『ヒルマ・アフ・クリント展』展示レポート 「見えないもの」との対話から生まれた神秘の抽象絵画の世界へ
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展示風景より 〈10の最大物、グループIV〉1907年 ヒルマ・アフ・クリント財団
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すべて見るヒルマ・アフ・クリントという名を覚えてほしい。20世紀初頭、同時代の作家、ワシリー・カンディンスキーやピート・モンドリアンに先駆けて抽象画を創案したとして、近年、再評価が高まるスウェーデンの画家である。彼女のアジア初の大回顧展が、東京国立近代美術館で6月15日(日)まで開催中だ。全作品が初来日。彼女の作品は、存命中や死後も長らくほとんど公開されることがなかったが、本展では約140点の作品を通じて、アフ・クリントの創作の源泉や画業の全貌を知ることができる。
NYのグッゲンハイム美術館で60万人超を動員した抽象絵画のパイオニア
1944年、81歳で亡くなる際に、甥に遺産として約1300点の絵画、2万6000ページに及ぶノートを遺したアフ・クリント。これらを守り継ぐために1972年、甥が設立した「ヒルマ・アフ・クリント財団」がストックホルムにある。
スウェーデン国外でアフ・クリントの作品が初めて展示されたのは1986年、ロサンゼルスのカウンティ美術館で開催された『芸術における霊的なもの:抽象絵画1890-1985』の中で。その後、2013年から15年にかけて、ストックホルム近代美術館でスタートしヨーロッパを巡回した『ヒルマ・アフ・クリント:抽象のパイオニア』で画業の全貌が明らかになる。さらに2018年、ニューヨークのグッゲンハイム美術館で開かれた回顧展『ヒルマ・アフ・クリント:未来のための絵画』では、同館史上最多の60万人超を動員。その後も世界各地で展覧会が開かれ、日本では足掛け5年で実現に至った。
同展記者発表会で、ヒルマ・アフ・クリント財団CEO、イェシカ・フグルンド氏は「日本で初めて展覧会が行われることをとても嬉しく感謝しております」と挨拶した。「この展覧会でたくさんの方がヒルマ・アフ・クリントを知ってくださることを願っています」。没後、なぜこれだけのタイムラグが生まれたか、その生涯をたどってみよう。

正統的な美術教育とスピリチュアリズムの共存。「神殿のための絵画」へ
ヒルマ・アフ・クリントは1862年、ストックホルム生まれ。王立芸術アカデミーで正統的な美術教育を受け、当時の女性では数少ない職業画家として風景画や肖像画などを描いていた。一方で、17歳頃から秘教思想に関心を抱き、特に神智学(神秘的霊智によって神を認識できると説く信仰)に傾倒し、アカデミックな絵画とは全く異なる表現を生み出していた。児童書の挿画のスケッチの裏に残る、自動描画による波線が、一人の画家の両面性を物語る。


1896年にはアンナ・カッセルら4人の女性とグループ「5人(De Fem)」を設立。交霊会で霊的存在からメッセージを受け取り、自動書記や自動描画によって記録した。

高次の力に導かれ、1906年から15年にかけ、193点からなる「神殿のための絵画」を制作。1908年から1912年の間は母親の介護で一時中断するも、のべ10年をかけた代表的作品群となる。同展を企画した東京国立近代美術館の三輪健仁美術課長は語る。「アフ・クリントが美術史に位置付けることが難しいとされてきた理由のひとつに、彼女の作品がこうした神秘思想やオカルトから生まれたものだということがあります」
複数のシリーズやグループからなる「神殿のための絵画」。そのハイライトは、高さ約3.2メートル、幅約2.4メートルの巨大絵画10枚からなる〈10の最大物〉だ。1907年8月、人生の4つの段階(幼年期、青年期、成人期、老年期)において「楽園のように美しい10枚の絵画」を制作するよう啓示を受け、10月から12月のわずか2か月で描いた。アフ・クリントは〈10の最大物〉が、ノアの方舟が大洪水の後にたどり着いたとされるアララト山に起源を持ち、「進化」を描き出すものであるとも記している。紙をキャンバスに貼り、乾きの早いテンペラ技法で、円や矩形、螺旋、あるいは植物などのモチーフ、文字が描かれている。水色やピンクなどの淡い色も特徴的だ。



「神殿のための絵画」には全体を通して、二元性の解消や霊性の進化といったテーマがある。アフ・クリントが考える「進化」とは、魂が高次の段階へと上昇し、神に近づく精神的なプロセスを示す。


また、アフ・クリントはこの「神殿のための絵画」を収める螺旋状の建築物=神殿を構想していた。最上層の塔にある祭壇に飾るために描いた〈祭壇画〉は、「神殿のための絵画」の総覧、集大成として位置づけられる。
人智学への傾倒。これまでの自作を体系化
こうして「神殿のための絵画」を完結させたのちも、眼に見えない実在の探究を続けた。1920年に母親が没後、幾何学的、図式的になるなど作風に変化が生まれる。国外で知見を広げられるようになると、オーストリアやドイツで活動した神秘思想家・哲学者のルドルフ・シュタイナーが創始した人智学に傾倒していく。人智学から影響を受けた〈花と木を見ることについて〉では、ゲーテの色彩論やシュタイナー周辺で行われた水彩技法を取り入れている。植物をテーマとして、湿らせた紙に水彩で描くことによる滲みなどの偶発性も活かされている。

さらに驚くべきは、1920年代以降、過去のノートを編集・改訂を始め、自らの思想や表現を体系的に完成させようとしていたことだ。「神殿のための絵画」のアーカイブブックを作成し、持ち運んで人に見せたり、説明できるようにしていたのだ。神殿のスケッチもあり、作品をどのように配置するか検討されていたこともわかる。

こうした大量の作品群とノートやメモは、アフ・クリントの没後、甥に託された。ノートに伏されたという「+×」印は、死後20年経ってから公開されることを意味しているのだが、このことが「死後20年間作品の公開を封印した」という逸話になり、流布されている。
現在、日本で2022年に公開された映画『見えるもの、その先に ヒルマ・アフ・クリントの世界』が再び劇場公開されている。その中でも「美術史は書き換えられるのか」と謳われている。映画の制作は2019年。ヒルマ・アフ・クリント財団では現在も事実関係を調査し続けており、少し冷静に見た方が良さそうでもある。
展覧会を企画した三輪美術課長は「ここ数年、カンディンスキーとアフ・クリントの二人展、モンドリアンとアフ・クリントの二人展などが行われ、世界的には、どちらが早いか1、2番争いと言うよりも、どんな共通項や差異があるのかといったことを考える方向にあります。色彩や作品サイズなど、20世紀絵画の問題を予見するようにも思える彼女の作品は、美術史においてどのような先駆性があったのか、長い時間軸で考えていかなければいけないと思います」と締め括った。見えない世界との対話から生まれた作品群をぜひ間近で体感してほしい。
取材・文・撮影:白坂由里
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<開催概要>
『ヒルマ・アフ・クリント展』
2025年3月4日(火)~6月15日(日)、東京国立近代美術館にて開催
公式サイト:
https://art.nikkei.com/hilmaafklint/
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