「大切なことを考える、小さなきっかけを与えられたら」 奏劇 vol.4『ミュージック・ダイアリー』、演出・首藤康之インタビュー
ステージ
インタビュー

(撮影/藤田亜弓)
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すべて見る数々の映画音楽を手がけてきた岩代太郎が、新たなフィールドでクリエイションを行いたいという思いから発案した「奏劇」。 第4弾は、原案・作曲を岩代太郎、原作・山田能龍、脚本・須貝英、演出・首藤康之というクリエイター陣がタッグを組み、戦争で離れ離れになった男女が愛と平和を求めて音楽日記を交換する姿を描いたリーディング音楽舞台『ミュージック・ダイアリー』を上演する。
3人の俳優と2人のピアニストのみで紡ぐ本作において、音楽大学で作曲を教えるピアノの名手ミカエル・ハインズ役を演じるのは三宅健。同じ音楽大学でピアノを教えているミカエルの恋人ナザレンコ・ローラ役を馬場ふみか、ストーリーテラーの久遠泰平を西村まさ彦が演じる。
国内外で活躍を続ける著名なダンサーであり振付家としても活躍する首藤康之に、初の本読みを行ったタイミングで、演出家として作品へ臨む思いを聞いた。
お客様の心を動かすきっかけに
――演出を手掛けられることが決まったときの思いを教えてください。
首藤 単純に嬉しかったです。プレーヤー側として40年近くこの世界にいて、いろいろな方の演出を受ける中で「こうしたらもっと美しくなるんじゃないか」と思うことはありました。
実際に脚本をいただき、美しい音楽を聴いて絵を思い浮かべるのはすごく楽しい作業だと思いました。プレーヤーとは違う責任を感じますが、こちらの方が合っているかもと思うくらいです(笑)。
――現時点では、演出プランについてどう考えていますか?
首藤 山田さんの原作を須貝さんがとても美しく膨らませてくださいました。そして岩代さんの音楽を聴いたら、舞台の上で役者さんがどうあるべきか、絵が浮かんできました。自分の考えや思いをこえて、須貝さんの紡ぐ言葉や岩代さんの美しい音楽が導いてくれる。今日が初めての本読みでしたので立ち稽古を通して変わるとは思いますが、僕の頭の中では最初から最後までもうほとんど完成しています。

――絵が見えたということですが、本読みの印象はいかがでしょう。
首藤 ずっと(脚本を)自分で読んでいたので、初めて俳優が読むのを聴いてほっとしました。いい意味で想像を超えてきて、どうするべきかより明確になった気がします。
――ほっとしたというのは、頭の中にあるイメージとあっていたということですか?
首藤 イメージにあっていましたし、それ以上のものを与えてくださいました。僕の脳内の劇場にあったものがどんどん明確になり、本物の三宅さんと馬場さんと西村さんが立ってくれた感じです。もちろん脚本の力もあると思いますが、同じ方向性ということが本読みを聞いただけでわかりました。
――『ミュージック・ダイアリー』という物語自体の印象についても教えてください。
首藤 今でも色々な国で争いは起きていますが、日本で生活していると、ニュースで見た時に意識する程度という方が多いと思います。この作品は戦争を描いているのですごく大きなテーマを扱っているように感じますが、実はそこまで大袈裟に考えなくていい。まずはたくさんの人が「争いが起きている」という現実を知って、考えることで、世の中は少しずつ変わっていくと思います。
僕がこの作品を通してお客様に伝えたいのは、まず知ってくださいということ。そして、できれば少し思い続けてくださいということです。小さなことでも、1人、100人、1000人と増えていって、全員が考えたらすごく大きな力になる。この作品を届けられるのは1公演500人弱のお客様ですが、観てくださった方が何か伝えてくれたり、人に話してくれたりして、広がっていく小さなきっかけになったら嬉しいです。
――作中で、作曲家のミカエルが戦争に対して声をあげるシーンがあります。同じアーティストとして、どのような思いを抱きましたか。
首藤 あらすじを聞かれたら、みんな今のウクライナとロシアのことを考えると思います。でも、ロシアでは普通にバレエが上演されていて、ウクライナのダンサーはヨーロッパに来ている。僕自身、イギリスのカンパニーにいた時にウクライナのダンサーたちとたくさん出会いました。
芸術はそういった世情の出来事とまったく関係ないわけではありませんが、何ができるかと考えたら、僕で言えばバレエ。戦争は止められないけど、自分たちが思う美しいものを創作し続けることで争いが消えていくのを願うのみです。こういった作品に取り組むと改めて考えさせられますね。
――岩代さんの音楽についても教えてください。
首藤 岩代さんはとても印象的で美しい旋律を奏でてくださいます。奏劇は演劇でも朗読劇でもない新たなスタイルですが、僕は音楽と切っても切れないバレエの世界にいたので、演劇よりも身近に感じます。先ほども言いましたが、岩代さんの曲は聴いただけで脳内のキャンパスに絵が浮かんでくる。それがカラーかモノクロかというところまで明確に見えてきて、曲に助けられる感じがします。
200%の稽古で目指すもの
――キャストの皆さんの印象、期待しているポイントはどこでしょう。
首藤 西村さんは講談師・諸国を旅してまわるバックパッカーの役で、三宅さん演じるミカエルの同僚や馬場さん演じるローラのおじさんなど、8役ほどを演じます。(本読みを聞いて)最初は声色を変えているのかと思ったんですが、お尋ねしたらほとんど変えていないと。でも、セリフのスピード感などでまったく違って聞こえる。すごいと思いましたし、楽しみになりました。
三宅さんと馬場さんが演じるのはロミオとジュリエットのような二人。届けたいのは恋愛ではなくその先にあるものですが、それでも非常にロマンティックな関係性が生まれそうな予感があります。素晴らしい出演者、岩代さんや須貝さんといった素敵な方々の揃った座組で、初めての演出に挑めるのはラッキーでしかないです。

