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大宮でミニシアターを作る意義とは、共鳴した各分野のプロが手がける劇場:埼玉 OttO編

映画

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ナタリー

OttO代表の今井健太氏

観客に作品を楽しんでもらうだけでなく、映画の多様性を守るための場所でもある映画館。子供からシニアまでが集まる地域のコミュニティとしての役割を担う劇場もある。

本コラムでは全国各地の劇場を訪ね、各映画館それぞれの魅力を紹介。今回は埼玉・大宮駅から徒歩5分の住宅街にあるOttO(オット)を取材した。カフェ・シェアハウスを併設する映画館を作った経緯や、東京・109シネマズ プレミアム新宿を手がけたXEBEXとイースタンサウンドファクトリーが設計・施工した音響設備、常設館ではおそらく世界初となる塗布スクリーンの採用など、これまでにない環境を作り上げた同館。「こだわりを持った人との出会いの中でこうなった」と語る、代表・今井健太氏と各分野のプロによる“冒険”に迫る。

取材・文・撮影 / 脇菜々香

ミニシアターが大変だということを始めて知りました

──まずは映画館の成り立ちから教えてください。大宮駅西口から徒歩約5分ととても便利ですが、さいたま市は人口100万人以上の大都市では唯一ミニシアターがなかった場所ですよね。

今井 ここはもともと僕の妻の祖父母が暮らしていた土地です。国鉄で働いていた義祖父が、住んでいた家を3階建ての賃貸アパートに建て替え、それを義理の父が引き継ぎました。30年前ぐらいに大宮の駅前から区画整理と道路整備が始まり、10数年前にそろそろここも取り壊しだという話になったんですが、行政スケジュールがどんどん延びて、義父も高齢になったので、僕に「何かできないか」と相談してきたんです。駅から近いから駐車場でもいいなと思っていたんですが、それだと意味がない。というのも、大宮駅って乗り換えを含めて1日に約60万人が利用すると言われているんです。北関東と東京をつなぐ中継地点なのに、ただの乗り換え駅のままではもったいないので、何か装置があったほうがいいと考えました。また、区画整理で新しい建物が建ち始めていたのですが、いわゆるデベロッパーやハウスメーカーが作った単身向けの賃貸など、同じような建物が並んでいる印象を受けていたんです。作って売り抜けて終わり、という短期的な収益を見込んだ街作りだと、10年、20年経ったときに“ただの古い町”になってしまう。そんな2018年のある日、歩いていたときにふと「映画館があったらどうかな?」と思ったことからスタートした計画です。

──なぜ映画館だったのでしょうか。

今井 映画館って、時間を巻き戻すじゃないですか。過去の作品でも初めて観る人にとっては新作になるし、新しく作品が上映されることで新陳代謝が起こり、いろんな人が劇場に来てくれる。あとは、当時小学2年生だった僕の子供が「ただいま!」と帰ってくる場所が映画館だったらなんかいいな、とも思って。映画のことも映画館のこともまったく詳しくないし、どうやって作ったらいいのかもわからなかったけど、いろいろ調べていく中で、埼玉・深谷シネマの館長・竹石(研二)さんの存在を知りました。竹石さんは、50歳のときに映画館を作ろうと思ったそうなのですが、僕がそのプロフィールを読んだのが50歳のときで、しかも竹石さんのもとの仕事が水道工事屋、僕は設備工事屋なんです。さらに深谷シネマは、銀行跡地を借りて、区画整理事業で今の場所に移ったというストーリーもあった。共通点の多さに「これは会いに行くしかない!」と思って訪ねたら、竹石さんが「いつかこんな人が来るんじゃないかと思ってた」と泣いて喜んでくれたんです。当時はまだ何も決まっていない中で、映画館というものがなんなのかを知りたくて話を聞きに行ったのですが、そこでミニシアターが大変だということを初めて知りました。

