日本の映画興行は10年間でどう変化した?洋画離れやアニメ映画・ODSの隆盛などから紐解く
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映画館という場所は特殊だ。限られた空間の中に集まり、ともにスクリーンに目を向けながら同じ時間を過ごしていく。1人でじっくり映画の世界に浸る人もいれば、家族や友人らとワイワイみんなで観る人も。“銀幕”と呼ばれる存在は多くの観客を感動・興奮の渦に包んできた。
2025年には「劇場版『鬼滅の刃』無限城編 第一章 猗窩座再来」、劇場版「チェンソーマン レゼ篇」などアニメ作品が注目を集め、実写では「国宝」の大ヒットが話題に。その一方で、ミニシアターをはじめ閉館を発表した劇場も相次いだ。2015年に映画ナタリーが誕生してから10年、映画興行はどのように変化したのか? 10周年企画の第4弾となる本記事では、その命題を紐解くため、今年5月に映画業界関係者向けの分析セミナーを主催した映画宣伝会社ガイエの常務取締役・芳賀健にインタビューを実施。同セミナーで明らかにした2024年映画市場分析のデータをもとに、現状の映画市場が抱える課題や、今後の市場成長に必要なポイントを語ってもらった。
取材・文 / 大畑渡瑠
観客動員の落ち込み分を入場料金の値上げでカバーしている状況
──今回は「映画興行の10年」をテーマとして、過去10年間の興行分析をもとに業界の課題点や今後の展望についてお話を伺えればと思っております。まずは直近10年の年間興行収入の推移から振り返っていただけますでしょうか。
2014年と2024年はほぼ変わらず2000億円台ですが、その中身はまったく違います。入場者数が1667万人ほど減り、平均鑑賞料金は約148円上昇。つまり、動員の落ち込み分を1人あたりの単価アップでカバーしている状況です。観客層の基準は年12本以上を鑑賞するコア層、5本から11本を鑑賞するミドル層、1本から4本を鑑賞するライト層に区別すると、残念ながら3つの層はすべて減少しており、特に減少の幅が大きいのがコア層とミドル層なんです。
ライト層に関しては、結果的には少しマイナスになりましたが、「初めて映画館に行った」という人もこの10年では数多くいるのではないでしょうか。というのも、今の市場では100億円以上を稼ぐコンテンツが年々増えており、そういった作品は初めて映画館に来る人にとっても鑑賞しやすい。“新たな観客層”という視点で見れば、集客に成功しているのではないかと思います。
一方で、一般料金2000円というチケット料金は決して安くはありません。年に数回鑑賞のライト層よりも、毎週のように映画館に足を運ぶコア層・ミドル層にとって、基本料金の値上げは大きな影響があると思います。その結果が、この2つの層の動員減少につながっている可能性は否定できません。
また、コア層・ミドル層の減少は、特に興行収入10億~19億円の“中ヒット作品”が生まれにくくなる原因にもなっています。実際、2014年に比べると、2024年の中ヒット作品は8本も減っています。2020年のコロナ禍以降、この規模のヒット作の本数はコア層・ミドル層の数に比例していて、その因果関係は明らかです。
──ライト層に影響が出づらいということの裏には、それほどコンテンツの価値自体が上がっている現状もあるのでは。“推し活”文化が隆盛し、どれだけお金を使ってでも「これは絶対に映画館で観たいんだ」という欲求レベルは上がっているように感じます。
その通りだと思います。また他方で、映画館の価値が新たに芽生えてきているのではないかと思います。IMAXなどラージフォーマットの人気が平均鑑賞料金を押し上げていることからも、「価値を感じる体験」に対価を支払う観客は数多くいると推測されます。また、コロナ禍を経て、1つの場所でみんなと物事を共有することの価値が見直されました。さらに、日常的にスマートフォンを使用する現代人にとっては、上映時間の2時間ほどはデバイスから引き離されることによるデジタルデトックス効果も、新たな価値になっているかもしれません。
──いわゆる特別な体験を映画館に求めている。その一方で、もはや日常的に通える場所ではなくなってきてしまった。高コストだからこそ楽しめる環境は、裏を返すと継続的に通うものには結び付かない表裏一体な部分がありますよね。
