協奏曲の「協」は力が3つ 河村尚子が山田&バーミンガムとラフマニノフ
クラシック
インタビュー

(c)Marco Borggreve
ドイツを拠点に、古典から現代まで幅広いレパートリーに、深く、かつ知的な表現を聴かせるピアニストの河村尚子。6~7月に来日する山田和樹指揮バーミンガム市交響楽団とラフマニノフの協奏曲で共演、9月にはソロ・リサイタルを開く。
ただのブリリアントなヴィルトゥオーゾで終わらせたくないラフマニノフ
バーミンガム市響とは、2016年の来日公演でも共演。ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番の熱演で聴衆を沸かせた。
「そのあとにもバーミンガムの定期演奏会に出演させていただいてベートーヴェンの協奏曲第4番を弾いたのと、急きょの代役でサン=サーンスの協奏曲第2番を弾いたこともあります。
本当に和気あいあいと、みんなで一緒に音楽を作っていくというオーケストラ。その時その時にいちばん良いものを作り出す、すごく自然体のオーケストラだと思います。“あたたかい”というと表現が平べったいかもしれませんが、人と人とのつながりを大事にして、楽団員のみなさんが対等な視線で接してくださるんです。気が合う仲間で音楽をする、音楽の趣味が合うというのは、レールがどんどんはまっていって、気持ちよく音楽ができる。そういう条件が揃っているんじゃないかしら。
それは山田和樹さんのパワーでもあると思うんですね。彼の人間味。誰とも区別なく接し、音楽を作る。彼の持って行き方がすごく出ていると思います」
山田和樹は彼女を「共演者という立場を超えたソウルメイト」と呼んで厚い信頼を寄せている。
「ありがたいことです(笑)。山田さんはすごく人なつっこい人。それが人を呼び集める力になっていると思いますし、音楽もけっして抑圧的でなく、相手から来たものをちゃんとキャッチしてサポートする。そういう作り方かなと思います。彼自身がすごく自然体で音楽を愛しているからこそだと思うんです。
人と人との関係と同じで、人それぞれにクセがありますけど、協奏曲って、それを互いにリスペクトしながら作っていかないと、ただの伴奏とソロになってしまうんです。協奏曲の「協」という漢字には「力」が3つあるじゃないですか(笑)。指揮者、オーケストラ、ソリストの3つの力が総合して作っていくものだと思うんです。私の中ではそれが基礎です」
今回の来日公演ではラフマニノフのピアノ協奏曲第2番で「力」を合わせる。交響曲の失敗でスランプに陥っていたラフマニノフが精神医の治療を受けて復活を告げた作品としても有名な人気曲。
「弾き始めて10年ちょっとになるんですけれども、私、すごく表面だけをなぞっていたなと感じるんです。最初はすごくヴィルトゥオージな曲だと思っていたんですけれども、それだけでなく、さらにもっと中身が濃いんじゃないかと。
ラフマニノフが精神的に病んでいた時期の苦しみが描かれているということは、もちろんみなさんご存知なんですけれども、神への感謝が込められた作品でもあるんです。第3楽章の主題が、彼の宗教曲の合唱の『私は神に感謝します』というフレーズと共通のモティーフで書かれていたり。それをただのブリリアントなヴィルトゥオーゾで終わらせたくないという気持ちがあります」

9月には「死」「別れ」をキーワードにしたリサイタルも
秋には再び来日。9月25日(木)の東京オペラシティほかでソロ・リサイタルを開く。プログラムのキーワードは「死」と「別れ」。愛する人の死と別れに直面して、作曲家たちは何を感じ、どんな音楽を紡ぎ出したのか。旅先のパリで母を失ったモーツァルトが書いた《ピアノ・ソナタ イ短調(K.310)》、ラヴェルが第一次世界大戦で戦死した知人たちに捧げた《クープランの墓》、友人の画家の死を悼むムソルグスキーの《展覧会の絵》など。
「ここ数年、お世話になった方々が他界されることが続きました。気軽に電話したり手紙を書いたりできていた方がいなくなる……。自分のいる島がどんどん海水に侵食されて小さくなっていくような気分になってしまったんです。すごくダメージを受けました。
でも、彼らが残した言葉だとか一緒に過ごした時間だとか。そういうことを思い返す瞬間が増えて、それを音楽のプログラムに移すとどういうことになるのかなと考えました。
作曲家が同じ心境だった時、どういう気持ちでどんな音楽を書いたのかということに思いを巡らせるようになって、このプログラムに至ったわけです。 すべてが悲観的な曲というわけでありません。作曲家それぞれ、いろんなやり方があるんだなということがわかって、考え方をもう一度リフレッシュして弾きたいと思います」
聴く人の心に届けたいのは、悲しみではない。「スピリチュアル」という言葉を発した。
「みなさんご自身が、他界された友人知人のことを思い出してください。作曲家たちが曲を捧げた人、思いを寄せた人。その音楽を聴いて、スピリチュアルな経験をしてほしいと思うんです。
私自身、恩師が亡くなった悲しみは体験しましたけれども、身近な人が相次いで亡くなるという経験がなかったもので、こういうことを考えたことがなかったんですね。だからこのプログラムを組んでいくこと自体が、すごくスピリチュアルな体験でした。
同じ境遇の作曲家たちの曲を聴いてどう感じるか。作曲家との距離も縮まると思います。これまでと違う視線で音楽を聴いていただきながら、他界された友人知人のことを思い出す瞬間があれば、この演奏会は成功かなと思っています(笑)」
取材・文:宮本明
山田和樹指揮 バーミンガム市交響楽団

■チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2455504
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https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2455503
6月30日(月) 19:00
東京オペラシティ コンサートホール
7月1日(火) 19:00
サントリーホール 大ホール ※河村尚子出演回
7月2日(水) 19:00
サントリーホール 大ホール
他各地公演有り
河村尚子 ピアノ・リサイタル

■チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2558692
9月25日(木) 19:00
東京オペラシティ コンサートホール
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