──大変というのは経営状況やシネコンとの競争などに関してでしょうか。

今井 竹石さんの紹介で2019年に川口のSKIPシティ 彩の国 ビジュアルプラザで開催された全国コミュニティシネマ会議に参加して、韓国が行っている映画産業の支援の仕組みや、日本の映画館のDCP入れ替え問題(注:デジタルシネマパッケージのフォーマット変更や機器の更新のための設備投資が大きな負担となっていること)を聞き、なんとかしないといけないと思い始めたんです。そこから上映機器の流通収益などを調べて、会社を訪ね歩いたり、話を聞かせてくださいと連絡したり……。僕が送ったメールには、ミニシアターの現状が構造的に厳しくなってきている中で、機器・配給・映画館で新しい構造を作り出さないと残っていけないんじゃないかということ、ミニシアターでしか上映されていない映画が4割近くある=ミニシアターがなくなることは文化的損失に直結すること、それに歯止めをかけるような仕組みを作りたいと思っているということを書きました。何人か会ってくれる人もいて、お話しする中でさまざまな問題点がわかってきたんです。それから建築家と一緒に、そもそも映画館は必要なのか、といったことから話し合いを始めました。大宮がどんな街で、ここに作るならどんな映画館がいいのか、映画館単体で成り立たないのであればどうしたらいいのか。

──さきほどからお話を聞く限り、どんなことも原点や本質から知ろうとされる方なんだなという印象を受けました。

今井 もちろん義理の父親の資産を任されたプレッシャーもあったのですが(笑)、新しいものを作るなら確固とした理由や必然性がないと嘘になってしまうと思っています。最終的には、シェアハウスとカフェを併設し、魅力や収益を補完し合う関係ができれば、映画館は残っていくんじゃないかという結論に達したんです。

──周辺住民の方の反応はいかがでしたか?

今井 建てる前に説明に回ったとき、どんな反応をされるかなと思っていたら、喜んでくれる方が多くて。最近では「映画館を作ってくれてありがとう」とお礼まで言われるようになってびっくりしています。きっと、単にお店を始めることと、映画館を作ることの持つ意味がものすごく違うんだと思います。皆さん、昔自分の家族と映画を観たことや、亡くなったお父さんに映画館に連れて行ってもらったことなどを話してくれて、肉体的な記憶が映画館とつながっていることを実感しましたし、だから応援してくださる方が増えたんだと納得しました。

編成のこだわりは「あまり色が付かないように」

──編成に関しては、担当の柴田笙さんに完全に任せているとのことですが、柴田さんとはどういう出会いだったのでしょうか。

今井 彼はもともと、東京・CINEMA Chupki TABATAのスタッフでした。代表である平塚(千穂子)さんと初めて会ったとき、すごく波長が合うというか、わかり合えた感覚があって。ここが竣工する数カ月前に平塚さんから電話があり、「Chupkiで3年働いている柴田くんという主力の子がいて、すごく有能なんだけど、彼にとって新しい環境が必要だと思うからOttOさんでどうでしょうか」と言われたんです。柴田さんにも意思を聞いたところ興味があるとのことで、来てもらうことになりました。

──ちなみに柴田さんはChupki時代も編成のお仕事をされていたんですか?

今井 そうです。編成も、予告編の編集もやっていました。なんでもできて天才だなと思っています。

──柴田さんにも伺いたいのですが、OttOではどういった基準で上映作品を選定されていますか?

柴田 住宅街であり、いろんな層の方がいる土地なので、ミニシアター系やアートハウス系と言われるような映画を望んでいる方もいらっしゃいますし、家族連れ向けの映画も求められています。そこのバランスを一番大事にしていますし、あまり色が付かないように考えていますね。アート系ばかり上映するかっこいい劇場になって「私とは違うな」とは思われないようにしたいんです。街の方にどんどん来ていただけるような身近な場所になったらいいなと思いますし、オープン時にXで“おうち映画館”と言ってくださった方がいたのはうれしかったです。

今井 あんまり尖ってもしょうがないですしね。尖った人しか来なくなったら怖いじゃないですか(笑)。近くに住んでいるおじいちゃんやおばあちゃんが、カフェを利用しに来たり、子供が宿題をやっていたり、そういう多様な人が混在する空間がいいなと。

柴田 もうすぐザ・フーのコンサート映画「ザ・フー ライヴ・アット・キルバーン1977」をかけるので、ゴリゴリの音楽ファンが集まる傍らに子供たちがいたら面白いなと思っています。

──柴田さん自身が好きな映画や、得意なジャンルはあるのでしょうか。

柴田 ドキュメンタリーも好きですし、インディーズの日本映画も好きで、本当に幅広く好きではあるんですが……。最近よかったのは、9月から上映する「親友かよ」というタイ映画です。テンポも速くてすごくポップな青春映画ではあるんですけど、亡くなった人を物語で描くことの倫理観みたいなものまで提示している映画で、すごく面白いなと思いました。

