“友情”の崩れる音がする──三島由紀夫『わが友ヒットラー』稽古場レポート
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すべて見る三島由紀夫生誕100周年を記念し、新国立劇場 小劇場で『わが友ヒットラー』と朗読劇『近代能楽集』が同時上演される。 ナチス党内の権力闘争と“友情の崩壊”を描く『わが友ヒットラー』は、松森望宏の演出で2022年に読売演劇大賞・上半期作品賞ベスト5に選ばれた話題作。『わが友ヒットラー』稽古場では谷佳樹・小松準弥・小西成弥・森田順平の4人が、緊張感のある対話を重ねていた。 節目の年に三島文学をどう立ち上げるのか──その“いま”を確かめるべく、稽古場を訪れた。
4人が語る、“友情”の物語としての『わが友ヒットラー』
三島由紀夫が1960年代に描いた問題作『わが友ヒットラー』は、1934年にナチス党内で起きた「長いナイフの夜」をモチーフに、独裁者ヒットラーと、かつての同志レームとの決裂を描いた4人芝居。 権力と忠誠、思想と欲望、そして“友情の裏切り”という普遍的テーマが、稽古場でもじわりと俳優たちの身体を通して立ち上がる。 ヒットラーを谷佳樹、レームを小松準弥、シュトラッサーを小西成弥、クルップを森田順平が演じ、人間の本質に迫る三島文学の濃密さを、より現代的な視点で更新しようとしている。 稽古場では、冒頭から役者たちのエネルギーに圧倒された。怪物のようなヒットラー像とは違う、人間的な苦悩に没入するヒットラーの心情を裏側から覗き見るようだった。

「弱さと強さが表裏一体」──ヒットラー役・谷佳樹
谷がまず語ったのは、“歴史的イメージから離れる難しさ”だ。 「世間が知るヒットラー像から離れて、ひとりの人間としてどう存在するか。強さだけでなく、弱さや不安も表に出る瞬間があります。それがこの作品の魅力であり、怖さでもある」 初演から3年。台本は同じでも、演じるヒットラー像が変化したという。 「以前はヒットラーの“強さ”や“怒り”を全面に出して演じていました。でも今は、レームとのやり取りの中で“お前にだけは、わかってほしい”というヒットラーの心の揺れが自然に出てくる。時間を経たことで、役の見え方が変わってきたんだと思います」
「太陽でありたい」──レーム役・小松準弥
レームは軍人としての豪快さだけでなく、孤独と理想を抱え続ける男でもある。 「演出の松森さんから『レームは太陽であってほしい』と言われています。豪快で、男らしくて、軍人として自信に溢れた人物。でもそれは、“孤独”や“不安”の裏返しでもあるという繊細さを表現するのが難しい」 稽古では、毎回“自分の中のレーム像”が更新されていくという。 「ヒットラーとの掛け合いの中で、芝居が変わるんです。今日はこういうレームにしてみよう、という新しい発見が必ずあります」

「信念を持つ人間の言葉」──シュトラッサー役・小西成弥
小西はシュトラッサーを“信念の人物”だと語る。 「彼は労働者を守りたいという強い思想があって、本来の国家社会主義を推し進めたいと考えている人物です。常にその信念が根底にあって、最後まで軸がぶれない。そこが一番の魅力だと思います」 また、三島作品の独特な世界観も魅力だという。 「詩的なセリフも多く、シェイクスピアのようだと感じる部分もあります。でも決して抽象的な世界ではなくて、シュトラッサーも一人の労働者として薬局で働いていた過去や生き方を想像すると、現実味が生まれてくるんです」
「三島語を日常語のように」──クルップ役・森田順平
森田は“再演だからこそ見える景色がある”と語る。 「初演が終わった瞬間から、“もっとこうすればよかった”と反省したところを台本にびっしり書き込んできました。ですから、再演が決まった時は「もう一度リベンジできる!」とうれしかったです。台本を3年経った今読み返すと、前とは違う意味が見えてくるんです」 三島作品に挑む覚悟も滲む。 「三島の言葉は華麗で、日常語とはまったく違う。でもだからこそ、自然に口から出てくる言葉のように喋れたら、人物が生きると思うんです」

わからなくてもいい。“感じる”ことが演劇の入口
本作は文化庁の支援事業として、18歳以下は無料で観劇できる。 「若い世代に何を届けたいか」と聞くと、4人は口をそろえた。
「わからなくていい。でも絶対に何かを感じてもらえる」
森田は演劇の“ライブな空気”に触れてほしいと言う。 「役者たちの存在がどんなふうにぶつかり合って演劇がつくられるのか、それを体感してほしい。内容の理解より、まず“空気”を感じることが演劇の入り口だと思います」 谷は、同世代にも観てほしいと語る。 「今の自分たちだからこそつくれるヒリつきがある。ミュージカルや2.5次元などの作品が好きな人にも、“こういう演劇の形があるんだ”という刺激になるはずです」
タイトルの意味に辿り着いた
インタビューの終盤、谷が印象的な言葉を残した。
「やっと『わが友ヒットラー』というタイトルの意味が腑に落ちた」
“友”と呼ぶのはレームであり、これはレームから見たヒットラーの物語でもある。 重厚でありながら、観客に“体験”として迫ってくる『わが友ヒットラー』。三島由紀夫生誕100周年の節目に届けられるこの舞台は、観る者の心に確実に問いを残すだろう。 稽古場で火花を散らす4人の俳優が、そのすべてを体現していた。

取材・文/北島あや
撮影/荒川 潤
<公演情報>
三島由紀夫生誕百周年記念二作同時公演
『わが友ヒットラー』×朗読劇『近代能楽集』
日程:2025年12月11日(木)〜21日(日)
会場:新国立劇場 小劇場
[作] 三島由紀夫
[演出] 松森望宏
『わが友ヒットラー』
[出演]
谷 佳樹 小松準弥 小西成弥 森田順平
朗読劇『近代能楽集』
「弱法師(よろぼし)」「卒塔婆小町(そとばこまち)」「班女(はんじょ)」
[出演]
12/12(金)19:00
木村来士 高橋ひとみ 中尾暢樹 小宮有紗 風間トオル 円地晶子 塚本幸男 月船さらら
12/13(土)14:00
梶原岳人 蒼井翔太 久保田未夢 神尾晋一郎 木間萌 高畑廉太 長谷美希
12/17(水)19:00
市川蒼 中村繪里子 薮島朱音 川田紳司 木間萌 高畑廉太 長谷美希
12/18(木)19:00
木村来士 高橋ひとみ 中尾暢樹 小泉萌香 風間トオル 円地晶子 塚本幸男 月船さらら
12/19(金)19:00
畠中祐 中村繪里子 月音こな 増元拓也 木間萌 高畑廉太 長谷美希
12/20(土)17:30
木村来士 高橋ひとみ 小野田龍之介 小宮有紗 風間トオル 円地晶子 塚本幸男 月船さらら
※『わが友ヒットラー』、朗読劇『近代能楽集』の上演回は、下記よりご確認ください。
チケットURL
https://w.pia.jp/t/mishima100/
公演オフィシャルサイト
https://cedar-produce.net/mishimakinen/
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