韓国キャスト版来日公演 『楽屋』〜流れ去るものはやがてなつかしき〜――インタビュー キム・テヒョン(プロデューサー)
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すべて見る劇作家・清水邦夫の代表作『楽屋』を韓国語に翻訳、脚色し、韓国の俳優によって上演する舞台が6月24日、東京・博品館劇場にて開幕する。アントン・チェーホフの『かもめ』を上演している、とある劇場の楽屋を背景に、けっして出番の来ない役者たちの演技に対する情熱、人生の悔恨などを生々しい対話やモノローグで綴った人間ドラマだ。出演には、ソン・オクスク(ドラマ『冬のソナタ』、『善徳女王』)、ソ・ヨンヒ(映画『追撃者』)、イ・イルファ(ドラマ『応答せよ』)、ハム・ウンジョン(ドラマ『ドリームハイ』)、キム・ジュヨン(ドラマ『海街チャチャチャ』)という、韓国ドラマ、映画好きなら見覚えのある人気の顔が集結(注:ハム・ウンジョンとキム・ジュヨンはWキャスト)。本作のプロデューサーで、ミュージカル『愛の不時着』、ドラマ『愛のあとにくるもの』などを手がけて来たキム・テヒョン氏に、韓国版『楽屋』日本公演に至る軌跡、その思いを聞いた。
清水邦夫の代表作を韓国演技派女優たちにより上演
――清水邦夫さんの戯曲『楽屋』は、韓国では2009年くらいから演劇公演としてたびたび上演されているようです。キムさんが制作された今回の来日版は、2021年初演、2023年に再演された作品ですが、まずはこの『楽屋』を上演しようと思われたきっかけからお話いただけますか?
キム・テヒョン おっしゃるように以前から韓国では『楽屋』をある劇団が上演していました。当時は原作戯曲をそのまま翻訳した形で権利を取って上演していて、それも非常に評判が良かったそうです。ただその後にその劇団に問題が起きて、上演作品がすべてストップしてしまったんです。それからは、いわゆるアマチュアの劇団が正式なライセンスを取らずに、30席や50席くらいの小さな劇場で上演していました。私は偶然その公演を観まして、非常に感銘を受けたんです。これはもっと多くの人に見てもらうべき作品だ、なぜこんな小さなところでやっているのかと。作品の持つディープな暗さも韓国人が好むテイストですし、ぜひ自分が手掛けたいと思いました。韓国社会の現状に合わせた脚色をして上演できたらいいなと思って、清水先生に直接ご説明して、許可をいただき、ライセンスを取って上演することになりました。
――清水邦夫さんは残念ながら2021年にご逝去されましたが、ご存命の時にお話することができたんですね。
キム・テヒョン はい。コロナ禍の直前の時期でもあり、清水先生のご体調が優れない状況でもありましたので直接お目にかかってはいないのですが、多くの意見交換をさせていただいて最終的にライセンスを取ることができました。日本でもこれまでいろんなバージョンの『楽屋』が上演されて来たと思いますが、私は蒼井優さんら著名な俳優さんたちが出演された、シス・カンパニーさん制作の『楽屋』の映像を拝見しました。私自身が本業はドラマのプロデューサーなので、同じように韓国の有名な俳優をキャスティングして、韓国の著名なドラマ演出家を起用して、もっと席数の多い劇場で上演しようと考えて、実現することができました。
――台本を読ませていただきましたが、原作戯曲を基に、ところどころに韓国ならではの風刺やユーモアが散りばめられ、コミカルで柔らかい印象を受けました。こうした脚色は日本ではほぼあり得ないことなので、その点でも日本の演劇ファンには興味を惹かれる公演だと思います。
キム・テヒョン 清水先生には、「こういうことをやってみたい」といった提案をいくつかお伝えしまして、本当に快くいろんなことを承諾していただきました。男性バージョンの『楽屋』も許可していただいて上演しましたし、これはまだ実現できていませんが、登場する4人の女優のうち一人を男性に、またはトランスジェンダーに変えるなど、いろんなバージョンでの上演も許可していただきました。もちろん日本ではこのようなアレンジは一切許可されていません。日本以外の国で、その国の状況に合わせて脚色することを許可していただいているので、日本のファンの方々が誤解しないように、今回の東京公演は本当に特別な韓国バージョンであることをちゃんと告知するようにと、清水先生の側から言われています。
――韓国での初演も再演も、観客から熱く支持されて大成功だったと伺っています。その勝因をどのように考えますか?
