心震える極上ミステリー
『盤上の向日葵』が配信開始
坂口健太郎、渡辺謙が出演するミステリー映画『盤上の向日葵』のデジタル配信とBD&DVD発売がスタートした。本作は昨秋に公開され、繰り返し劇場に足を運ぶ観客の姿も見られた感動作だ。映画ファンを魅了した重厚なドラマを自宅で繰り返し楽しめる機会がやってくる。
天才棋士はなぜ容疑者になったのか?
本作の原作は、『孤狼の血』の著者として知られる柚月裕子による同名小説だ。
ある日、謎の白骨死体が発見され、遺体と共に世界に7組しか存在しない貴重な将棋の駒が見つかる。駒の所有者を調査する過程で、最近、注目を集めている若手棋士の上条桂介の名前が浮かび上がってくる。ある時、彗星のごとく姿を現し、驚異的な強さで将棋界の注目の的になった上条は、間もなくタイトル戦を控えており、一躍時の人になっているが、彼の来歴は謎に包まれていた。
捜査の過程で、上条の人生に浮かび上がってくる人々。そこには、圧倒的な腕を誇るも賭け将棋の道で裏社会に生きてきた男、東明重慶の名前もあった。
見つかった遺体は一体、誰なのか? 上条との関係は? そして若き天才棋士の“知られざる過去”とは? 粘り強い捜査を経てついに判明した真実は、あまりにも衝撃的で、あまりにも哀しい物語だった。
本作の脚本と監督を務めた熊澤尚人は、本作を映画化するために試行錯誤を繰り返して7年もの歳月を投じて本作を完成させた。数々のヒット作、人気原作の映画化を手がけてきた熊澤監督の映画化への想い、熱量が感じられる実写化になった。
本作は山中で発見された遺体の謎を追うミステリーから始まるが、やがて明らかになるのは、重厚な人間ドラマだ。将棋の世界を舞台にした葛藤、勝負への執念の物語が描かれ、登場人物たちの複雑な過去が明らかになるにつれて、物語はさらにドラマティックになっていく。
『盤上の向日葵』の結末は予測不可能、しかし結末を知ると、改めて最初から観たくなる。そんな作品だ。
豪華俳優陣だから描けた重厚な人物像
本作の中心にあるのは、登場人物たちの細やかな感情や、悲しい過去を背負った者たちのぶつかり合い。だからこそ、キャスティングには時間がかけられ、主演級の俳優が顔をそろえた。
若き天才棋士の上条を演じたのは、坂口健太郎。近年、坂口は『ヘルドッグス』、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』など演技の幅を飛躍的に広げているが、本作では彼の新たな一面を見られる、俳優として次のフェーズに突入したと感じられる圧巻の演技を披露している。
坂口は本作について「観てくださる方の苦しみや悩みだったり、想い、抱えているものに答えを出す作品というよりも、自分にしかできない選択を提示するような作品だと思っています」とコメント。彼が作品の中で見せる表情のひとつひとつが物語を深く読み解くカギになっている。
そして、名優、渡辺謙が上条の前に現れ、その人生に決定的な影響を与える謎の男、東明を演じている。上条を一瞬で巻き込む豪快な人物でありながら、裏社会で生きるしかない哀しみや、将棋に魅了された苦しみと喜びが垣間見える複雑な役どころだ。
渡辺は本作について「将棋界を描きながら、深い業を背負った男の生き様に心を奪われました。将棋でしか生きられない切ない男達、その生きる姿をご覧ください」と語っている。
事件を追う刑事を佐々木蔵之介、高杉真宙、上条の元婚約者を土屋太鳳、上条の父を音尾琢真が演じる。
さらに幼少期の上条を支えた夫婦を小日向文世と木村多江が演じるほか、柄本明が将棋の世界を生きる真剣師を、渡辺いっけいが山形で暮らす愛棋家を、尾上右近が上条との対局を控えているプロ棋士を演じる。
いずれのキャストも単に事件を解くパーツとして登場するのではなく、それぞれに過去を背負い、葛藤を抱える“生々しい人間”として描かれる。
ちょっとした言葉、表情の変化、そのたたずまいから登場人物それぞれの人生が浮かび上がってくる。繰り返し観ることで初見では気づかなかったキャラクターの新たな側面が見つかるのも、本作の大きな見どころだ。
なぜ本作にリピーターが続出したのか?
映画『盤上の向日葵』は映画館での公開がスタートすると、瞬く間に高評価を集め、繰り返し劇場に足を運ぶ観客の姿が見られた。本作はなぜ、繰り返し観たくなるのだろうか?
丁寧に描きこまれた人物描写、日本の四季や情緒豊かな風景の美しさ、ミステリーと人間ドラマが交錯する語りの面白さなど注目ポイントは多いが、“白黒つけることのできない感情”が描かれていることも、何度も観たくなるポイントのひとつではないだろうか。
※以降、物語の後半部に少し触れます。何も知らずに映画を楽しみたい方は、デジタル配信・ディスクで作品をご覧いただいた後にお読みください。
本作で事件の重要人物として浮かび上がった上条桂介は、若き天才棋士で、映画の冒頭では彼の華々しい側面が描かれる。相手がどんな手を打っても、上条はまったく動じることなく駒を進めていき、表情ひとつ変えずに勝ち進んでいく。
しかし、刑事たちが捜査を進める中で次第に明らかになっていく上条の過去は、現在の彼からは想像もつかないほど、迷いと苦しみと悲しみであふれている。幼い頃に母を失い、父との関係もうまくいっていない上条少年は、いつも怯え、孤独な日々を過ごしている。そんな過程で彼は将棋と出会い、人生の喜びを手に入れるが、同時にそれは“勝負の道”に足を踏み入れたことを意味する。
物語を結末まで知ってから改めて冒頭を見ると“上条少年が将棋に出会ったことは彼にとって良かったのか?”がわからなくなる。将棋は幼い彼を救った。しかし、将棋と出会ったことで彼の人生は決定的に変わってしまった。
他に登場する者たちも、将棋に魅せられ、人生のすべてを投げうって対局を繰り返す。結果として彼らは命を削り、財産を失い、時には家族や故郷や仲間を失う。しかし、その人生は満たされている。勝負に真剣になるあまり、その一局にすべてを注ぎこみたくなり、守られたプロの棋士ではなく、賭け将棋や裏街道を歩くことになる。これは正しかったのか?
本作は物語のいたる箇所で、良いとも悪いとも言い切れない“白黒つけることのできない感情”が描かれ、比較不可能な価値や人生の選択が描かれる。それは救いでもあり、同時に喪失でもある。この引き裂かれた状態がいたる場所に現れ、物語の中心にある“ふたつの事件”もまた白でも黒でもない感情の下にある。
本作は殺人事件の謎を追う物語として始まり、やがて重要参考人の過去が明るみに出る人間ドラマへと移行する。そこに哀しみがあり、殺人の動機がある。これだけだと普通のミステリーだ。『盤上の向日葵』はそのさらに奥に“白黒つけることのできない感情”が渦巻いている。
配信やディスクで本作を観るたびに、あなたの感情は揺れ動くはずだ。ある時は希望に見えたものが、次に見ると登場人物を闇に引きずり込む契機に見えるかもしれない。結末を知った後も、配信とディスクで本作を繰り返し楽しんでほしい。

