第3回 監督・田口トモロヲ インタビュー
3月27日(金)より公開される映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』。田口トモロヲ監督と脚本家・宮藤官九郎が、『アイデン&ティティ』(2003年公開)以来、23年ぶりにタッグを組んで手がけた作品だ。
1970年代後半、本質的な意味での「日本のロックシーン」を切り開いた「東京ロッカーズ」と呼ばれるバンドたちと、そのムーブメントを再現した映画で、原作はこれら名もなき若者たちと、行動を共にしてきた地引雄一による『ストリート・キングダム』だ。
キャストは主演の「響ユーイチ(地引雄一)」役の峯田和伸、「モモ(リザード・モモヨ)」役の若葉竜也を筆頭に、吉岡里帆、仲野太賀、間宮祥太朗、中島セナ、大森南朋、中村獅童ほか。異なる強い個性を持つ役者たち。それぞれの立場がつぶさに表現された群像劇で、エネルギッシュでリアルなそのストーリーが観る者の心を熱くさせる。
本特集の第3回は、田口トモロヲ監督に、この映画を撮ることにした経緯、8年にも及ぶ撮影期間を含む裏話などを聞いたインタビューをお送りする。
Text:松田義人(deco)Photo:小境勝巳
「後の音楽シーンに影響する試みをした人たちが、一般的に知られていないことに憤りを感じていた」(田口)
田口監督の前作は『ピース オブ ケイク』(2015年)だが、この作品を撮り終えた後から『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』の構想を思い浮かべていたという。
「『ピース オブ ケイク』が終わってから、地引雄一さんの原作『ストリート・キングダム』を読んで心を動かされたのが「映画にしたい」と思った最初のきっかけでした。僕も「東京ロッカーズ」の背中を見てバンドを始めたうちのひとりですが、後の音楽シーンに強く影響する新しい試みをした人たちなのに、一般的にはあまり知られていないことに憤りを感じたりもしていたので。それで『ピースオブ ケイク』の次は『ストリート・キングダム』を映画にしたいと思っていたんです。これは自分にしか撮れないだろうと思って」(田口)
原作の地引雄一と田口監督は、もともと面識があったという。
「僕にとっては先輩にあたる人です。昔のライブハウスシーンの先輩たちって、怖い人もいっぱいいたんですよ。刃物的というか、映画に出てくるモモ達のように最初は近づき難さと言うか。でも、地引さんは「東京ロッカーズ」の中心にいた人なのに、年下の僕にも上から何かを言うような人ではなく、いつも丁寧に優しく接してくれる方なんです。昔からすごく好きな先輩でしたね。それで映画にするにあたって地引さんにまず相談に乗っていただいたら、快くOKをしてくださって。それからすぐに宮藤(官九郎)くんに脚本のお願いをしました」(田口)
「宮藤くんにしか書けない脚本だと思った」(田口)
田口監督が宮藤官九郎に脚本の依頼をした際、宮藤自身も原作を愛読していたという。
「宮藤くんの反応は「え、あの原作を映画に?