そうですね。過去にグローバル市場の分析をした際、それぞれの国の市場構造を3つのタイプに区分したのですが、日本は高単価で限られた人を相手にする“集中型”の市場なんです。逆にアメリカや韓国、フランス、インドでは安価なチケット料金で多くの動員を目指す“拡大型”。日本は「国民1人あたりの映画鑑賞本数」が年間約1.17本の計算ですが、アメリカや韓国に比べると半分以下という水準です。
私はとある田舎の出身なのですが、一度地元に帰ると映画館が近くにない。一番近い映画館でもバスや電車を経由して1時間以上掛かりますから「映画を観に行こうかな」という思いがなかなかよぎらない環境です。そういう場所は日本の全国津々浦々にまだたくさんありますよね。ただ、スクリーン数はこの10年で300以上増えていて、各興行会社も出店への意識は持っている。日本は人口に対するスクリーン数の割合がとても低く、アメリカと比べると5分の1程度にすぎません。数字の面だけで言えば、映画館の数はもっと増えていってもいいのだと思います。当然、多くの集客が見込める=人口が集中する立地条件は限られていますから、いま主流の大型シネコンをどんどん増やしていくのは難しいでしょう。もう少し小規模の、地域に密着した映画館が増えていって、かつビジネスとして成立すれば、日本の映画市場にとって大きな環境の変化になるかもしれません。
──そのほかに重要な「環境条件」はありますか?
先ほど申し上げたチケット料金は、やはり影響力の大きい環境条件ですね。このままずっと値上げして限られた客だけを相手にしていくのか、もう少し安くして絶対数を増やしていくのか。日本という国が人口減少や少子高齢化というハンディキャップを抱える中、映画市場がどちらの方向に舵を切っていくのか、難しい判断が迫られていると思います。
一方で、商品やサービスの需要に応じて価格を変動させる「変動料金制(ダイナミックプライシング)」という選択肢もあります。例えば中国では、すでに上映時間帯やエリア、作品によって料金が変動する仕組みが運用されています。人気作品の公開初週などは通常よりも高い金額が設定されている一方、エリアや時間帯によっては通常よりも安価な料金で座席を開放する。そうすることによって、多少高い金額を支払ってでもよりよい鑑賞体験を求める観客と、なるべく安価に鑑賞したい観客、双方のニーズを満たすことができます。
この仕組みを最適に運用するためには、エリアごとに「この時間帯は閑散期」「このサービス料金にするとこのくらいの集客が見込める」といったデータが必要不可欠なのですが、世界でも映画業界のDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでいる中国には、それらのデータがしっかりと整備されています。中国では、テンセントとアリババという2大巨頭が運営する映画オンラインチケットサービス「猫眼電影(maoyan)」と「淘票票(tao piao piao)」が市場を二分していて、すべてのデータがそこに集約されていきます。どの時間帯、どのエリアで、どんな人がチケットを購入したのかというデータだけでなく、作品に関連するSNS上の話題量や予告編視聴数など、公開前の市場の関心まで数値化されたデータもあるのです。これらはすべて一般に開示されており、中国の各劇場はこのデータを活用して最適な料金設定を行っているというわけです。
こういったデータは通常、各興行会社がそれぞれに管理するもので、ライバルとの差別化を図るための大事な資産でもあります。大多数のシェアを持つサービスが市場に存在する中国ならではの強みとも言えますが、日本でもやり方次第では決して不可能ではないと思います。
興行収入の“二極化” /「国宝」のヒットが意味するもの
先ほど「興収10億~19億円の“中ヒット作品”が生まれにくくなる構造がある」と申し上げましたが、それによって大ヒット / 不振の“二極化”が進んでいます。実はハリウッドでも同じ現象が起きており、世界興行市場そのものがハリウッドに左右されていることから、結局は世界中で二極化が進んでいるという話になります。
日本に関して言えば、先ほど申し上げた通りミドル層やコア層が減ってしまったことが二極化の大きな要因です。映画を供給する側としても、入場者料金の高い / 低いに左右されづらいライト層をターゲットにした作品を製作するほうがリスクは少ないですから、必然的に市場にはそういった作品が増えていくことになります。
──テレビ局が製作する映画も多いですが、二極化に影響している?
