巨匠ムーティがドン・ジョヴァンニ。日本のオケピットは10年ぶり
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photo Toru Hiraiwa
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すべて見るクラシック音楽界をにぎわせるビッグニュースが飛び込んできた。主役は巨匠指揮者リッカルド・ムーティ。来年のゴールデンウィークに、東京でモーツァルトのオペラ《ドン・ジョヴァンニ》を振る。9月10日(水)、来日中のムーティも出席して発表会見が開かれた。
「私とモーツァルトの関係は、ヴェルディとの関係と同じようにひじょうに深いものです。人生の大部分をモーツァルトの勉強に捧げてきました」「ダ・ポンテ三部作は“イタリア・オペラ”です。モーツァルトはイタリア語を完璧に話しました。《ドン・ジョヴァンニ》も、イタリア語の深い知識を持って書いたことがよくわかります。まるでイタリア人が話しかけているかのように音楽が作られています」(ムーティの発言/以下同)
ムーティ指揮の《ドン・ジョヴァンニ》は2026年4月26日(日)~5月1日(金)に全3公演。会場は上野・東京文化会館。演出付きのフルステージ形式での上演だ。
近年、ムーティが演出付き舞台上演のオペラを指揮する機会は限られている。日本でオーケストラ・ピットに入るのは、2016年のウィーン国立歌劇場来日公演《フィガロの結婚》以来、じつに10年ぶり。
さらに、会場の東京文化会館はこの公演の直後から約3年にわたる大規模改修に入るため、現東京文化会館でのオペラ上演はこれが最後。ますます貴重な機会となる。
上演される舞台は、ムーティの娘キアラ・ムーティの演出。トリノの王立歌劇場とパレルモのマッシモ劇場が共同制作し、2022年にトリノで、2023年にパレルモで初演されたプロダクションだ。
オーケストラと合唱を、ムーティが2019年から開催する「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」を通じて信頼関係を築いてきた「東京春祭オーケストラ」と「東京オペラシンガーズ」が担う。
「東京公演のプランを聞いて、すぐに日本のオーケストラと合唱でやることを決めました。日本の若い音楽家たちに私のヴィジョンを伝えることは、私自身にとっても大きな経験になります」
歌手陣は、前述のトリノやパレルモですでに共演しているイタリア勢を中心に磐石の布陣。ムーティも「素晴らしい歌手たちが揃った」と満足げだ。
題名役には、上記公演で「魅力的で獰猛な悪の化身」とキャラクターを絶賛されたルカ・ミケレッティ。世代を代表するバリトンだ。
マリアンジェラ・シチリア(ソプラノ)のしなやかで力強い声は、「戦うドンナ・エルヴェーラ」と評された。
「正確なフレーズで役の感情的緊張を鮮明に表現した」と高く評価されたのは、バロックやベルカントのレパートリーでも活躍するドンナ・アンナのマリア・グラツィア・スキアーヴォ(ソプラノ)。
「高貴なドン・オッターヴィオ」と形容されたテノールのジョヴァンニ・サラは、とくに第1幕のアリア〈彼女の安らぎは〉が、「公演のハイライト」と絶賛されていた。
「節度ある表現の理想的なレポレッロ」を演じた、経験豊富なバリトン、アレッサンドロ・ルオンゴが東京でも起用される。
「《ドン・ジョヴァンニ》は“ドラマ・ジョコーソ”(悲喜劇)として書かれていますが、“gioco(ジョーコ)=遊び”にはいつも“苦味”も含まれています。道化的に騒ぐような演出は間違いだと思っています。このオペラのフィナーレはネガティブです。世界を暗い光で照らしていたドン・ジョヴァンニが地獄に堕ちて消えてしまうと、彼を失った登場人物たちは、どうしていいのかわからなくなるのです」
“苦味”は父娘で確実に共有されているようだ。海外メディアによれば、キアラ演出の最大の特徴は、登場人物たちを操り人形のように描いていること。見えない糸に操られるように、抑えきれない欲望に引きずられ、抗うことを許されない。彼らは衣裳をまとった時にだけ人間性を帯び、それぞれのキャラクターに生まれ変わる。ドン・ジョヴァンニもまた、人形たちの先頭に立つ存在にすぎず、自由な英雄ではない。ほの暗い舞台の上で、人間の欲望と破滅が寓話的に描かれる。
キアラは、父リッカルドが初めて《ドン・ジョヴァンニ》を指揮した1987年スカラ座の舞台が、自分のDNAの一部になっていると語っている。辛口のムーティが「神」とまで讃えた演出家ジョルジョ・ストレーレルが手がけた伝説のプロダクション。まだ幼かったキアラだが、音楽劇というものが、歌だけでなく、身体であり、光であり、影であることを強烈に学んだという。その後彼女はストレーレルの設立したミラノ・ピッコロ座の演劇学校で彼の教えを受け、俳優、そして演出家として歩んできた。
「ストレーレルのもとで学び、幼い頃から私の音楽の世界で育ってきたわけですから、新しいプロダクションを演出してもらうのに最適でした。彼女の舞台は大きな成功を収めました」

「良い公演が実現することを、今から楽しみにしています」
開催中の「イタリア・オペラ・アカデミー」の白熱のリハーサルの合間を縫って行われた会見。真摯に言葉を重ねるムーティの姿勢に、会場の空気は自然と引き締まった。
「最後に聖アウグスティヌスの言葉を申し上げます。Cantare amantis est. 歌うことは、愛する者が行うことである」
ムーティはそう言って会見を結んだ。
休館前の東京文化会館での最後のオペラ上演。巨匠父娘のコラボ。日本の若い音楽家との共演。そして充実の歌手陣。深く記憶に刻まれる特別な公演になるにちがいない。
取材・文:宮本明
モーツァルト:オペラ『ドン・ジョヴァンニ』
(主催:日本舞台芸術振興会/東京・春・音楽祭/日本経済新聞社)
2026年4月26日(日)、4月29日(水・祝)、5月1日(金) 各日14:00
東京文化会館大ホール
指揮:リッカルド・ムーティ
演出:キアラ・ムーティ
美術:アレッサンドロ・カメラ
照明:ヴァンサン・ロングマール
衣裳:トンマーゾ・ラガットッラ
配役(予定)
ドン・ジョヴァンニ:ルカ・ミケレッティ
ドンナ・アンナ:マリア・グラツィア・スキアーヴォ
ドンナ・エルヴィーラ:マリアンジェラ・シチリア
ドン・オッターヴィオ:ジョヴァンニ・サラ
レポレッロ:アレッサンドロ・ルオンゴ
ツェルリーナ:フランチェスカ・ディ・サウロ
マゼット:レオン・コーシャヴィッチ
騎士長:ヴィットリオ・デ・カンポ
ほか
管弦楽:東京春祭オーケストラ
合唱:東京オペラシンガーズ
■チケット発売情報
poco会員限定プレイガイド最速先行(S席19列目以内限定)
poco会員限定プレイガイド最速先行(全席種対象)
受付期間:10月10日(金)11:00~10月26日(日)23:59
https://fan.pia.jp/piaclafan/
一般発売:10月30日(木)10:00~
https://t.pia.jp/
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