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静寂が織りなす劇的物語と未体験の音響空間。新国で細川俊夫の新作オペラ

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チケットぴあ

(c)Rikimaru Hotta/New National Theatre, Tokyo

新国立劇場2024/25オペラ・シーズンを締めくくる細川俊夫作曲の新作《ナターシャ》世界初演が、いよいよ初日を迎える。8月9日、同劇場オペラパレスで行われたゲネプロ(本番同様の最終総稽古)を取材した。

オペラ《ナターシャ》は、若い女ナターシャと若い男アラトが7つの地獄をめぐる物語。ナターシャをソプラノ(イルゼ・エーレンス)、アラトをメゾソプラノ(山下裕賀=ズボン役)が演じる。ここでの「地獄」は人間によって破壊された世界の象徴だ。それらをめぐる試練。ふたりは現実と愛を知り、未来を模索する。ナターシャはドイツ語で、アラトは日本語で歌うというふうに、多言語で書かれたオペラであることも話題を集めている。

7つの地獄がそのまま7つの「場」となる構成で、演出・美術のクリスティアン・レートは、次々に現れる地獄を、CGを駆使して描き出す。

(c)Rikimaru Hotta/New National Theatre, Tokyo

序章は「海」の描写から始まる。最初は合唱団の吐息。「ハーッ」「スーッ」というブレス音が、客席の1階から3階までに設置された24チャンネルのスピーカーを通して、立体的なサラウンドで全方位から降り注ぐ。それがオーケストラの生音とも徐々に一体となり、形のないバラバラな音の世界が、合唱のヴォーカリーズによるユニゾンのF(ファ)の音にいったん収斂する。ここまで数分間の導入部。未体験の音響空間に、一気に引き込まれた。作曲者によれば、旧約聖書『創世記』冒頭の天地創造をイメージしているという。

(c)Rikimaru Hotta/New National Theatre, Tokyo

第1の地獄は「森林地獄」。森林破壊によって、木が一本もない森(舞台上には葉を失った木々が立ち並ぶ)。合唱の空虚五度が、木のない森の荒廃を表現する。 第2の「快楽地獄」は海洋プラスティック汚染を描く。サイケというのかレトロポップというのか、赤、ピンク、オレンジの原色系のド派手なドレスで現れた二人のポップ歌手(森谷真理、冨平安希子)。髪は金髪のたてがみだ。ヘヴィメタ風衣装のサクソフォーン奏者(大石将紀)、エレキギター奏者(山田 岳)とともに歌うのは、哀調を帯びた、しかしちょっと巫術的な妖気もはらむ歌。はっきり調性のあるハ短調。現代作曲家である細川にとって、調性で書くのは初体験で、「勇気が要った」と明かしていた。耳障りなノイズは、ピットの奏者たちがプラスティックごみをこすって発しているのだそう。 続く「洪水地獄」では、小舟に乗って現れたナターシャとアラトが、ここでも調的な響きの安らぎの中で歌い、静寂が訪れる。

(c)Rikimaru Hotta/New National Theatre, Tokyo

一転して「ビジネス地獄」では、反復するリズムの氾濫の中で、両目が「$ $」になったビジネスマンたちが、一列に並んでひたすらキーボードを叩いている。それを揶揄するように、合唱が「じゃらじゃら」「ばりばり」「へとへと」と、さまざまな擬態語を連ねる。 休憩後の「沼地獄」の“沼”は政治が陥る沼。海外で見るような原発の冷却塔の前に、環境破壊に反対するデモ隊がやってくる。その喧騒を逃れ、ナターシャはアラトを「そばにいて」と呼び寄せ、抱き合って眠る。 第6の「炎上地獄」では世界が炎に包まれるものの、音楽はスタティック。静寂や沈黙を重んじる細川らしいイメージだ。ここにも調性的なアリアが、ナターシャとアラトのために置かれている。ハ短調から5度上のト短調へ移る歌は、地球を脅かす人間という存在への嘆き。背後に皆既日食の黒い太陽が昇る。 最後の「干ばつ地獄」は干からびた砂漠で、どんな愛も枯れてしまう。しかしそこでオペラ冒頭が戻ってくる。合唱の吐息のサラウンドから、ユニゾンのF(ファ)へ。天地がもう一度創られ「海」が出現する。浄化の鈴の音と清らかな水音。調的な和音や、前の場のアリアの断片も聴こえる。 そして世界は逆転する。地獄の底まで行き着いたナターシャとアラトが、今度は逆に天に昇っていくのだ。それは未来への希望なのか。不思議な余韻を残してオペラは幕を閉じる。

(c)Rikimaru Hotta/New National Theatre, Tokyo

高水準の歌手陣の中で、とりわけアラト役の山下裕賀のポテンシャルには舌を巻く。ロッシーニなどのベルカント・オペラで目の覚めるようなテクニックを聴かせて、またたく間にオペラ界の主役に躍り出た新星。それが現代作品でもこれだけの圧倒的な説得力を見せつける。今後の活躍にもさらなる期待しかない。

指揮は大野和士、演奏は東京フィルハーモニー。上演時間は休憩30分を含めて約2時間40分。公演は8月11日に初日をむかえ、残すところ8月13日(水)、15日(金)、17日(日)の3回、東京・初台の新国立劇場オペラパレスで。

オペラ《ナターシャ》は大野和士・新国立劇場オペラ芸術監督が主導する日本人作曲家委嘱作品シリーズ第3弾(第1弾/2019年:西村朗《紫苑物語》、第2弾/2020年:藤倉大《アルマゲドンの夢》)。作曲は細川俊夫、台本は多和田葉子。芥川賞をはじめ、数々の文学賞を受けている多和田はベルリン在住の日独バイリンガル作家。小説、詩だけでなく、ヨーロッパでは戯作家としての知名度も高い。オペラ台本を手がけるのは、この《ナターシャ》が初めて。

文:宮本明

ナターシャ

■チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2556563

8月13日(水) 14:00
8月15日(金) 18:30
8月17日(日) 14:00
※終了分は割愛

新国立劇場 オペラパレス

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