テレビ露出からファンを育てて劇場版を大ヒットさせる手法自体は、1998年の「踊る大捜査線 THE MOVIE」の頃からありましたので、ここ10年の二極化が進んだ主な要因とは言えないかなと思います。また、SNSが認知媒体として発達した一方でテレビの影響力が年々落ちており、テレビドラマから派生した作品が必ずしもすべて大ヒットしているわけでもありません。現在の興収ランキングでも、上位を占めているのはアニメ作品ですから、テレビ局というよりは集英社や講談社のような出版社が積極的に独自IPを活用した作品を生み出し、配信やSNSなどで話題化させつつ、劇場版につなげていくのが今の市場のトレンドなのだと思います。
──「国宝」がヒットしたことをどう捉えていますか?
正直、驚いています。上映尺が3時間ある映画は、今の時代、決して万人受けを狙えるようなものではないはずですが……口コミの威力をまざまざと見せつけられました。決して最初から大ヒットスタートを切ったわけではなく、時間を掛けて10億、20億と積み上げて“作品を育てて”いきましたよね。「カメラを止めるな!」や「侍タイムスリッパー」も同じく口コミでヒットした作品ですが、どちらも口コミが実を結ぶまでに時間が掛かりました。もしかすると、同じような“ヒットの火種”は数多く転がっているんだけれども、実を結ぶ前に火が消えてしまう=上映が終了してしまうこともあるんじゃないかと。SNSでの拡散具合などから、作品それぞれが持つポテンシャルを予測するシステムを作れれば、次のヒット作品を生み出す一助になるのかもしれません。今は、公開1週目の動員によっては作品が早々に上映終了してしまうケースも見受けられ、「観たかったのにもう1日1回しか上映していない」といった嘆きの声もよく聞きます。集客力のある作品に多くの上映回数が割り当てられるのは自然な流れですが、場合によっては秘めたポテンシャルを持つ作品がその実力を発揮するチャンスを失ってしまい、二極化が進む結果につながっているところもあるのではないかと思います。
洋画に対する興味関心を持続させることが大きなテーマ
──現在では「洋画がヒットしづらい」という話をよく耳にします。
洋画の興収10億円を超える作品数はこの10年でかなり減少し、興収比を見ても2024年にはシェアの約8割が邦画という状況です。特にここ数年は、ハリウッド映画など大作が日本でどのぐらい公開されるか予測しづらくなりました。2025年は「ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング」「ジュラシック・ワールド/復活の大地」が公開されたので昨年よりは回復する見込みですが、いずれにせよ、洋画市場は「トップガン マーヴェリック」のような超ヒット作品頼みの構造になってしまっています。そんな中、観客の洋画に対する興味がどんどん薄れてきていることは間違いなく、それをどう食い止めるかが大きなテーマになっています。
コロナ前、2000年代最高の興行収入を記録した2019年は、興収100億円を突破した作品が全部で4本ありましたが、そのうち3本が洋画(「トイ・ストーリー4」「アナと雪の女王2」、実写版「アラジン」)でした。2010年代以降、少しずつ邦画優勢の傾向が見え始めていたとはいえ、まだ洋画にも大きな力があった。しかしコロナ禍を境に、洋画不振は一気に加速してしまいます。
日本市場は現在、国産映画が約7割、洋画が3割という構成比になっています。国産映画の人気が高いのは市場にとって素晴らしいことですが、そこに洋画人気も負けずに付いて行くことで、市場全体の成長につながっていきます。例えば、市場規模TOP5に入る北米、中国、インドなどの国では、国産映画のシェアが8割~9割と非常に高くなっています。言い換えれば、いわゆる洋画の集客はほとんど見込めないということ。それに引き換え、日本は国産映画だけでなく、洋画の集客ポテンシャルも高い優良市場です。今は一時的にその人気が下火になっていますが、以前のような活気が戻れば、市場は一気に拡大する可能性があります。
──洋画離れの一因として、観客の鑑賞スタイルが変化していることも大きいのではないでしょうか。
