井浦新が語る『NHK日曜美術館50年展』の醍醐味──番組の歴史と作品が織りなす“立体的”な美術体験へ
アート
インタビュー
(撮影:源賀津己)
続きを読むフォトギャラリー(7件)
すべて見る1976年の放送開始から50年。2500回以上の放送回にわたって古今東西の美を伝え続け、ギネス世界記録にも認定されたNHK の人気番組「日曜美術館」。その歩みをたどる展覧会が6月21日(日)まで東京藝術大学大学美術館で開催されている。
同展の音声ガイドナビゲーターを務める俳優・井浦新は、2013年から約5年間にわたり番組司会を担当。知識よりも「感じること」を大切にしてきた番組への想いや、展覧会の見どころなどについて話を聞いた。
ゲストの言葉や映像とともに
立体的に楽しめる展覧会
──はじめに、展覧会をご覧になっての率直な感想を教えてください。
どこから語ればいいんでしょう……少し悩んでしまいます(笑)。まず、一般的な、今まできっと多くの方たちが楽しまれてきた美術展とは、趣向の違う展覧会だと感じました。
一般的な展覧会は、作品があって、学芸員の方が書かれた解説文を見ながら、ときには音声ガイドを聞きながら美術を楽しんでいくようなものが多いと思います。でも、やっぱり「日曜美術館」なんだなと思った一番の特徴は、「日曜美術館」に出演し、作品について語ったゲストや作家本人、作品に関わった人たちの言葉も作品のそばに添えられています。作品を見て自分が感じたことに加え、ゲストの方たちの眼差しというのが新しくそこに介入してくるので多角的なんです。


たとえば、フランシス・ベーコンの作品が展示されていますが、そのそばにはノーベル文学賞を受賞した作家・大江健三郎さんのコメントがある。すると「僕はこう感じたけれど、大江さんはこういう風に見て、こんな言葉で伝えるんだな」という眼差しがそこに介してくる。美術だけじゃなくその文字や言葉を楽しみながら、感じながら作品を堪能できるというのは、この展覧会ならではだと思いました。実は、僕が司会のときにもベーコンを特集した回があったんです。僕が当時収録の中で感じたことと、展示で“大江さんの眼差し”を通して同じ絵を見る体験が重なると、同じ作品なのに、また違う角度で楽しめるんだと実感しました。
──「日曜美術館」はNHKEテレで毎週日曜の朝に放送されていますが、放送開始は1976年。50年も続く番組だからこそできた展覧会ですね。ギネス世界記録「週間ファインアートテレビ番組の最長放送(Longest running weekly fine art TV Programme)」に認定もされましたね。
あらゆるジャンルの美術を紹介しているので、視聴者の方はテレビを通してさまざまな作品を鑑賞できます。けれども、いくら展示会場で収録をしたとしても、見る側というのは画面という平面で見ますよね。でも、この展覧会では本物の作品を眼の前にすることができ、そして番組に登場したゲストの言葉も改めてたどることができる。過去の放送も見ることができる。テレビの画面から平面的に見るだけだった作品を、この展覧会では立体的に“日美”を味わうことができました。この体験を多くの方に楽しんでほしいです。
作品の知識がなくても
“感じる”ことはできる
──司会を務めていたときの、印象的なエピソードはありますか?
「これ」とひとつに絞るのは本当に難しいです。今回、展示されている作品の中には、速水御舟をはじめ僕の司会時代に取り上げた作品も多くて、記憶が次々によみがえってきました。展示を見ることと、当時の体験が交差するんです。
収録の思い出といえば、ピカソの《ゲルニカ》の回。北野武さんがスタジオに来られて、実物大の《ゲルニカ》をスタジオに再現して、一緒に自由に歩き回って見る回だったのですが、台本も何もない、いわばフリーセッションでした。北野さんが何を語るのか、そして僕はそれに対してどのように返せばよいか。収録する前から、そして終わってからしばらく緊張感が続いて、今も思い出してしまいました。今回の展示でも、映像としてですが実寸の大きさで《ゲルニカ》が映されていて、そのサイズ感を見た瞬間に、当時の緊張感が鮮明に思い出されました。
──50年もの歴史がある「日曜美術館」という番組の司会を務めたという経験を、今あらためてどのように感じていらっしゃいますか。
僕はもともと日曜美術館の一視聴者でもありましたし、興味のある展覧会にはカテゴリー問わずどこまでも足を運んでいたんです。でもそれって、やっぱり個人の趣味で好きなものを見ることになっているんですよね。司会としてこの番組に関わると、未知の分野や、それこそどう感じていいのかわからないものにも向き合うことが増え、そして伝えることが求められる。

