
「才能ある若手アーティストをサポートしたい」 熱い想いから始まったAAC25年の道のり
若手アーティストの発掘・支援・育成を目的とした立体アートコンペティション「ART MEETS ARCHITECTURE COMPETITION(以下、AAC)」。建築とアートの出会いを創造するマンションデペロッパー、(株)アーバネットコーポレーションが、毎年、全国の美術大学・専門学校に在籍する学生を対象に、自社で開発したマンションのひとつのエントランスホールに設置する立体アート作品を募集し、最優秀賞作品を恒久設置するというコンペだ。2001年から毎年継続的に開催され、アーティストを目指す学生の登竜門のひとつとなってきた。


10月17日(金)〜26日(日)、今年で創設から25年となる活動の軌跡を振り返る特別展「AAC25周年記念展」が渋谷ヒカリエ 8階「COURT」「8/CUBE1, 2, 3」で開催される。歴代受賞者の中から現在プロとして活躍する25名のアーティストの作品が一堂に会する初の機会だ。木、ブロンズ、大理石、ガラス、アルミ、漆など素材も技法も多様な作品が楽しめる。展覧会を前に、AACを主催する(株)アーバネットコーポレーションの代表取締役会長兼CEO、服部信治氏に、AACを立ち上げた背景や展覧会の見どころなどをうかがった。
学生に扉を開いた、マンションを彩る立体作品のアートコンペ
まず、AACはどのように始まったのだろうか。
「私は大学卒業後、設計事務所に勤め、一級建築士としてマンションを設計していました。その頃から、機能や利便性だけでなく、居住者に遊びやゆとりのある空間を提供したいという思いがあり、絵画や彫刻作品を玄関口に飾るという活動を始めたのです。1997年にアーバネットコーポレーションを設立してからは、一棟目のマンションからエントランスホールに絵画や彫刻を飾り、ミニ美術館のような空間を作るという活動を本格的に行っていきました。そんなある日、美術大学の先生に『彫刻を学ぶ学生たちのほとんどが、材料や広いアトリエなどの経済的負担、制作時に音が出るといった諸問題で、制作を続けたくても続けられない。何より彫刻を飾るという文化が日本にはないので、作品を販売して生計を立てることができない』というお話をうかがったのです。私は毎年数千棟建っているマンションの玄関ホールに立体アートを設置することができる可能性があることに気づいて欲しいと思いました。そこで作品を学生から募集してはどうかと考えたのです。自分の作品が公共空間に設置されたという実績が、卒業後プロとして活動していく自信につながるだろうと。そうして芸術と建築が出会うコンペ『AAC』を2001年から始めました」
応募する学生たちは、作品を設置する場所に合わせてコンセプトや制作プランを考える。審査員は服部会長はじめ、著名な美術館の館長やキュレーター、ギャラリスト、建築家、アーティストなどが務める。丁寧な審査のプロセスもAACの特色だ。

一次審査では作品スケッチやコンセプトプランでの書類審査を経て3人の優秀賞と入選作を決める。3人の優秀賞受賞者には、制作のための材料費、運搬費、交通費などが支給され、審査員からのアドバイスも得て、実際に作品を約3、4カ月かけて制作する。最終審査となる二次審査は、その完成作を実際に設置するマンションのエントランスホールに仮設置して行われる。
「学生にとって実践的な経験になるように、クライアントから依頼されてアーティストが公共建築を作る過程を経験できるようなコンペにしたいと考えました。自社で開発するマンションのうち、10〜11月に完成するマンションを1棟特定し、エントランスホールの図面などを提供してそこに展示する作品を募集します。審査では、彫刻単体の芸術性だけでなく、建築空間とのマッチングを特に重視しています」


仮設置では、照明を当てたり、設置方法の強度について議論したり、細部まで具体的に検証される。
「マンションは不特定多数の人が通りますし、設置する会社に責任がありますから、安全性には気を遣います。また、デザイン性と機能性に富む、エリアNo.1のマンション創りにチャレンジしているので、居住者が、うちのマンションにはこんな素敵なアートがあるんだと自慢したくなるようなものを選びたいと思っています」
公平性を期すため、一次審査は、応募者の氏名、性別、学校、受賞歴などのプロフィールは伏せて行われる。二次審査では3人の優秀賞受賞者が仮設置した作品の前で審査員にプレゼンテーションを行う。学生が“傾向と対策”を立てないように、審査員は毎年、一部を除いて入れ替える。厳正な審査の末に選ばれた最優秀賞1名には100万円、優秀賞の2名には20万円が授与される。
「長年審査をしていると、学生たちが、実際にそこに住む人の意識や生活を考えながら作るようになってきたと感じます。自分の思いで制作をしてきた学生にとって初めての経験になるのではないでしょうか。例えば、東京23区の花を調べ、マンションが所在している区の花を主役に色をつけ、他の区の花は脇役として白い色にした1本の空想の木を作り上げた受賞者もいました。学生たちは地域にまつわる歴史や環境などをリサーチして多様な作品を発想するようになっていますね」