はい、時代に伴う鑑賞スタイルの変化は大きな要因だと思います。最初に思い浮かぶのは、かつてゴールデンタイムの映画番組が担っていた“洋画の魅力を広く伝える”という機能の低下ですね。スマホ時代になって、特に若年層のテレビ離れが叫ばれていますが、その影響は間違いなく映画市場にも表れています。“鑑賞した作品をどこで知ったか?”という認知媒体調査では、“テレビ”と回答した割合が10年前と比べて大きく減少しています。
また、「ザ・コンサルタント2」「Smile スマイル」にように、劇場公開されずに“配信スルー”となる作品も多くなってきました。製作するハリウッド側の事情もありますが、興行的な二極化が進んでいる中で、配給会社は興行収入3000万ドルから5000万ドル規模の中ヒットを目指す作品の製作になかなかGOサインが出せなくなっています。例外としてホラー映画やコメディ映画は低予算でも製作されていますが、「M3GAN/ミーガン 2.0」やリブート版「裸の銃を持つ男」のように、日本市場での苦戦が見込まれる作品は劇場公開を取りやめ、配信やソフト発売の判断が下されてしまいます。その判断基準は以前に増して厳しくなってきていると感じます。
──最近ですと、2026年から米ワーナー・ブラザースの作品配給が他社に委託されるというニュースもありました。そういったものを目にすると、洋画興行が縮小の一歩をたどっていくばかりだと思わざるを得ないです。
かつて洋画の人気があった時代は、多くの人がハリウッドに“憧れ”を抱いていたのではと思います。海外でお金を掛けて作ったVFXやスペクタクル映像を観ると「日本ではどうがんばっても作れないのでは」と思わされましたし、ハリウッドスターをアイドル視する人も多かった。それはまさに当時、洋画文化が形成してきた意識ですよね。今の時代では国産映画のクオリティも上がりましたし、スターに対して求められる要素として、“憧れ”よりも“親近感”のほうが強くなってきているのだと思います。トム・クルーズやシルヴェスター・スタローンのような遠くの偶像ではなく、国内の俳優やK-POPシンガーなど、より近くに感じられる存在の需要が増しているように感じます。だからこそ、ハリウッドスターにも“親近感”を持たせるPR方法を検討する必要がありそうです。情報源の中心がSNSである10~20代に対し、彼らの言葉で洋画や俳優の魅力を語れるインフルエンサーやクリエイターと連携したプロモーションは、その1つの解かもしれません。
「鬼滅の刃」「名探偵コナン」など市場が国内に留まらないアニメ作品
──映画ナタリーでは毎週動員ランキングを掲載していますが、アニメ作品のランクインが非常に多いと感じています。
アニメが現在の映画興行の牽引役となっているのは間違いありません。2019年までは実写映画が優位でしたが、コロナ禍を経て完全に逆転し、2024年にはアニメの興収比が53.6%を占めました。今、アニメ映画が強い理由の1つは、もはや“世代を選ばない”ことにあるのだと思います。最初は一部ファンの集客から始まった作品が、世代を超えてその数を増やし、特大ヒットシリーズに成長していったという例がいくつかあります。長い年月を掛けて、アニメは若年層から中高年層までが幅広く楽しめる娯楽になりました。アニメが子供向け、若者向けの娯楽だという意識は、もう誰も持っていないでしょう。「名探偵コナン」「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」などが代表的な例ですが、こうした事象は、生身の俳優が演じる実写作品ではなかなか実現が難しいですよね。アニメならではの強みだと思います。
また、特にここ10年でアニメ人気が加熱した要因には、動画配信サービスの成長が深く関わっていると思います。ヒットするアニメにはテレビシリーズの劇場版が多く、過去作品は配信サービスでいつでも観ることができます。まずはテレビで放送し、話題になったら映画化。そして映画が上映される際には以前の放送を配信して間口を広げる。そんな構造が映画作品の認知形成に役立っています。1話30分弱のアニメは、日常生活の中でも摂取しやすいフォーマットですから、より多くの人にリーチが可能なのだと思います。
──実写作品がアニメ作品に負けず、シェアを獲得していくためにできることは?