――vol.2ではステージング、今回は演出で奏劇に関わられていますが、首藤さんが感じる奏劇の魅力とは。
首藤 カテゴライズするのは好きではありませんが、余白を持って観ることができるのが「奏劇」だと感じます。音楽と言葉で色々なものを与えてくれるけど、「これはこうだ」という押し付けがましさがない。受け取った方が自由に考えられるし、作り手と見る側がお互いに歩み寄ることができる優しい舞台だという気がします。
――朗読劇の魅力についても教えてください。
首藤 若い頃は、言葉というものは制限があるけど動きは無限大で宇宙のようなものだと思いながら踊っていました。でも、演劇に関わるようになって、踊りは消えてなくなるけど言葉はすごく残る、責任感がいるものだと実感し、しっかり考えて(言葉を)出さないといけないと思うようになりました。今では言葉が美しいことも、時に凶器になることもわかっている。今作でも言葉の素晴らしさが伝わると嬉しいです。
――身体表現がメインのバレエとは作り方も変わってくるのかなと思います。
首藤 (制限が)何もないと何をしていいかわかりませんが、片手だけ動かせるなどの規則があると、僕にとっては逆に広がりが大きいです。また、踊りとまではいきませんが、三宅さんと馬場さんに音楽を聴いた時の感情を視覚的に表現してもらおうと考えています。三宅さんはもちろん、馬場さんもダンスの経験があるそうなので僕としては心強いです。
――演出家として挑戦してみたいと考えていることはありますか?
首藤 考えていることを全部やりたいですが、全部やってしまうと余白がなくなるので、150%くらいで作って、最終的に70%くらいの力でやってもらおうかと思っています。少しずつ色をつけていく演出家の方もいらっしゃると思いますが、僕はまずたくさんのものをお渡しして削ぎ落としていくスタイルが合っている。役者さんは最初迷うと思いますが、僕の中では出来上がっているので、それをお渡しし、セッションしながら洗練させていこうと思っています。
――普段、振付などをされる時も同じように作られているんですか?
首藤 振付でも、演じる時もそうです。200%で稽古して、本番は80%くらいを意識しているので、一番命懸けなのは稽古かもしれません。とはいっても、本番もきっと100%になっているんです。200%で稽古していれば、本番で何が起きても動じないと思いますし、僕自身もよく先生から「稽古で200%出せ」と言われていました。
音楽でもダンスでも、受け取ってくださるお客様がいて成立する。お客様を想定した100%と自分の100%を足した200%で稽古して、お客様分を引いた100%で本番に挑むという感じかもしれません。

――最後に、楽しみにしている皆さんへのメッセージをお願いします。
首藤 今回は『ミュージック・ダイアリー』、つまり交換音楽日記です。今は交換日記をする人もほとんどいないと思いますが、音楽を交換しあってどんどん作っていくのはとても素敵だと思います。ご覧いただいた方が少しでも幸せになって、何かメッセージを持って帰ってくださったら嬉しいです。ぜひ劇場に足をお運びください。
取材・文/吉田沙奈
撮影/藤田亜弓
<公演情報>
奏劇 vol.4 『ミュージック・ダイアリー』
日程:2025年6月20日(金)〜29日(日)
会場:よみうり大手町ホール
[原案・作曲] 岩代太郎
[原案協力] 山田能龍
[演出] 首藤康之
[脚本] 須貝英
[出演] 三宅健 馬場ふみか 西村まさ彦
[ピアノ] 榊原大 広田圭美 岩代太郎
チケット情報
https://w.pia.jp/t/sougeki/
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