できるんですか?」みたいな感じだった記憶があります。それから何度か打ち合わせをして、筋書きを書いてもらったりして。
宮藤くんもバンドをやっているじゃないですか。だから、バンドマンやライブハウスの描写がすごくリアルなんです。「あぁ。これはやっぱり宮藤くんにしか書けない脚本だなぁ」と思いました。とても忙しい中だったと思うけど、宮藤くんが快く引き受けてくれて本当に良かったです」(田口)
撮影は2018年頃から始まったが、数年後に思わぬ事態が起きる。2020年初頭から世界的に起こった新型コロナウイルスの感染拡大だ。
「あれは困りました。ライブシーンは全く撮ることができないだろうし、一度開始した撮影を中断すると、役者さんたちの年単位の予定もバラバラになるので、リスケジュールがとても難しいんです。ですから、コロナ禍の間は完全に中断でした。ただ、中断と言っても、コロナ禍の間は「向こう何年で、コロナ禍が終わる」とか、誰にもわからなかったじゃないですか。だから、「もしかしたら、この映画は実現しないのではないか」と思ったりして、不安にもなりました。全人類が思っていたことでしょうけど、「映画? ライブの撮影? それどころじゃないだろう」って。でも、あきらめはしませんでした。あの期間に脚本を煮詰めていったり、キャストを再構築したり……撮影以外のところで、ずっと試行錯誤を繰り返していました」(田口)
「峯田くんも若葉くんも単なる演技をする役者ではない」(田口)
本特集の第1回・第2回「峯田和伸×若葉竜也」のインタビューにある通り、「撮影中、田口監督が良い意味でピリピリしていた」「気迫がすごかった」というのも、こういった田口監督の不安と情熱が交錯していたからかもしれない。
「できるだけ出さないようにしていたつもりだったんだけどなぁ、ダメですね(笑)。でも、感性の鋭い人たちですから、感じ取られちゃうんでしょうね。峯田くんも若葉くんも単なる演技だけをする役者さんではないじゃないですか。客観性を持ちながらも「役」に入り込む人。そういう役者さんにお願いできたことは最高にうれしかったですね」(田口)
ところで、田口監督からキャストに対し、具体的な演技のリクエストにはどのようなものがあったのだろうか。一般的には語られる機会が少なくとも、ロックファンの間では伝説の「東京ロッカーズ」がテーマだ。それがゆえ、特に演技面では繊細なリクエストがあったようにも思う。
「いやむしろ逆ですね。構えてほしくないし、緊張もしてほしくなかった。もちろん、演出面ではできる限りの資料や音源を集めてキャストに渡して、学習はしてもらいました。キャストを信頼してお願いしている以上、できるだけリラックスして立ち向かってもらい入り込んでほしいなぁっていう……でも、ピリピリが見抜かれていたわけだから(笑)、きっと僕が頭で考えていることなんかよりも、キャストの人たちのほうが色々考えて演じてくれたと思います」(田口)
「観てくれた人の心の中にある何かが映画とシンクロするのだとしたらうれしい」(田口)
筆者は当初、「『東京ロッカーズ』の映画」と聞き、もっとヒストリックな構成の映画なのかとイメージしていた。しかし、実際に観てみると、「東京ロッカーズ」の伝説や功績を忠実に再現し、きちんと伝えながらも、「今の時代が失っているものとは何か」を訴えている内容にもなっていた。
例えば、ここ数年で浸透が進むAIは、実に合理的で便利なツールだ。しかし、「ゼロから何かを生み出したい」「自分だけの表現をしたい」といった場合、事前にある程度の結果を教えてくれるAIは前例ベースでの回答だから、人間が「新しい何か」を生み出そうとする衝動や原動力とは相反するとも思える。
そのどちらが良い・悪いではなく、少なくとも「人間が『新しい何か』を生み出そうとする力」を、「東京ロッカーズ」の題材で、田口監督が表現しているようにも感じた。
「クリエイターと呼ばれる人たちは、今の時代に満足している人なんていないと思うんです。仮に社会的に評価されて、立ち位置みたいなものができている人であっても、常になんかモヤモヤしたり、退屈さを感じていると思うんです。だから、どれだけ大変な作品作りであってもやめない。自分がモヤモヤしている気持ちを吹っ飛ばすために、作品を作り続ける。「これ以上はできない。完成だ」と思っても、また作るというような。バンドもそうだし、クリエイティブな仕事をしている人たちは皆、こういうことの繰り返しですよね。その繰り返しの中で、違う発見もあったり、迷ったり……この映画は、この繰り返しの中の、特に初期を描くものにしたいとは思っていました。
