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是枝裕和監督が語る『箱の中の羊』。「この映画は特殊な話ではないと思っています」

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インタビュー

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是枝裕和監督が最新作『箱の中の羊』を完成させた。本作は現在から少しだけ先の未来を舞台に、亡くなった息子の姿をしたヒューマノイドを迎え入れる夫婦のドラマが描かれる。設定だけ取り出すと本作は未来、SF的な作品で是枝監督の異色作に思えるかもしれないが、完成した作品は監督のこれまでの作品のモチーフや要素が凝縮された傑作に仕上がった。

本作はどのような思考と創作のプロセスを経て完成したのだろうか? 監督に話を聞いた。

本作の主人公は、建築家の音々(おとね)と工務店の二代目社長を務める健介の甲本夫婦。2年前に息子の翔(かける)を亡くしたふたりは、ある日、息子と同じ姿のヒューマノイドを迎え入れる。時間が来たら充電が必要で、食事することも入浴することもない息子は、あの日のあの時と同じ姿で夫婦の前に現れる。

映画は、どこまでも“息子を亡くした夫婦のドラマ”が中心に据えられている。かつての息子と同じ姿をした存在が目の前に現れた時、人はどんな反応をするのか? その内側にどんな変化が訪れるのか?

「やはりこの映画はどこまでも“ヒューマノイドを迎え入れる人間の話”です。劇中で綾瀬さんが演じる音々が『夢だったんじゃないか』って言う場面があります。ヒューマノイドが来たことで、息子は死んでいない、むしろ死んだことの方が夢だと思ってしまう。それはグリーフワーク(大切な人との死別など、大きな喪失を抱えた人が、悲しみ=グリーフを受け入れて、前へと進んでいこうとする動き)的にいうと、かなり初期の段階で止まっているんですよね。一方、大悟さんが演じる健介は、壁に描かれた絵を見ている翔の背中を見て、“この背中は翔だ”と思ってしまう。そこを物語の起点にしようと思いました」

ヒューマノイドは言うまでもなく人工物で、死んでしまった息子ではない。しかし、人間はその似姿を見て、本当の息子だと思い込んでしまう。封じ込めていた記憶や想いがあふれ出してしまう。これは未来の話でもSFの話でもない。人間は仏壇の前に飾られた写真を見ながら、お墓に手を合わせながら、似たような想いを抱くことがあるはずだ。

「そうですね。だから、これは普遍的な感情だと思っていますし、そういうものだと思って描こうとしました。今回の場合は息子が戻ってきてはいますけど、そうではない形でもありえる感情のプロセスを経て、グリーフワークがひとつ進んで、夫婦がもう一度生き始める物語を描こうと思ったんです。だから、この映画は特殊な話ではないと思っています」

死者と向き合い、永遠に解決のつかない感情に向き合う者たちのドラマを、是枝監督はデビュー作『幻の光』から繰り返し描き続けてきた。また、子どもの視点を通じて、私たちの社会が抱える歪みや不条理を描くことも、キャリアの中で繰り返し行ってきた。かつて是枝監督は筆者にこう語ったことがある。

「死者と子どもは、社会の外部から社会を批評することができる存在だと思います」

本作に登場するヒューマノイドの息子は、実体をもった死者であり、同時に子どもでもある。もし本作の最初の数分がカットされていたら、本作に“ホラー映画”の影を感じる観客もいるかもしれない。死者は姿をもって甦り、私たちの日常を揺るがし、時に批評する。

「確かに何を考えているのかよく分からない存在だしね(笑)。ホラーというのは、言われてみれば確かにそうだなと思いますけど、やはり考えていたのは幽霊ではなく死者。この映画は“具現化された死者をめぐる物語”だと思っていました。だからある場面で、音々が翔に心の中を見透かされた感じがして、自分とはまったく別の存在に、ある種の恐怖を感じる場面を入れてあります。

とは言え、今回は死者ではあるけど、社会の外側にいる存在ではなくて、死者であり、同時に子どもなんですよね。その存在が目の前にいることによって、あのふたりが自分の内面を改めて見つめて考え直す。だから、今回は、あのふたりの批評性を“促す存在”として子どもが登場している。結果としてふたりは、自分の中に何がトゲのようなものとして刺さっているのかわかっていくわけですから、翔はある意味では外部からやってきて、やがて去っていく存在……よく考えるとこういう話を何度も描いていますね(笑)」

