音楽朗読劇 READING HIGH premium「TAIL to TALE ~Story from 義経千本桜~」脚本・演出、藤沢文翁インタビュー
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インタビュー
藤沢文翁 (撮影/源 賀津己)
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すべて見る劇作家で演出家の藤沢文翁がroom NB(ソニーミュージックグループ)と組んで「まだ誰も体験したことのない音楽朗読劇」を目指して2017年に創設した「READING HIGH」。これまでもアーサー王の伝説や陰陽師など様々な題材を音楽朗読劇として描いてきたが今回、藤沢が選んだのは、歌舞伎の三大演目のひとつである「義経千本桜」の“その後”の物語。杉田智和、石田彰、佐倉綾音、岡本信彦、そして諏訪部順一がキャストに名を連ねる期待の新作について、原作・脚本・作詞・演出を担う藤沢に話を聞いた。
――今回、「義経千本桜」という歌舞伎の演目を題材に選んだ経緯を教えてください。
藤沢 最近、ジャパネスクといいますか、日本的なものがエンターテインメントに要求される風潮が強くなっていまして、僕は洋物を書く作家というイメージをお持ちの方もいらっしゃると思いますが、和物を書きたいという思いは以前からありました。
ゼロから作ってもよかったんですが、日本人にとって親しみやすい、歌舞伎にあまり触れたことのない方でも、それなりにストーリーを知っているし、知らなくともすぐに理解できる物語として「義経千本桜」はいいなと思っていました。特にあの物語の続編、その後どうなったのかが、僕は子どもの頃からずっと気になっていたんです。
僕なりの解釈で「義経千本桜」から4年後――義経が持っている鼓が、子狐の母親と父親の皮で作られており、その鼓を形見として義経が子狐に与えて、御恩返しで(義経を追討する)頼朝軍を退けて義経を逃がすという大団円のその後――義経が死ぬまでの物語をあのテンションで描いたらどうなるのか? それをオリジナルで書いてみたいという構想は僕の中に以前からありました。
――具体的に、4年後の物語というのは、どのような展開になるのでしょうか?
藤沢 結論から言うと、史実とは異なって、義経を守っている郎党は既に全滅しています。義経を支えていた弁慶すら、もう命を落としています。そこへ世話になった狐が義経を訪ねてきた時、義経はかつての明るさを失っていて、ひとりぼっちでポツンとしており、狐はそこで恩返しの決意をする。命を狙われている義経のために、今度は自分が弁慶に化けて「僕が義経さまを守るんだ」というところから物語が始まります。
――そこから義経の最期までが描かれるんですね?
藤沢 はい。ですから、僕たちが知っている「弁慶の仁王立ち」といったエピソードがどうなっていたのかというところを楽しんでいただければと思います。もちろん義経という人間が物語の中心にはいるんですが、ある種の群像劇で誰もが主役のようになっています。いろんな人の視点で義経を見ている。そういう意味で、見る人によって主人公が変わってくるのでは、とも思っています。
――数多くある歌舞伎の演目の中での「義経千本桜」の魅力、これだけ長く愛される理由はどこにあると思いますか?
藤沢 シンプルさだと思います。日本の昔話には「猿蟹合戦」であったり「鶴の恩返し」であったり、動物たちが物語の中に自然と出てくる演目がたくさんありますよね。その中で、大人も見られる寓話として作られたのが「義経千本桜」だと思います。子ども向けの歌舞伎教室みたいなところでも、「義経千本桜」はよく題材に用いられますけど、そのくらい大人も子どもも楽しめるシンプルさとわかりやすさがある。
何よりも歌舞伎というのは「傾く(かぶく)」という、普通の情動から逸れるというのが語源の一つなんですけど、千本桜という華やかさが、もう歌舞伎の世界の華やかさのど真ん中なんです。いろんな意味で歌舞伎のすべての良いエッセンスが入っていて、日本人の演劇や物語の主軸になっていく“判官贔屓”というマインドもここで育っている。華やかさも判官贔屓もあって、日本人に理解されやすい動物と人間との愛情の物語もあって、ある意味、全部盛りなんです。
――狐の役を佐倉綾音さんが、弁慶役を諏訪部順一さんが演じますが、諏訪部さんは狐が化けた弁慶を演じるということですか?
藤沢 諏訪部さんは、佐倉さんが化けた弁慶と、回想で出てくる本物の弁慶と二役をやるということになります。そのあたりは、諏訪部さんの芸の妙をお楽しみいただければと思います。
――「義経千本桜」という1748年に初演された古典をリーディングとして脚本化するにあたって、意識されたことや大切にされたことはありますか?
