたのだと思っています」

本作の舞台は、魔法を学ぶ学校シズ大学。新入生で人気者のグリンダと、緑色の肌をもつエルファバは偶然に出会い、運命のいたずらでルームメイトとして暮らすようになる。性格も、生い立ちも違うふたりは何かと対立する。
やがてふたりは唯一無二の親友として友情を築くようになるが、チュウ監督は安易に“多様性”や“優しさ”を持ち出すことはなく、まずは徹底的にふたりが本音で言い合い、相手に向かって“嫌い”と意思表示するよう描いている。
「映画では舞台のようにキャラクターの感情を増幅して伝える必要もなく、とてもパーソナルで親密な感情表現が可能になります。彼女たちを近い場所から描くことで歌詞が染み渡ってくるように伝えることも、その意味をクリアに描くこともできるわけです。そうなった時に、この映画ではキャラクター同士が怒鳴りあったり、自分の思っていることを相手にハッキリと言って、その上でお互いに理解したり、許しあったりしながら、希望を見つけて前に進んでいくことが大事だと思ったわけです」
「孤独な人間の内面や視点を感じてもらいたい」

エルファバとグリンダの対立は、映画として観るとチャーミングだが、お互いに遠慮はない。でも、そこには本音がある。嘘がない。だからこそふたりは時間をかけてお互いを理解しあう。チュウ監督はこの部分を重視した。
「本作のストーリーの美しさは“居心地の悪さ”にあると思うんです。居心地の悪さというのは、自分を変えてくれる、自分を成長させてくれるきっかけになりえるものだと思うんです。現代は幸せになるために、とにかく快適で、居心地良くしようとしますよね。便利であることも大事で、ボタンひとつで食べ物が届くようにしたり。でもきっと次のフェーズでは僕たちはお互いに向き合う時代が来ると思います。それは時には居心地の悪い想いをするかもしれない。でも、僕は“みんながみんな幸せでなくてもいいんだよ”と言いたいですし、そこを乗り越えた先に光がある、希望があるんだと思うんです。
撮影中にシンシアとアリアナと3人で、どうしてふたりはこんなにも反発しあうのだろう? と話し合ったことがありました。そこで出てきた答えは“相手を受け入れてしまうと自分が大きく変わってしまうと思ったから”でした。この相手を受け入れると、現在の自分ではなくなってしまう、自分の一生が変わってしまう、そんな相手に出会うと、人はまず反発したり、否定したりするものだと思うんです。だから最初は対立があり、やがてそれは良い関係へと変わっていくのです」

親友になったエルファバとグリンダは、偉大な魔法使いオズが暮らすエメラルドシティに招かれる。しかし、ここでの出来事がふたりの運命と、この王国の未来を大きく変えることになる。チュウ監督は大規模なセットやデジタル技術を駆使した映像、豪華絢爛な衣装と美術、躍動感のあるミュージカルシーンを駆使して物語を進めていくが、劇中に意図的に“沈黙”を配置している。そこでは音楽もセリフもない。登場人物が孤独な状態で静かに自身の感情や状況に向き合っている。そんな場面がこの映画には何度も描かれる。
「沈黙をしている場面はとても大事だと思います。それは人々が思うミュージカルとは正反対のものですよね。彼らが沈黙すると、観客は居心地の悪さを感じますし、彼らが何かしらの答えをすぐに出さないので待たなければならない。でも私はそういう場面では孤独な気持ちでいる人の視点から物語を描くことにしています。私もハリウッドで仕事をしてきて、孤独を感じたり、阻害されたりする気持ちがよくわかるんです。

だからこの映画でも俳優の演技や照明、カメラのアングルを駆使して孤独な人間の内面や視点を観客にも感じてもらいたいと思っています。エルファバは劇中で孤独を感じていますが、よく観ると恵まれていると思われているグリンダも真実を知って大きな変化が起こっています。私はこの映画を通して、グリンダがエルファバの変化に気づくように、エルファバがグリンダの変化に気づくように、映画を観ている方にも彼女たちの変化に気づいてもらいたいのです」
本作は壮大なスケールの超大作で、同時に親密で、キャラクターの“とても微細な”感情を描き出す作品でもある。繰り返し観るたびに“刺さる”ポイントが変わる、ずっと愛され続ける映画になりそうだ。
『ウィキッド ふたりの魔女』
公開中
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