当初はそのことにとても戸惑いましたが、収録中にわからないことが出てきたときも知識をその瞬間に勉強して出していってもしょうがないと考えるようになりました。人間って、知らないものであっても「感じる」ことは確実にできるはずです。そう考え、「自分が感じたことを素直に届ける」ということをすごく意識してやらせてもらっていました。作品そのものを見るだけではなく、自分なりのフィルターを通して言葉にする。そしてその作品を作った作家の方はどのような人なのか、というところにも目を向ける。その「感じること」の連続が日曜美術館での時間だったと思います。そういう意味で本当にトレーニングのようでした。
ありがたかったのは、当時のプロデューサーやディレクターの方たちが、自分が司会を務めさせていただいた5年間は、スタジオ収録よりも現地に行って本物を届けよう、という編成をしてくださったことです。本物を前にすると、やっぱり“感じる”ことがしやすい。すごくいい環境を作ってもらっていたなと思います。

何にもとらわれず、好きなものを
好きなように感じて、楽しんでほしい
──たくさんの思い出が詰まった5年間だと思いますが、今回の展示の中で「特に思い入れのある一点」を挙げるなら、どの作品になりますか。
たくさんありすぎて選びきれません(笑)。ただ、第二章「日本美の再発見 古代から明治まで」のセクションは特別でした。《縄文土器 深鉢 火焔型土器》からはじまり、土偶が五体並ぶ一角があります。その正面には長沢芦雪と曾我蕭白の作品もあって……。あそこは本当に僕の好きしか集まっていない場所なんです。こんな部屋に寝泊まりしたい、住みたいと思うくらい最高の空間でした(笑)。上の階でも、例えば速水御舟の作品なども、自分が司会のときに収録をしたものなので、やっぱり、自分が司会を務めていたときに取り上げた作家や作品は感慨深いです。

──今回の展覧会は番組の50年という歴史を振り返り、さらに続く未来へとつないでいく、という意味合いもあるかと思いますが、若い世代がこの展覧会や番組に触れる際、どのような楽しみ方をしてほしいと考えていらっしゃいますか。
日曜美術館は、僕よりも年上の番組で、50年以上の歴史があります。各分野の名だたる方たちがゲストに来て、作品や作家を語り、言葉を紡いできた。その重みは、会場でも出会えます。とはいえ、歴史が積み重なるほど、権威っぽくなってしまって「格式が高い」「高尚で、知識がある人だけのもの」と、歴史を重ねるほどどんどんそういう見方になってしまうこともあるかもしれない。
でも僕は「日曜美術館」は決してそんな番組じゃないと思っています。知識がある人だけが見る番組じゃなくて、知識がある人は再確認して楽しめるし、美術に興味がなかったり、どう楽しんでいいかわからない人にとっても、入口になっている番組だと思います。僕にもその「入口」があって、僕が日曜美術館を見始めたのも、美術に興味を持ち始めたころ。気に入った回は録画して何度も繰り返して見たりもしていましたが、思い返してみると当時って、美術に関する知識がほとんどなくても楽しめたんです。番組を通して美術の歴史を知り、作家の人生を感じ、「人間ってこんな考え方もできる生き物なんだ」と感動する。作り方のこだわりを知れば、「そんな技術があるんだ」と感じたり、そこにどれだけの時間や苦労があったのかにも思いが至る。そうやって「人間って素敵だな」「自分ももっとがんばろう」って思えるんです。
本当に何にもとらわれず、誰もが自分の好きなように、好きなものを、好きなように感じながら楽しんでいけばいいと思うんです。50年後、100周年のときまで、「日曜美術館」は続いてほしいです。この展覧会も番組と同じように、美術をより楽しむきっかけとなってもらえたらうれしいです。

取材・文:浦島茂世
撮影:源賀津己
<開催情報>
『NHK日曜美術館50年展』
会期:2026年3月28日(土)~6月21日(日)
会場:東京藝術大学大学美術館
公式サイト:
https://nichibiten50.jp/
※会期中、一部作品の展示替えあり。詳細は上記サイトの作品リストにて確認を。
フォトギャラリー(7件)
すべて見る
