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樋口あゆ子30周年──百年ピアノで聴く、いぶし銀の協奏曲二題

クラシック

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樋口あゆ子

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「私にとって理想の音は、“いぶし銀”。“ゴールド”ではないんです」
大切にしたいのは「味わい深さ」だと、繰り返し語る。
ピアニスト樋口あゆ子が、日本楽壇デビュー30周年記念公演を開く。ベートーヴェン《皇帝》とチャイコフスキー(第1番)という、ピアノ協奏曲の名曲2曲を聴かせる充実のプログラムだ[5月24日(日)浜離宮朝日ホール]。
「いぶし銀の味わい」を実現するうえで、今回の公演では使用楽器が大きな意味を持つ。タカギクラヴィアが所有する1912年製ニューヨーク・スタインウェイCD368。いわゆる「古楽器」ではなく、すでに現代のピアノとほぼ同じ構造を備えたモダン・ピアノだ。しかしアクションの仕組みはやや異なり、各部に用いられた素材も贅沢だという。

「カーネギーホールにあったピアノで、ラフマニノフやパデレフスキが弾いていた楽器です。現代のピアノに比べるとコントロールが難しく、反応も鈍いところがあります。でも、優れた調律師が調整し、この楽器に慣れたピアニストが弾けば、これほどの化学反応が起こるピアノはありません。弱音から強音までの音色の幅とグラデーション。現代の楽器で強音が3色ほどだとすれば、この楽器は、コントロールさえできれば何十色も鳴らすことができる。万華鏡のようです。高音もキンキンせず、クリスタルのように澄んだ響きがします」

単にこの時代のスタインウェイだから良いのではなく、同時代の楽器の中でもとりわけ優れた名器だという。

「それを美術館に飾るのではなく、きちんと手を入れて調整している。ピアノは、特にヴィンテージ・ピアノは工業製品ではなく工芸品なんです。手を入れ続けなければ鳴らないし、弾き手も慣れる必要があります。練習で触っているうちに、だんだん楽器が自分の身体になってくるのを感じる。現代のピアノでは、なかなかその感覚は得られません」

100年前のピアノで、150年前のチャイコフスキーと200年前のベートーヴェンを聴く──まさに時空を超える体験だ。

「ベートーヴェンの時代はまだフォルテピアノの時代ですが、このヴィンテージ・スタインウェイは、その空気も継承した響きを持っています。瞬時に19世紀の音が聴こえてくるはずです。でもそれは、単に昔の音をレトロに懐かしむのではなく、新鮮に蘇らせることだと思うんです」

共演は岩村力指揮、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団。協奏曲での共演は今回が初めてだが、実は15年にわたってパーソナリティを務めるラジオ番組『ピアノワイナリー~響きのクラシック』(FMヨコハマ・毎週土曜18:45~19:00)の第1回ゲストが岩村だったという。「寄り添ってくれる指揮者」と信頼を寄せる。

「協奏曲は、ソリストと伴奏ではなく、大きなアンサンブルです。ともに作り上げる意識がとても大切。でも実は、ソロでも右手と左手で一人でアンサンブルをしているんですね。その規模を大きくしたものが協奏曲だと思っています。ピアノも前に出るだけではなく、引くところは引かなければなりません。
今回のオーケストラ編成は6型です(*第一ヴァイオリン6人、総勢約30〜40人)。大きい編成にすると華やかになりますが、本来の質感とはやや異なってくる。特にベートーヴェンは、この規模のほうがより味わい深くなると思います」

《皇帝》とチャイコフスキーという2作品の選曲は、彼女自身のパーソナルな歴史も映している。

「《皇帝》は高校生1年生の時に、小松一彦先生指揮の関西フィルと演奏して以来、繰り返し弾いてきた作品。一方のチャイコフスキーは、何度も計画がありながら実現しなかった曲です。思い出の曲と、叶えられなかった曲。その2つを組み合わせた形になりました」

桐朋学園大学研究科在籍中に、ピティナ特級グランプリ、ポルトガルのポルト市国際音楽コンクールで優勝。ソニー音楽財団主催による東京・大阪でのリサイタルで日本デビューを飾った。それから30年。ベトナムとの音楽交流を通じ、枯葉剤の影響を受けた2世・3世の子供たちを支援する活動や、自身の誕生日である8月9日(長崎原爆の日)に着想を得て始めた平和祈念コンサートなど、社会と向き合う活動もライフワークとしている。

「近年はYouTubeで世界に直接発信する音楽家も増えています。でも一方で、限られた空間で味わい深いものを届ける方向もある。音楽界はこれから、ますますそのように二極化していくのだろうと思っています。私はやはり後者。30年を経て方向性がより明確になり、本質志向が強くなりました。研究者の視点で音楽を考えるようにもなっています。今回も、浜離宮朝日ホールという、音に包み込まれるような素晴らしい空間で、深い味わいを届けられるはずです。ぜひお聴きください」

過去の作品が、100年の時を経た楽器の響きと、いまの彼女の身体と感覚によって立ち上がる──その味わい深い試みが、30周年の舞台に結実する。

文:宮本明

<公演情報>
『樋口あゆ子 日本楽壇デビュー30周年記念公演 ベートーヴェンとチャイコフスキー 名曲ピアノコンチェルト』

5月24日(日)浜離宮朝日ホール
開場13:30/開演14:00

【プログラム】
モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲 K.492
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 Op.73「皇帝」
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 Op.23

チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2563633

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