年々コンセプトや技術の精度が向上しており、二次審査の参加者からは「実作に制作費が支給されるため、学生ではなかなか手の届かない素材や技法にも挑戦できる」という感謝の声もよく聞かれるという。
また、AACでは告知ポスターもコンペで選んでいる。当初はプロのデザイナーに依頼していたが、平面デザインを学ぶ学生にもチャンスになればと、2008年からコンペが始まった。高校生、あるいは海外からも応募がある。最優秀賞には20万円を授与し、著名な審査員が受賞者に直接指導してポスターを作り上げる。こうしたデザイナーや印刷所などプロとのやりとりが学生には大きな糧となっている。


時代が変わっても価値の変わらない建築とアートを残したい
さらにAACでは、一度のコンペだけでなく、コンペの終了後も引き続きサポートをしている。
「当初から発掘だけで終わりにせず、支援・育成まで行うと決めていました。最優秀賞にとどまらず優秀賞も含めた中から、別のマンションに合うのではないかと作品を買い上げたり、新たに作品制作をお願いしたりすることもあります。作家と当社の設計士がコラボレートする良い経験になると思います」
また、去年7月、霞ヶ関ビルディング35階に本社を移転したことを機に、エントランスホールに「アーバネットアートギャラリー」を新設。3,4カ月ごとに展示を変えながら、AAC入賞者を中心に新たな才能を発信している。

服部氏はこの25年を振り返り、「2008年のリーマンショックがターニングポイントだった」と語る。
「リーマンショック後の2、3年はとても大変でした。会社が大変な危機に瀕する中で、AACを続けるかずいぶん悩んだのですが、当時の社員に『これだけは続けたい』と話して、AACにかかる経費などを削減しながら頑張りました。そうした危機を乗り越え、2017年にはメセナアワードで優秀賞を受賞することもできました」

当時のことを教訓として、AACへの協賛企業を多数募り、受け継いだスタッフが50年、100年と将来的にも続けられるような体制づくりも進めているとも語る。そこで最も大切にしていることは、本業とのマッチングだ。
「本業と異なる社会貢献で、景気が悪ければ支援をやめてしまうという企業もあります。しかし当社は、本業でアーティストに作品を依頼してマンションに設置するという事業を行っているので、コンペで選んだ人たちを活かし、彼らの実績にもなっていくという循環も生まれていると思っています」
今後、社会とアートと建築は、どのように結びついていくことが望ましいだろうか。
「時代が変わっても価値の変わらないものづくりをしていきたいですね。50年後も古さを感じないマンションを作り、アート作品も同じようにずっとそこにあるわけですから。アーティストたちが活躍して有名になれば作品の価値が出てくると思いますので、今の活動をできるだけ長く続けていきたいです」
25周年を記念して開催される「AAC25周年記念展」では、AACが輩出した25人の若手作家をピックアップ。作家の活動歴とともにそれぞれの作品が楽しめる。また、会期中の10月21日には「AAC2025」の二次審査と結果発表も同じヒカリエで行われる。
「アーティストたちの活躍ぶりを見るのは嬉しいですね。なかには、彫刻をやめようかと迷っていたけれど、入賞して自信もついたので制作活動を続けることにした、とスピーチしてくれた人もいました。続けていれば、世界的に有名になるかもしれない。学生にはどんどんチャレンジしてほしいなと思っています」
世界でひとつしかない、居住者の共有財産でもあるアート。出かける時、帰宅する時、自分の住む建物にどんな作品があったらいいか想像しながら展覧会を鑑賞するのも楽しそうだ。
取材・文:白坂由里 撮影:源賀津己
<開催概要>
『アーティストを輩出! 作家活動を支援!― 学生対象の立体アートコンペ 「AAC25周年記念展」』
会期:2025年10月17日(金) - 2025年10月26日(日)
会場:渋谷ヒカリエ8階、COURT、8/CUBE1, 2, 3
時間:11:00 ~ 20:00
料金:無料
公式サイト:https://aac.urbanet.jp/25th/
参加アーティスト(AAC受賞者 25名)※五十音順
あないまみ(ガラスアーティスト)/隗 楠(漆造形作家)/袁 方洲(アーティスト)/大竹 利絵子(彫刻家)/大成 哲(彫刻家)/勝川 夏樹(ガラス造形作家)/金保 洋(漆造形作家)/金 俊来(漆工芸家)/小泉 悟(現代美術家)/洪 詩楽(ガラスアーティスト)/後藤 宙(アーティスト)/佐野 圭亮(漆芸家)/白谷 琢磨(彫刻家)/土井 木蓮(彫刻家)/中居 瑞菜子(漆芸家)/平尾 祐里菜(金属造形作家)/古川 千夏(七宝作家)/帆足 枝里子(彫刻家)/堀田 光彦(彫刻家・鋳金家)/堀 園実(彫刻家)/本郷 芳哉(彫刻家)/松枝 悠希(アーティスト)/宮原 嵩広(彫刻家)/村上 仁美(陶彫刻家)/雷 康寧(アーティスト)
【参考作品】