【インタビュー完全版】SUPER BEAVER、結成21年でドーム公演へ ──「変わらなきゃいけない部分は相当あった」メンバーが明かす、ライブハウスから積み上げてきたバンドの現在地
音楽
インタビュー
SUPER BEAVER Photo:小境勝巳
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5月22日(金)に、バンド初となる映画『SUPER BEAVER LIVE & DOCUMENTARY -現在地-』が全国公開されるSUPER BEAVER。6月24日(水)にはアルバム『人生』をリリースし、ホールツアー、そしてバンド最大キャパとなる京セラドーム大阪と東京ドームでのライブが控えている。決して順風満帆だったわけではない──というか、つまずいて傷つき倒して、ひとつずつライブハウスから積み上げてきたバンドの軌跡を追いながら、SUPER BEAVERというバンドの実像に迫る ──。
「(20周年の)濃度は高かったですね」(柳沢)
── 2025年から26年の3月いっぱいまで20周年の活動を展開していきました。20周年というものの重みみたいなものを感じることはありましたか?
渋谷龍太(vo) あんまりそこまでは意識していないんですけど、でも、ここまでやって来られたのはいろんな方のおかげなんだなっていうのはこういうタイミングでより実感できることですし、感慨深い気持ちにはなりました。だから必要以上に僕らが気負ったりすることはなくて、感謝の念を噛み締めてこれからの自分たちの活動を地に足つけてやっていかなきゃいけないな、という気持ちの方が強かったです。浮かれるっていうよりは。

── それにしても特にライブにおいてはスケールの大きな活動が続きましたよね。4月にさいたまスーパーアリーナで開催した自主企画『現場至上主義』を皮切りに、5月に国立代々木競技場第一体育館で2部制のフリーライブ&FCライブ、6月にはZOZOマリンスタジアムでのワンマン2デイズの成功、9月からホールツアー、今年の1月からはアリーナツアーを経てファイナルという位置付けで日本武道館2デイズを行いました。
柳沢亮太(g) でも”周年”であろうがなかろうが、いろんな形態や規模でのツアーをやり続けているバンドではあるので、そういう意味で言えば、ライブの本数だけで比べたら例年より少なかったんじゃないかなと思います。ただそこはやっぱり20周年という区切りの良さにかこつけて、今一度いろんな人たちにいろんな形で観てもらいたい、とみんなで話して、計画していたので、いつもよりはバリエーションに富んだライブを繰り返した1年ではありました。だから濃度は高かったですね。2025年はアコースティックツアーから始まって、対バンがあったり、それからFC限定ライブがあったり、Zeppツアーもやりましたからね、本当にいろんな形でライブをやったんです。当然形態が変わればセットリストも変わるし、そうするといろんな曲をやれたし、うん、濃かったですね。
── そうやっていろんな形態で多くの楽曲をパフォーマンスすることで、改めて自分たちの歩みを知れたという側面もありますよね。
柳沢 もちろんすべては回収できないんですけど(笑)、そうですね、自分たちの思考や価値観が根本は変わらないなかでも、それがどういうふうに変化してきたかを振り返ることができる瞬間瞬間というのはありましたね。
── そして今年ですよ。すでに6月24日(水)にアルバム『人生』をリリースすること、さらには8月1日(土)・2日(日)に京セラドーム大阪、9月22日(火・祝)・23日(水・祝)に東京ドームとバンド初の2大ドームツアーが決まっています。ドームでライブをやるというのはバンドの目標としてありましたか?
渋谷 できると思っていなかったです。
柳沢 うん。
渋谷 というか、会場が目標としてビジョンに入っていたことってないと思います。この規模なら成し遂げられるだろうみたいなことは、あまり考えて来なかったですね。できるかもしれないっていう状況でようやくリアルになってくるというか。だから、初めての武道館のときも、ドームも、本当にやるの!?っていう気持ちの方が強かったですよ(笑)。
── じゃあ、渋谷クラブクアトロできるかな?っていう感覚と、ドームできるかな?っていう感覚は、変わらないと。規模の問題ではないんですね。
渋谷 個人的にはクアトロとかZeppを初めてやるときの方がキツかった気がします。ハードルとしては。すごく生々しかったですし。でも、そうだな、クアトロでできたらいいなっていうのは結構思っていたかもしれない。そこまでの道のりの方がしんどかった気がしますね。長く時間もかかったっていう感覚もあるし。
── 今おっしゃった、“生々しさ”というのはどういうことですか?