上映設備は109シネマズ プレミアム新宿を手がけたチームがデザイン

──ここからは今井さんに、上映設備についてもお聞きしたいです。どの場所からでも楽しめる席の配置とサイズ感、スクリーンや音響などすべてがそろっていて、設計するうえでとてつもない努力と工夫があったんだろうなと想像しました。

今井 これも編成と同じで、僕がこだわったわけじゃないんです。いろんな設備に関して調べていく中で、映像・音響機器のプロフェッショナルであるXEBEX(ジーベックス)の営業・武田さんと出会いました。武田さんは最初に「映画館単体をやろうとしているならお勧めできません」とおっしゃったんです。営業マンですから売ればいい話ですが、違う目線で物事を考えていることが一発でわかり、XEBEXさんにお願いすることに決めました。

──XEBEXと言えば、坂本龍一さんが監修したことで知られる東京・109シネマズ プレミアム新宿のサウンドシステムのデザインも担当されていますよね。

今井 武田さんは109シネマズ プレミアム新宿も担当していたそうですが、共同開発を行ったイースタンサウンドファクトリーの代表・佐藤博康さんと「今度大宮に新しいミニシアターができるけど、ちょっと面白い空間だから、ミニシアターの音響の新しいモデルを作ったらどうか」という話をしていたらしいんです。シネコンに多い耳を叩くような音じゃなくて、もう少し繊細かつ自然に全体の音が聞こえるような環境をミニシアターで作ったほうがいいと考えていたそうで、お二人がOttOに設置したいという巨大なスピーカーの図面を工事現場に持ってきてくれました。最初にいただいた図面のスピーカーを置く事はできませんでしたが、お二人が考える方向性で試していただければ、と伝えたところ、日本では2館目であるBWV Cinemaの音響を使うことになりました。

──ミニシアターのサイズ感に合わせた音響設備の開発が必要だったんですね。

今井 佐藤さんは、坂本龍一さんのプライベートのスピーカーから手がけていらっしゃって、坂本さんとの関係の中で「音響とはなんなのか」といったことを一緒に積み上げてきた人。坂本さんは、映画の音響に関して「音は耳に届けるんじゃなくて、耳がつかまえに行くもの」という哲学を持っていたそうなんです。例えば、風が吹いて木の葉が揺れている音って、遠くで鳴っているけど、耳がそれをつかまえにいっているんですよね。そういう聞こえ方が自然だということや、「音は出すときだけじゃなくて、それが消えていくときにきちんと聞こえるかが重要なんだ」ということも教えてもらいました。佐藤さんが直々にここへ音響調整に来てくださり、少しずつチューニングし、最後に「Ryuichi Sakamoto | Opus」を上映してサウンドデザインを決定しました。

──「Ryuichi Sakamoto | Opus」がこの劇場の音響の基準になっているんですか! 今井さんが“街のためにどんな映画館が必要か”“本物の映画館とは何か”を追い求める姿勢に共鳴した各分野のプロが、どんどん集まってきた印象です。

今井 そうですね。こだわりを持った人との出会いの中でこうなりました。この建物の設計自体もそうです。建築家という職業は、彼らなりに哲学を持っているわけですよね。とはいえ芸術家ではないので、普段は要望を聞いて作らなきゃいけないし、自分の設計哲学を100パーセント投影することはできない。だからこそ、ここではやりたいことをやってくださいと伝えました。それが建築家の仕事として一番魅力的なものになるはずだから。僕は設備屋なので工事にも全部関わってはいますが、なるべく大きな受け皿を広げることに徹して、いかにプロフェッショナルな方たちが実力を発揮できる場所を作るかを考えていました。

塗布スクリーンを常設館で採用したのはおそらく世界初

──通常のスクリーンではなく、壁に専用塗料を塗ってそこに映像を映し出す塗布スクリーンが採用されているのも珍しいと思いました。

今井 塗布スクリーンの知恵も、武田さんに教えていただきました。採用した理由の1つはコストダウンです。普通は壁を作ってそこにフレームを置いて、スピーカーをマウントして、その前にスクリーンのフレームを組んで、スクリーンを貼って完成……なのですが、塗るだけなのでその工程が全部なくなり、数百万円変わってきます。あとは、武田さんが「常設の映画館では誰もやったことがないから面白いと思う」と言っていたのもきっかけ。スクリーン専用の塗料であるプロペイントスクリーンはもともとカナダの製品だったんですが、日本のソリューションシステムズさんが日本の規格に合わせて生み出した製品を使っています。