いま、アニメ作品が優位に立てているのは、市場が国内に留まらない点も大きいと思います。特に、クランチロールのようなアニメ配信サービスが人気を博している北米では、日本製のアニメ作品がお金を稼げる環境が整っています。その前提がある分、製作費も掛けられるでしょうし、リスクが高い作品にも比較的GOサインが出やすい。現時点では、アニメ作品のほうが有利な条件がそろっていると感じます。一方で、グローバル市場も少しずつ日本の実写作品に門を開き始めているので、作品次第では大ヒットする余地もあると思います。
Netflixでは「イカゲーム」など韓国の実写作品が世界中で大人気ですし、実写作品における国境の壁は以前よりもかなり低くなってきていると思います。映画ではないですが、佐藤健さんが主演を務めるNetflixシリーズ「グラスハート」は全世界ランキング(非英語部門)でトップ10入りするなど、海外でも注目を集めています。また、先述した「国宝」もカンヌ国際映画祭で評価され、北米配給が決まりました。かつては、海外市場を目指すためには海外市場で受けがよさそうな企画を立てなくてはいけなかったかもしれませんが、国境の壁が低くなってきている現在では、ドメスティックな作品でも勝負できる土壌が育ってきているように思います。
ODS作品の増加でガラッと変わった鑑賞スタイル
※ODS作品とは?
“非映画デジタルコンテンツ”とも呼ばれ、演劇や歌舞伎・ミュージカルなどの舞台作品、音楽ライブやフェス、スポーツの公式試合などを映画館で上映するもの。そのほかテレビアニメを再編集した劇場版や、上映時間が短い作品、通常の上映形態と異なる作品が“ODS作品”として上映されることもある。
──近年話題になることが多いODS作品についても振り返っていただけますでしょうか。
この10年でも120本ほど作品数が増え、2024年には全体の約3割を占めるまでになりました。興行収入に占める割合も11.4%に達しています。ODSは期間限定の興行である分、単価も高く設定できますし、ファンダムがメインの観客層であることから集客予測が立てやすい。興行側にとっても低リスクでビジネス展開できる構造になっています。
そもそもODSはアザー・デジタル・スタッフの略で、“アザー”という言葉が入っている。“そのほかの領域”でしかないものでしたが、今では完全に興行を支える1つのジャンルになっていますね。音楽ライブやスポーツ観戦など、現地鑑賞でのチケットが入手困難なエンタメを、近くの映画館で手軽に楽しみたいというニーズがうまくハマった。映画館が持つ“優れた音響と大画面”という本質的な価値が、映画以外のコンテンツでも生かされることの証明にもなりましたね。
映画館は前(スクリーン)に映し出されているものを静かに享受するものですが、ODS作品を楽しむ1つのポイントは横(ともに楽しむ観客たち)です。コロナ禍以降、そこに価値を見出す層が増えたことが文化的隆盛につながったのではと思います。またSNSなどで“つながる”ことを日常的に行う人が増えたのもその一助になっていますね。例えば、掛け声OKの上映では「このコールをこのタイミングで」といった慣習が予めSNSで共有されています。映画館で鑑賞することの価値を上げていく動きはとても大切で、それはサービスを享受する人たちの裾野を広げていくことにもつながっています。
──今後もさらに拡大していくジャンルでしょうか。
現在各社が試行錯誤されている状況かと思いますが、作品を提供したいというコンテンツホルダーも増えていくのではないかと思います。どこかで頭打ちがあるとすれば、やはり既存コンテンツとのバランスでしょう。これ以上増やしすぎると劇映画をかけるスクリーンがなくなってしまうという飽和ライン=既存の映画ファンが離れていってしまう危険水域も注視しなければいけません。