「ヒューマノイドの時間の感覚はおそらく人間よりも樹に近い」

本作の主軸にあるのはあくまでも、親と子の物語。仮に息子がヒューマノイドでなかったとしても、もっと言うと息子が亡くなることがなかったとしても、この一家はこの物語と同じような日々と葛藤を経験して、夫婦は親になり、子は成長して家を出ていくだろう。

「そうですね。親離れ、子離れの話だな、と。ヒューマノイドを扱った話ではあるんだけど、その設定を抜きにしたとしても、この家族のドラマを描けないといけないと思っていました」

親と子の物語は、時に大きな川の流れに例えられる。子はいつしか巣立って今度は自分が親になり、また子が生まれて、川のような大きな流れをつくっていく。是枝監督はこれまでの作品で繰り返し、川の流れのように親から子、子がまた親になっていく直線の時間の流れと、繰り返す四季(円環の時間)や、人間の時間とはまったく異なる大きな時間の流れを同時に描いてきた。本作もまた、夫婦のドラマを丁寧に見つめる視点と並行して、大きな時間の流れが描き出される。人工知能(AI)を搭載した不死のヒューマノイドは、人間とは異なる時間軸を生きているからだ。

「いろいろと取材していく中で、生成AIっていうものが進化していったときに、人間が持っている思考の形とかとは違う思考を勝手に始めるっていうことはあり得ると多くの人が言っているので、そうなったときに彼らが彼らのなりのネットワークを持って人間社会から離脱していくっていう未来像は当然起こりうると思います。人工知能が進化して人間を支配するディストピア小説って、いっぱいあると思いますけど、彼らは人間という存在にはそんなに興味がないと思うんですよね(笑)。

だから、人間の社会から離脱して、人間とは違う思考形態をもつ存在と連携しながらネットワークを築いていく。それこそがヒューマノイドの翔の“親離れ”だなと。そう思った時に“樹”のイメージがすぐ出てきました。

自分の仕事場から大きな樹が見えるんですけど、毎日、その樹を見ていると“人間の営みとはまったく違う時間がそこには流れていて、人間はそれを排除せずに生きていかなければいけない”と思うんです。ヒューマノイドのことを考えると、その時間の感覚はおそらく人間よりも樹に近いと思ったんですよね。

何百年、何千年という時間の流れの中に自分がいるのだと思えるか、その認識があるかどうかで、家の姿は変わってくると思う。森の時間からすると、私たち人間は排除される存在だと思うんですけど、そんな排除された私たちがこの都市でどういう時間感覚を手にできるのか?

そのことを踏まえた上で、建築家である音々は、自分が設計している家が50年後にどんな姿になっているのか考えるようになる。彼女は自分とは異なる時間感覚をもつ子ども=翔に出会ったことで、彼女の建築が変化していく。それがあの子どもが、あの家に帰ってきた意味でもあるし、それが具体的なもの=あの家として、あの場所に残っていく。生きている者と死者の交差の結果として、あの家がある。そんな物語になるのがいいな、と」

「変化球と思ってスタートしたんですけど、良い句読点が打てたかな」

家族関係、社会を外側から批評する子ども・死者の存在、人間の社会とは異なる大きな時間の流れ……本作は監督のこれまでの作品のモチーフや要素が凝縮された作品になった。

是枝監督は「自分としては『空気人形』みたいな変化球と思ってスタートしたんですけど、結果的に、集大成というわけではないですけど、良い句読点が打てたかな」と笑みを見せる。

是枝監督はある時期から意図的に自身の創作のルーティンを良い意味で壊し、開かれた創作の場をつくることに力を注いできた。時には映画において、画家でいうところの“絵筆”にあたる撮影監督を変え、時には海外に渡るなど、創作の環境が固定化し閉じてしまわないような試みがなされてきた。結果として数作に1作、意図しない形でそれまでのキャリアを総括するような作品が生まれているが、『箱の中の羊』もそんな“キャリア上の句読点”として今後も重要な位置を占めることになるだろう。なお、監督はもう次のプロジェクトに着手している。

「これからまたちょっと旅立つというか、次は海外でもう1回やってみようと思っています」

『箱の中の羊』
5月29日(金)公開
(C)2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.

取材・文:中谷祐介(ぴあ)

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