藤沢 そうですね、いわゆる歌舞伎言葉そのままでは、現代のお客さまは少し難解に感じられるかもしれませんので、時代劇言葉ではありますが、よりわかりやすくしています。
先ほども言いましたが、実は石田さんが演じる吉次は江戸弁を話しますし、それ以外の武家言葉も、いわゆる江戸時代の武家言葉を話したりしています。「義経の時代に江戸弁っておかしいじゃないか!」というツッコミがあるかもしれませんが、そもそも「義経千本桜」という演目自体が江戸時代に書かれたものですから、演出家も大道具さんも衣装さんも、義経たちがどんな服を着ていたのか、おそらく知らなかったんです。
僕らはいま、ネットや史料を調べればいくらでも情報が出てきますが、江戸時代の人がさらに昔の時代を題材にしているからいろんなものが混ざっている。そういった部分にもファンタジー的な面白さがあると思うので、逆手にとって江戸弁だって入れてやるよという感じで、現代の戯曲家が「義経千本桜」の続編を書いて好きにやらせていただいている。そこを楽しんでいただければと思います。
――2017年にREADING HIGHとしてプロジェクトを始めてここまで公演を重ねてきた中で、ご自身の中で手応えや進化を感じる部分はありますか?
藤沢 これは「僕」という一人称単数ではなく、「私たち」という主語で書いていただきたいんですけども、いま、朗読劇が戦国時代と言われるほどに百花繚乱に立ち並んでいる中、僕たちのチーム、そして常連キャストのみなさんが、この時代を牽引してきたという自負があります。
誰の真似もしないで、いつもゼロから「僕たちが轍(わだち)を作るんだ」という気持ちを常に持って作り続け、いまの場所に到達したという思いですね。
僕はいつも、公演終了後にお客さまの顔を見させていただいているんですが、みなさん笑顔で、泣いていらっしゃる方もいるんですが、帰っていかれるのを見て「正しいことをしているな」という思いを抱いています。(ゼロから自分たちでやってきて)轍がないので、お客さまの笑い顔と泣き顔しか僕たちには判断材料がないんですが、それを見ながら「間違ってない」と確認しながら歩み続けてきた歳月だった気がします。
――そんな百花繚乱の時代の中で、READING HIGHならではの魅力や強み、持ち味のような部分は?
藤沢 一番の強みはテンポ感です。映画や舞台は視覚で訴える部分も多いですが、リーディングで登場人物たちは動かない。その中で必要なもの、一番大切なものはテンポ感なんです。
テンポ感には、セリフの応酬もあれば、音楽との掛け合いもあります。セリフの掛け合いについて言うと、僕はナレーションをなるべく取っ払いたいと思っています。僕なりに朗読劇用の脚本を長年研究してきまして、ナレーションがなくても会話だけで物語が浮かぶような脚本の書き方をしてきました。
そこにサウンドエフェクトを入れたり、あるいは特殊効果を入れたりしつつ、テンポ感を上げていくんですが、途中でナレーションが入ってしまうと、どうしても一瞬、“語り部”という人が登場して、そこは異空間になってしまう。異空間を作らずに、脚本にある会話の中で何が行われているかを想像できるということがテンポ感には大切だと思います。
そしてもうひとつ、音楽との掛け合いについては、村中俊之くんという天才的な作曲家の力が大きいです。普段から「こういう曲を作って」とお願いして曲が上がってくるのではなく、台本を読んでもらって、ふたりでご飯を食べながら「ああでもない、こうでもない」と言いながら、時に酒を飲みながら、その場で彼が演奏してみて「それいいね」とか話しながら曲を作っていく。
僕と村中くんのそういうテンポ感、舞台上の役者のテンポ感、制作スタッフのみなさんのテンポ感、いろんなテンポ感によって作られていくのが、READING HIGHの強みなのかなと思います。
――最後に改めて、楽しみにされているみなさんに「こういうところを楽しんでほしい」というメッセージをお願いします。
藤沢 本当にいまをときめく声優のみなさんが、このたった2日間に集結するというだけでも奇跡だと思っています。しかも、彼らが一番得意としている声のお芝居で、画というものにまったく縛られることなく、平安から鎌倉にかけての物語を演じ切るという、この時代に生まれたからこそ見られる彼らの演技の妙をぜひ楽しんでいただけたらと思います。
取材・文/黒豆直樹
撮影/源 賀津己
<公演情報>
音楽朗読劇 READING HIGH premium「TAIL to TALE ~Story from 義経千本桜~」
日程:2025年5月31日(土)・6月1日(日)
会場:THEATER MILANO-Za
[原作・脚本・作詞・演出]藤沢文翁
[作曲・音楽監督]村中俊之
[出演]杉田智和 / 石田 彰 / 佐倉綾音 / 岡本信彦 / 諏訪部順一
チケット情報:
https://w.pia.jp/t/rhp/
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