映画を観てくれた人は、『東京ロッカーズ』のすごさをリアルタイムで体験してきた人でも、あるいは知らない人でも、結構『これは俺の映画だ』って言うんですよ(笑)。きっと観てくれた人の心の中にある何かが、この映画とシンクロするんでしょうね。でも、だとしたら本当にうれしいです」(田口)
「モヤモヤする若者の『引き金』になったのがパンク、ニューウェーブだった」(田口)
筆者にとって忘れられないシーンがある。峯田演じる響ユーイチ(地引雄一)と、若葉演じるモモ(リザード・モモ)が、とある現場で、いつになく激しくモメるシーンだ。
響ユーイチがモモに対し「本来のあり方」を激しく詰めるが、モモは一点を見つめるだけ。その様子は「響ユーイチの申し立てに動じない」というより、「どうして良いかわからない」といったものだ。最終的にモモは気が触れたように、あるいはどうしようもない感情を吐き出すようにギターをめちゃくちゃに弾く。
映画全体の中でとても重要なシーンではあるが、筆者には、ここでの響ユーイチが「田口監督の今の社会への想い」に映った。そして、それを受けとるモモの態度は「うちらだって、どうすれば良いかわからないんだ!」という今の若者のようにも映った。
「ありがたいけど、それはうがり過ぎですよ(笑)。でも、うれしいですね。そういうことにしておいてください(笑)。今の若い人たちのことは僕は正直わからないんです。若い役者さんから話を聞いたり、接したりして、知ったような気になることはあるけど、本当の心情ってわからないんですよ。ただ、「どの時代でも共通するんじゃないかなぁ」と思っているのは、若者って常に閉塞的な気持ちを抱えていて、「何かをやりたいんだ」「でも、何もできやしないじゃないか」「がんじがらめだ」みたいな状態にあるということ。僕も、あるいは「東京ロッカーズ」の人たちもそうだったと思うし、だから「パンク」というきっかけを発見して「これを使ったら、今は何もない自分でも立ち上がれることができるんじゃないか」っていう。そういう若者にとって「引き金」になったのがパンク、ニューウェーブだったと思うんです。あのシーンに限ったわけではなく、その「引き金」の素晴らしさを映画全体で表現したいとは考えていました」(田口)
「いつも気にしているのは『登場人物それぞれに立場と事情がある』ということ」(田口)
一方、この映画がスマートで大人っぽいと思うところもある。極端な悪者が登場しないのだ。先の田口監督の発言の通り、「若者の引き金=パンク」であるならば、敵は「社会や体制」として表現するのはわかりやすい。しかし、この映画ではメジャーのレコード会社の登場人物に対しても、若者たちが彼らを極度に敵対視することはない。むしろ、「共生し、お互いに利用させてもらう」と冷静な態度で居続けるところが知的に感じる。
「映画を作る上で、僕が気にしているのは「登場人物それぞれに立場と事情がある」ということです。本当の社会では、全く良心を持たないすげぇ悪い奴もいるんでしょうけど、映画という総合的な表現をする上では、それぞれの立場と事情を突き詰めます。仮に悪い人が登場する映画であっても、「どうしてそこまで悪くなってしまったのか」「子どものときはそうではなかっただろう」というところまで考える。一方からの表現はしないように僕はしています。だから、若者にとって「パンクやニューウェーブが引き金だ」という新しい価値観を強く意識しながらも、その敵が古い当時のレコード会社の人たち一人ひとりというわけではない。あくまでも若者たちと立場が違う、というだけですね」(田口)
この映画は便宜上「青春映画」として表現せざるを得ないが、しかし、それだけではやや軽すぎるようにも思う。「東京ロッカーズ」という伝説を再現していること、そして、若者だけでなく大人が観ても気持ちをザワザワさせるところがあるからだ。
「どの世代に対しても基本的には「自由に観て、自由に感じてほしい」と思っています。
僕も映画をよく観ますけど、めちゃくちゃ評価されている映画が、何故か僕にとってはあまり心に刺さらなかったり、逆に評価的には乏しいミニマムな映画にグッときたりもするものなので。さっき言った通り、観た人の中には「これは自分の映画だ」っていう人がいて、ありがたいんですけど、そうは思えない人もいるかもしれない。でも、そこは自由に観て感じてほしいですね」(田口)
※次回、3月19日(木)公開予定「ストーリーのルーツとなった「東京ロッカーズ」伝説のバンド徹底解説」もお楽しみに!
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