映画『翔んで埼玉』の“埼玉ポーズ”はバンドの1曲から誕生 仕掛け人が語る、県民性と地元への思い
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魔夜峰央の漫画原作による実写映画『翔んで埼玉』が、公開からおよそ1カ月が経とうとしてる中、今もなお大ヒットを記録中だ。東京を舞台に(千葉や群馬も巻き込みながら)埼玉をディスりまくる痛快さが、主にリアル埼玉県民の心を掴んだ本作。劇中では、東京都民から迫害を受ける埼玉県民が誇りを示す“埼玉ポーズ”が幾度となく登場するのだが、これを実際に埼玉で広めた人物がいる。『なぜ埼玉県民だけがディスられても平気なのか?』の著者・鷺谷政明氏だ。リアルサウンドでは今回、鷺谷氏に話を聞く機会を得た。
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実は音楽と縁の深い鷺谷氏。現在は広告のクリエイティブディレクターとして活動しているが、10代でシンガーソングライターを目指し音楽活動をスタート。20歳頃から友人たちと趣味で6才児というバンドも始めた。その後、音楽のメーカーに勤務し、裏方として音楽に携わっていた時代もあるという。そして30歳を過ぎた頃に6才児の活動を再開。2枚目のアルバムを作る際、メンバー全員が埼玉出身ということから“埼玉の歌を作ろう”という話になり、「そうだ埼玉」という一つの曲が誕生した。
「そうだ埼玉」が生まれた2013年当時は、AKB48「恋するフォーチュンクッキー」のダンスを企業や自治体の人たちが踊る、“踊ってみた”動画が流行中。そこからヒントを得た鷺谷氏は「そうだ埼玉」に合わせていろんな人がダンスを踊るPVのようなPR動画を作成することに。埼玉県内200社に連絡をして、OKをもらった46社にダンス動画を撮影にいった。すべて自主制作で10カ月ほどかけて完成させたという。
例の“埼玉ポーズ”はその動画撮影に参加した企業の人たちとの記念写真で使っていたポーズなのだという。ダンスの中でも用いられているダンサー・Maki氏が考案した埼玉県民の鳥・シラコバトの羽の部分と埼玉の“玉”を輪で表現したポーズだ。その後も鷺谷氏は埼玉ポーズを広めるべく、埼玉全40市の市長に写真撮影を打診したところ、20市以上の市長から埼玉ポーズの写真が寄せられた。勢いに乗った鷺谷氏は、埼玉出身の芸能人たちにも埼玉ポーズ写真のオファーを行う。すると、ダイアモンド✡ユカイはじめ、埼玉ポーズの写真が次々に送られてきたのだ。そして、そうだ埼玉.comで公開していたそれらの写真を見た女子高生たちが埼玉ポーズのプリクラをネット上にアップ。ニュースなどにも取り上げられるようになり、ポピュラーなものとなった。
こうした埼玉ポーズ誕生までの流れを経て、鷺谷氏は埼玉の県民性について以下のように語る。
「埼玉の人たちって声をかければ手をあげるんです。でも自分から声をかける側になる人はすごく少ない。“社長輩出率最下位”とか、“歴代総理大臣が一人も出ていない”とか『翔んで埼玉』でもネタにされていましたが、自分から手をあげることはあまりない県民性なんです。でも、いざやることになれば、イヤイヤながらもめちゃくちゃ頑張る。「そうだ埼玉」のダンスに協力してくださったみなさんもそうですし、劇中で千葉との合戦に出向いた埼玉県民の姿がまさにそのものですね(笑)」
また、『翔んで埼玉』では、劇中に「なぜか埼玉」(さいたまんぞう)とエンディングに「埼玉県のうた」(はなわ)という埼玉にゆかりのある2曲が使用されている。それぞれ埼玉県民からはどのように親しまれてきた楽曲なのだろうか。
「「なぜか埼玉」は1980年に発表、1982~3年に話題になった曲です。バブル世代より上の方が知っていて、若い人はあまり知らない印象。はなわさんの「埼玉県のうた」は2002年発表なので、40歳前後のロストジェネレーションと呼ばれるような世代が親しんだ曲ですね。そして今の若い世代が親しんでいる曲が「そうだ埼玉」です、と言えればいいんですけど……(笑)、埼玉の人の中で知られている曲は今はほとんどないのが現状です。埼玉県はいくつかの地域で文化が分かれているので、実は全体で盛り上がるコンテンツは少ないんです。例えば、埼玉の上のほうの地域の人たちは埼玉で何かが盛り上がると、“それは荒川より向こう側で盛り上がっているだけ”とか、“大宮とか浦和だけ”みたいなことを言いますし(笑)。そう考えると『翔んで埼玉』のヒットって改めてすごいことなんですよね」
県全体が一つになり盛り上がるコンテンツが思いがけず誕生した今、鷺谷氏は新たに「埼玉ならではの音楽フェス」を盛り上げていきたいという考えが強くなったと明かす。
「埼玉には広大な土地を活用した町おこし的な音楽フェスがいくつもあるんです。所沢航空記念公園の『夏びらき MUSIC FESTIVAL』や彩の国くまがやドームの『WAKE UP FES』などのほかにも、『フジロック』のようなロケーションの秋ヶ瀬公園では『秋ヶ瀬フェス』をやっていて、今年で4回目になります。そういったフェス文化がもっと盛り上がればいいなと思っていて。埼玉の人たちはお祭りごとが好きな人が多い。自分の本の中に「渋谷ハロウィンでコスプレしてるのほとんど埼玉県民」と書いたことがありますが、みんながいる場所に埼玉県民は群がりやすいんです。要は人が集まるところが好きで、人のいるところが安心する。フェスを立ち上げる人は少ないけど、あればフェスに行きたいという人は多いと思いますね。僕は音楽畑の出身ですし、埼玉でみんなが集まって音楽を楽しめる場所、埼玉のミュージシャンやアイドルたちが活躍できる場所を県内にもっと作りたいです」
隣接している東京と比較され、「ダさいたま」などのようにイジられることで輝いてきた埼玉。しかし、今はブランドよりもコスパの時代。都心に近く、家賃が安いなどの理由から“住みたい街ランキング”で上位にランクインすることも増えた。700万人以上いる人口も右肩上がりで増加しているという。『翔んで埼玉』のヒットのみならず、埼玉ならではの魅力が見出され、街全体が再評価の機運にあるーー。鷺谷氏は「埼玉県民は褒められるのは慣れていない」と前置きしつつ、最後に地元への熱い思いを語ってくれた。
「重要なのは、埼玉の人たちは他県の人と同じように郷土愛は当たり前にあっても、それを表に出さないだけ。下手すると他県の人よりもあるからこそディスられても笑えるんです。埼玉は出川哲朗さんみたいになれるのが一番いいと思っていて。出川さんもイジられることで世に出てきたけど、本当の意味での人気者になった。埼玉も他県からイジられるだけでなく、注目された次を考えていかないといけないですよね」(久蔵千恵)