キム・テヒョン まずこの作品は4人の女優が登場する演劇で、出演者全員が女性という演劇はそれほど多くないと思います。そして日本も同じだと思いますが、韓国も80%以上の観客が女性なので、女性たちが演じる演劇に心惹かれるものがあっただろうと。さらにテレビドラマでよく見かける、馴染みのある女優を舞台で、間近で見られることも大きな要因だと思います。最初はそういった著名人をキャスティングしているので、1000席以上の劇場でやったほうが……といった話も出たのですが、私はそういう人気の方々の演技を300席、多くても500席以下の緊密な空間で見られるようにしたかったんです。それも好評を得た要因ではないかなと。そして何より、この作品自体の内容が女性に向けて投げかけるメッセージを持っていたので、多くの女性の方々に評価されたのだろうと思っています。
――その女性に向けたメッセージや、最初にキムさんが「感銘を受けた」とおっしゃった本作の魅力についてお伺いしたいです。
キム・テヒョン お話したように、私が『楽屋』を30席くらいの小劇場で観た時は、大学路(ソウルの演劇街)ではよく知られている実力のある俳優さんたちが舞台に立たれていて、その優れた演技を目の前で見て、とても楽しかったんです。この物語は女優たちの話ではあるけれど、そこで展開する一つひとつの内容が、私自身の仕事やその現実と照らし合わせて考えた時に、まったく同じ状況だなと思いました。観終わった後しばらくボ〜っとしてしまったくらい、強く共感したんです。これは男性女性関係なく、人間なら誰もが自分に置き換えて共感できる、自分の人生について深く考えさせられる素晴らしい作品だと思いました。
さらに付け加えるなら、これも日本も同じかと思いますが韓国の演劇ファンの中には、チェーホフの作品が好きな方がたくさんいます。『かもめ』を上演している楽屋での話なので、その台詞やシーンが出てきたりと、物語がどう展開していくのか興味を惹かれたお客様も多かったと思います。
日韓文化の橋渡しになることを目指して
――今回は日本語字幕による韓国語上演になりますが、この作品を日本の観客に見せたいと思われた理由は?
キム・テヒョン これは冗談半分で始まったのがきっかけなんですね。5、6年前、韓国で公演の準備をしていた時に、この韓国の役者のバージョンを東京で公演できたらすごく楽しいだろうなと思っていました。去年から今年にかけては日韓国交60周年になりますが、私はミュージカル『愛の不時着』のプロデューサーもやっていますので、日本の舞台制作の方々といろいろ話を進めていました。演劇公演はビジネス的に厳しいという側面はありますが、このように日本の戯曲をアレンジして韓国語で公演して、その韓国バージョンを日本の観客にお見せすることは本当の韓日交流、文化交流の一つになると思ったんです。私は今、主にドラマやミュージカルを手がけていますが、韓国の著名な俳優が演劇の舞台に立つ、それを観られるのは滅多にない機会です。韓国の俳優たちの優れた演技を、ぜひ日本の観客に直接見てもらいたいなと思ったことが大きいですね。今回の公演でいい結果を出せたら、このような文化交流となる作品をもっと手がけていきたいと思っています。
――ご存じと思いますが日本では今、韓国創作ミュージカルの翻訳版が次々と上演されています。それとは逆に、もう十年以上前から大学路では日本の戯曲を翻訳した演劇公演が行われていて、徐々に増えているようですが、日本戯曲ブームみたいなものはあるのでしょうか。
キム・テヒョン 韓国では日本の映画、ドラマ、小説などを好む人が多いです。とくに小説やアニメーションは世界でもトップだと思います。ですから、私を含め多くのプロデューサーが、原作となる作品を探すために日本に通っている状況にあります。おっしゃるように創作ミュージカルは大学路で非常に活性化されていますけど、演劇はやはりビジネス的に厳しくて、既存の原作を用いて上演することが多いのではないかと。また韓国の小説や漫画を舞台化するよりも、観客や俳優たちが日本の原作を好むことも多いので、そのような現象になっているのではないでしょうか。今後も日本の原作は、韓国の演劇界に必要になると思います。
――お話のように稀有な、興味深い文化交流の機会ですね。日本の観客の反応も楽しみに、劇場に伺いたいと思います。
キム・テヒョン 日本にはいろんな韓国の文化が……K-POPコンサートやミュージカルなどが公演に来て、それらに触れる機会はたくさんあると思います。演劇もぜひ、今回出演する俳優たちの演技を直接見ていただきたい。みんなこの公演を日本で行うことをとても光栄に思っています。韓国の『楽屋』もきっと日本のお客様に深い感銘を与えられる作品だと思いますので、日本の原作戯曲をどのように韓国式に変更し、どう表現したのか、ぜひ楽しみにしていただけたらと思います。

取材・文/上野紀子
<公演情報>
『楽屋』〜流れ去るものはやがてなつかしき〜
日程:2025年6月24日(火)〜29日(日)
会場:博品館劇場
[原作]清水邦夫
[脚色]ユン・ソヒョン
[演出]ユン・ソヒョン/シン・ギョンス
[出演]ソン・オクスク ソ・ヨンヒ イ・イルファ ハム・ウンジョン/キム・ジュヨン(Wキャスト)
チケット情報:
https://w.pia.jp/t/gakuya/
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