【展示レポート】特別展『蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児』 ドラマで見たあの作品も! 蔦重が生み出した数々の名作が時代を超えて一堂に
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特別展『蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児』
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すべて見る大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし)〜」(NHK)の主人公として、今年おおいに話題を呼んでいる江戸時代の出版業者「蔦重」こと、蔦屋重三郎(1750−1797)。その活動をつぶさにたどりながら、彼が活躍した天明・寛政期(1781−1801)を中心とした江戸の文化を、250を超える作品群で紹介する大規模な展覧会が上野の東京国立博物館 平成館で開催されている。

入り口に設置された巨大な門をくぐると、待っているのは満開の桜だ。この門は、江戸幕府公認の遊廓・吉原への唯一の入場口・吉原大門を模したもの。当時の浮世絵をもとにつくられ、実際に大河ドラマで使用されたセットである。桜や灯籠といった会場のしつらえは、3月になると桜の樹を移植して見事な桜並木をつくったという当時の吉原の雰囲気を伝えてくれる。ドラマ視聴者には周知のことだが、蔦重はこの吉原で生まれ育ち、貸本屋として商いをスタートさせ、版元として出版業を軌道にのせた。第1章は、その若き蔦重を育んだ吉原をはじめとする江戸の風俗を、絵巻や掛け物、屏風絵など華やかな作品で紹介するところから始まる。
第1章の展示では、出版業界で次々に新機軸をうち出していった蔦重の歩みをたどっていく。当初は、毎年2度出版されていた吉原の案内手引書『吉原細見(よしわらさいけん)』の内容をアップデートするためにリサーチャー役で関わった蔦重だったが、のちには自らが版元となり、使いやすさを求めて本の大きさや判型を変えたり、店の並びや雰囲気が伝わるようにデザインしたりと、客の視点に立って工夫を凝らした『吉原細見』を出版する。従来のものといくつかの蔦重版を見比べられるのも面白いところだが、そのうちの一冊で序文を書き、のちに蔦重の版元名を「耕書堂」と命名してくれた本草学者で戯作者でもあった平賀源内に関わる品が並ぶのも興味深い。
生け花になぞらえて遊女の評判記を出版したり、遊女のファッションや暮らしを描いた錦絵の大型企画に関わったりと、吉原を舞台とした出版物で名をあげた蔦重は、さらに浄瑠璃の歌詞をのせた稽古本や、今の教科書にあたる往来物、洒落本へとジャンルを広げていく。そして、古典を下敷きとしながらも、時流を踏まえて風刺や滑稽を織り込んだ戯作(表紙が黄色いことからのちに「黄表紙」と呼ばれるようになる)によって市井の人々の心をつかむと、人気の戯作者や絵師を抱えてベストセラーを連発、ついに出版業の中心地・日本橋に店を構えるに至るのだ。


ドラマ内に効果的に登場する本は精巧な複製だが、その本物の本や錦絵を実際に目にできるのも同展の嬉しいところだ。だが、たとえドラマを知らなくとも、常に趣向を変えながら新しいものを生み出すアイデアマンぶりや、寛政の改革の出版統制により過酷な罰金刑を受けながらも、規制をかいくぐって新たなコンテンツを見出していったそのバイタリティは痛快に感じられるに違いない。
第2章は、天明期に爆発的に人気を集めた「狂歌」に焦点をあてている。当時は、武士や町人、役者や絵師など、様々な階層の人々が集まって、ともに狂歌を詠み、遊び戯れた時代だったという。蔦重も狂歌師「蔦唐丸」として参入し、当代一流の文化人たちと交流するなかで、狂歌集を一手に刊行していく。自身の狂歌を本にしたいと望む出資者たちを募り、著名な文化人の序文をつけた狂歌集や、一流の絵師を起用した豪華な狂歌絵本を出版するという新たなビジネスモデルをつくりあげたのだ。

ここで大きな役割を果たしたのが、蔦重が早くにその才能を見出した浮世絵師・喜多川歌麿だった。同展の大きな見どころのひとつは、若き歌麿が精緻な線を駆使して描いた狂歌絵本の数々だ。虫や植物、貝や鳥の緻密な描写の写実性や、雪月花をテーマとした風景や風俗の抒情性が魅力的であるとともに、キラリと光る雲母摺(きらずり)の技法など、贅をつくしたつくりも見応えがある。
歌麿が男女の機微を描いた《歌まくら》は、創立から150年を超える東京国立博物館の歴史のなかで、枕絵の展示としては初めてとなるものだ。人物の身体の柔らかさを輪郭線でとらえた繊細な描写や、女性のしぐさや片方だけ見える男性の目の描写などから男女の感情にまで思いを馳せさせる表現の重層性も見どころとなっている。
第3章では、歌麿や写楽など名だたる浮世絵師を発掘し、それぞれの魅力を最大限に生かした蔦重の企画力に焦点があてられ、大量の錦絵が豪華に並ぶ。
蔦重のプロデュースによる歌麿の「美人大首絵」は、人物の顔を大胆にクローズアップした構図と微妙な表情やしぐさによって、様々な年齢や階層の女性たちの特徴や心情を描き分けているのが特徴だ。また茶屋の看板娘など、現実に存在する市井の女性を描く際にも、それぞれの顔の特徴をとらえて個性を表出している。同展では、八頭身美人で人気を博した鳥居清長の作品や、歌麿が他の版元から出版した作品も展示されており、作者の個性や版元による違いを見比べられるのも楽しみのひとつだ。


第3章では、栄松斎長喜をはじめ、蔦重が起用した浮世絵師が何人も登場するが、歌麿と並んで圧倒的な存在感を放つのはやはり東洲斎写楽だ。役者の大首絵でデビューした写楽は、わずか10か月で140点。を超える作品を出版して忽然と姿を消し、その素姓が長らく議論されてきた。役者を大胆にデフォルメして描いたと一般に評されるが、実は役柄を飛び越え、役者自身の特徴や個性を欠点も含めてリアルに描いたリアリズムの絵師だと考えられるという。今回の展示では、雲母摺を贅沢に使った迫力あふれる大首絵をたっぷり楽しめると同時に、4期に分けられるその活動をたどっていくと、人々の度肝を抜いた役者の個性の表現が次第に抑えられていくのが見てとれて興味深い。
最後の広大な一室には、「附章」として、天明寛政期の江戸の街が再現されている。セット自体はドラマで使われたものではないが、黄表紙が平積みされた耕書堂の店内の再現や、写真や映像資料、ドラマ製作のためのスケッチ類の展示もある。橋の向こうには、夜明けから夜へと時間が移りゆく江戸の街の情景が広がっている。タイムトリップをして大河ドラマ「べらぼう」の世界を満喫できるこの一室は、写真撮影も可能だ。
取材・文・撮影:中山ゆかり
<開催概要>
特別展『蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児』
2025年4月22日(火)~ 6月15日(日)、東京国立博物館 平成館にて開催
※前期展示:4月22日〜5月18日 後期展示:5月20日〜 6月15日、会期中一部展示替えあり
公式サイト:
https://tsutaju2025.jp/
チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2556559
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