──普段観ているスクリーンとは違って、色がパキッと見えるというか、密度が高く感じます。なぜ今まで導入されていなかったんだろう?と思うほど違和感がないですよね。

今井 たぶん、映画館における“正しさ”みたいなものがあると思うんです。「スクリーンから音が出ている」というのが正しい形であって、スクリーンの下に並んだスピーカーから音が鳴っているのは簡易的な映画館でしかない、という考え方がどこかにある。でも、ここは設計も施工も映画館を作るのが初めての人ばかりがやっているので、先入観がないんです。もう少し劇場のサイズが大きくなると音響機器と映像の位置が離れていってしまうのでこの設計は難しいですが、うちのサイズ感なら違和感なく観ていただけると思います。スクリーンにサウンドホール(音を通す細かい穴)がないからこそ、白黒の映像は特にきれいですよ。

──ミニシアターでここまで座席の傾斜がついているのも、なかなかない気がします。

今井 どの位置でもそんなに視線を動かさず画面全体を見られるようにしました。ミニシアターで見にくいところが多いのは、既存の建物の中に劇場を入れないといけなかったからだと思います。でも、興行法って何十年も更新されていないんですよね。どの映画館にも、トイレの数や避難経路の幅など大劇場を作るのと同じルールが適用されるから、皆さん苦労するんです。そのルールは安全を守るものではあるんですが、本当はミニシアターという新しい形態をカバーできる法律ができていかないといけないと思っています。興行法と消防法の検査を通るのはとても大変ですし、なおかつここは住宅もカフェもある複合用途建物なので、特に難易度が高い。ただ、そのルールをクリアするために、最初の設計段階から建築家の佐々木さんが消防とやり取りをしていたので、最終的な検査では指摘事項が0でした。

──ちなみに賃貸ではなくシェアハウスにしたのは理由があったんですか?

今井 水回りが共同なので部屋数を多く取れて収益が上がるのと、入退居の際の工事費用が抑えられるからですね。3階から5階に25部屋あって、今は8人入居しています。内見希望は何件かあり、企業さんから利用希望の話も来ています。

──カフェはドリンクも充実していますし、フードメニューは定番のピザのほか、「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」の上映時には劇中に登場する叉焼飯も出されていました。

今井 料理家であり、ラジオのパーソナリティなんかもやっている藤村公洋さんという僕の30年来の友人がカフェに入ってくれています。彼は、バーテンダーをしているときに逆流性食道炎になって体を壊したのですが、薬ではなく生活習慣を変えて治そうと毎日食事を作ってTwitterに投稿していたら、レシピ本を出すことになった経験があって。「トワイライト・ウォリアーズ」を上映するにあたり、叉焼飯を再現して作ってくれました。僕にはできないことばかりですが、得意分野をもった皆さんがアイデアを持ち込んでくれている感じです。

息子が命名した「OttO」に込められた意味

──映画館は1人で作るものじゃないということに、今更ながらハッと気付かされました。最後に、今後この空間がどうなっていってほしいと考えているか、教えていただけますか?

今井 どんな人が来るかによってどんな場所か意味付けられていくんだろうなと思いますし、その様子を見て楽しんでいきたいです。建物の両側面に入り口があるのは「通り抜けてください」という意味で、両方ともガラスになっているのは「ここは公共空間です」ということを示したいから。だからフリーWi-Fiで、フリートイレなんです。

──ふらっと自由に入って様子を雰囲気を知ることができるからこそ「じゃあ今度は映画を観てみよう」と気軽に思えますよね。

今井 あとここのOttOという名前は、僕の子供が付けました。僕は息子から“おっとー”と呼ばれていて、「おっとーの映画館だから“おっとー”でいいんじゃない?」と(※OttOの読みは“オット”)。調べてみると、イタリア語で「8」の意味があり、横にすると無限大ですし、日本語の「八」は末広がりで縁起がいいし、“八百万(やおよろず)”みたいな無限のスケール感もあるし、丸っこくてかわいいのでロゴにもしやすい。さらに、語源を調べると古代ゲルマン語の「相続財産」だったんですよ。

──ええ……すごい! 伏線回収が見事で鳥肌が立ちました。

今井 僕もこれはすごいと思って、OttOに決めました。どうせ、何十年かしたら僕はいなくなる。いなくなっても建物って残っちゃうんですよね。だから、残ってもいいようなものと構造にしておくべきだろうと思って作りました。なるべくうまくいくといいなと思います。