ODS作品として特に今年注目されたのが、2月公開の映画「ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-」です。劇中で展開されるラップバトルの勝敗が観客のスマホ投票によって決まる日本初の“インタラクティブ映画”として封切られ、25億円を超えるヒットを記録しています。私も体験しに劇場へ向かったのですが、上映中のスマートフォン操作が周囲の迷惑にならないように設計されていました。既存の体験や価値を壊さずに展開していく必要があるため、こうした新しい挑戦には困難が伴いますが、「ヒプマイ」のような挑戦は今後もどんどん奨励されるべきだと思います。
動画配信サービスと共存していくために
──先ほどから何度も話題に挙げられていますが、この10年で爆発的に普及したNetflix、Prime Videoなど動画配信サービス(SVOD)の影響を改めてお話しいただけますか。
動画配信サービスの市場規模は、いまや映画興行の2倍以上にまで成長していますが、映画館での鑑賞者の減少の理由を動画配信サービス市場の成長に求めるのは短絡的だと思っています。鑑賞環境が違うだけで、映画館も配信サービスも“作品を楽しむ場所”という点においては同じです。一部では、映画館に通うことを止め、配信サービスのみで作品を鑑賞するようになった人もいるかもしれません。一方で、配信サービスで認知した作品の劇場版を映画館で観る、という逆の動線も間違いなく存在します。今現在は、映画興行と動画配信サービスはうまく共存できているのではないでしょうか。
ただ、動画配信サービスの登場により、映画館での鑑賞がより「イベント化」している傾向は否定できません。作品によっては、「映画館で観るべき」か「配信サービスで観ればよい」かの線引きが行われているというのが実情でしょう。まずはその境界線がどこにあり、どんな理由で選択が行われているのかを知ることが重要です。
いま、IMAXやDolby Cinemaのようなラージフォーマットが大人気ですが、「それこそが映画館の価値です」という発信の仕方は諸刃の剣で、裏を返せば「それに見合う作品を観るときだけ映画館に行けばいい」という風潮を生んでしまう危険もあります。すでに多くの業界人が声に出していますが、設備投資でスクリーン環境を増強するだけではなく、旧来の映画館の魅力も大事にしていかないと、コア層・ミドル層は戻ってこないと思っています。例えばミニシアターには「この劇場で上映されるということは、きっと素晴らしい映画なんだ」と思えるほどの“顔”がありますよね。SNS時代ではそうした意識を持つ運営も効果的だと思います。
──劇場の持つ価値の1つに「入場者プレゼントの配布」もあるかと思います。
過去に、週替わりの入場特典を配布する作品のデータ分析をしたことがあります。SNS上での入場特典の告知に対して、どのくらい反応があるかを調べましたが、その効果は明らかでした。通常、SNSの拡散量は作品公開とともにピークを迎えて下り坂を形成していくのですが、入場特典告知のおかげで、公開後にもたびたび拡散量の上昇スパイクが起き、作品の認知拡大に一役買っていました。
入場特典がこれだけ話題化する背景には、日本の“推し活文化”の後押しがあるのだと思います。推し活市場は映画市場の10倍以上にも上る3兆円と言われていますから、ファンが喜ぶ特典を配布して作品を応援してもらうというやり方は理にかなっていますよね。原画集やポスター、はたまた原作の0巻など年々価値の高いものが作られているように思いますが、一方で常にファン心理を理解したものを提供していかないと逆効果にもなりかねません。ただの配布物ではないということを留意しないといけませんね。
SNSで火をつける“興行側の宣伝”
我々ガイエはデジタルの宣伝を主にやっているので、“SNSでどう火をつけるか”を常に考えています。先ほどテレビの影響力が落ちてSNSが台頭しているとお話ししましたが、デジタルは現時点ではまだまだテレビの持つ強さの“代わり”にはなりません。例えば広告における1人あたりのリーチ単価においても、テレビのほうが圧倒的に安価で、大多数の人に一気に情報を届けられます。一方、デジタルはSNSを活用した双方向のコミュニケーションや、趣味・嗜好などのデータをもとにした細かいターゲティングなど、テレビではできない宣伝が可能です。どちらか一方の宣伝だけでうまくいくケースは稀で、いかに両者をうまく組み合わせるかが重要です。最近では、「教皇選挙」がテレビでの露出に加え、周到なSNS宣伝でヒットに結び付きましたよね。これは宣伝展開として理想的だったのではないかと思います。
──今後、SNSの宣伝において必要なことは?
情報がめまぐるしく消費されていく今、例えば作品の魅力を数秒の動画で発信していくなどの方法がセオリーになってきていますね。これはいかに短時間でSNSユーザーの興味を引くかというテクニックの問題なのですが、一方で発信者による熱意や創意工夫でユーザーの鑑賞意欲を高めることも可能だと思っています。個人的に注目しているのが静岡の映画館・サールナートホールのXアカウント投稿です。
同劇場では上映作品の見どころを日常的にポストしているのですが、とにかく作品の魅力を伝える文章それ自体が魅力的なんです。140文字という制限のなかで、作品のあらすじをしっかりと紹介しつつ、どこが面白いポイントなのか、という発信者の主観も取り入れられています。また、特にうまいなと感じるのは、最初に作品名を明かさないこと。「なんの映画だろう?」と興味を引いたあとで作品名を明かすフォーマットは“発明”ですね。実は、静岡シネ・ギャラリーに押しかけて、いわゆる“中の人”にお会いさせていただいたことがあるのですが、ご本人がすごく作品1本1本を愛していらっしゃる様子が伝わってきて、想像通りの方だなと。このような“顔が見える”発信は、SNS時代に必要とされていることではないかなと思います。
日本の映画市場は興収3000億円を狙える
映画館での鑑賞者数の減少など悲観すべき点もありますが、この先、日本の映画市場は興行収入3000億円を狙えると個人的には思っています。2024年は2000億円ほどに下がってしまったものの、今年は2019年を超える水準(2600億円超)に到達するのではと予測されています。ただ、残りの400億円というハードルは、たまたま新作が当たったからといって超えられるものではありません。計算上は、日本の1人あたりの鑑賞回数を現在の1.17本から1.8本まで増やすことができれば、3000億円に到達します。そのためには、今日お話したような様々な課題に取り組んでいく必要があると思っています。
今、映画業界は大きな過渡期にあります。市場のうねりや観客のニーズをしっかり把握しておかないと、成長のきっかけを見落としてしまいます。我々ガイエは引き続き映画市場の動きやトレンドを分析しながら、課題に対する具体的な施策を提案していきたいと思っています。根底にあるのは、自分と同じような映画ファンを1人でも多く増やしたいという思いです。映画は日常を彩ってくれるかけがえのないもの。私自身が享受してきた感動を、もっと多くの人に伝えられたら嬉しく思います。