渋谷 クアトロのキャパって750人くらいで、ライブハウスの規模を大きくしていく段階っていうのは、つぶさに把握できるんですよね。それに、周囲でもそこでやっている人たちが多かったので、絶対に通らなきゃいけない道というか、通って当然の道みたいな感じだったのが結構しんどかったかもしれない。周りはみんなできている、でも自分たちはまだできない、なんでだろう……みたいな。そういう葛藤はあの当時の方があったなと思いますね。クアトロをやるまでに10年(2014年)かかっていて、その次にZepp(2016年)をやっているんですよ。そこから武道館をやるのが14年目(2018年)、結成して13年が経ったときだったので、そのスパンを考えてもいかにクアトロまでが大変だったかっていうことですよね。
── 逆に言えば、そこを乗り越えた先というのはすごく順調な歩み、というか加速していった感じがありますね。
渋谷 そうですね。
柳沢 僕らが最初にやったZeppがZepp DiverCityだったんですけど、売り切れないと思って次のツアーもZepp DiverCityを押さえていたんですよ。攻めているんだか守りに入っているんだかわからないんですけど(笑)。そんな簡単にはステップアップできないんじゃないかって思って。1回売り切れなくて、次にリベンジして売り切るために初Zeppをやる前から次のZeppを押さえるという。それくらい厳しいチャレンジになるって当時は思っていたっていうのを、今の話を聞いて思い出しましたね。で、結局1回目のZeppが売り切れて、次にまたZeppということで、着実に1個1個積み重ねて行っているなっていう感覚はありますね。

── キャパシティ自体が目標になることはありませんでしたか?
渋谷 結果的にそうなっているとは思うんですよ。特に最初の頃は、クアトロをやったらZeppだな、みたいな道ってありましたから。でもそこからは、自分たちが楽しいことをやるためにはこれくらいの規模の会場でやりたいっていう発想の順序になっていきました。ここでやりたい、そしたら楽しいだろう、じゃなくて、楽しいことをやりたい、だったらここでやったらどうだっていうような感じで。
── それにしても、ライブハウスから1個ずつ積み重ねていったバンドでドームまで到達するというのは、改めてすごいことだと思います。
渋谷 ライブハウスから始めて、一気にドームをやれる存在になるか、やれないか、その二択のような気がするんですよね。だから僕らみたいに着実に上がって来て、結成21年でドームっていうのは稀かなと思います。
「目の前に立ち塞がる逆境みたいなものに4人で立ち向かっていくことで4人がひとつになった」(上杉)
── ZOZOマリンのMCで柳沢さんが「高校を卒業したら解散するのかなっていうくらいふわっと始まったバンドだった」っておっしゃっていたのですが、そんな感じだったんですね、始まりは。
柳沢 僕と藤原は地元も一緒で、小学校の頃から音楽に触れてバンド的なことを始め、中学校くらいでぼんやりとバンドを仕事にするっていうのを夢見るようになっていったんですよ。それは本当に、子供が「将来の夢はサッカー選手です」って言うのと同じくらいのレベルの話で。中学でやっていたバンドは卒業と同時に空中分解して、高校に入って上杉に誘ってもらって、そこからこのバンドは始まったんですけど、軽音部の部室からスタートしているので、このバンドを組んで最初に音を出した瞬間にビビッときて、とか、天下取れると思った、運命感じた――っていうことは一切なく(笑)、まあこのバンドもいくつかやっていくバンドのうちのひとつで、こういうことをやって行った先に自分の本当にやるべきバンドが見つかるんだろうなっていうくらいのゆるい始まりでしたね。でも高校3年間のなかで、ちょっとしたコンテストに出て賞をもらったりするようになってだんだん意識の変化みたいなものがあったんですよね。もしかしたらこれはがんばれるところまでがんばれるのかもしれないというか。ここまで来ると僕の賭けるバンドはこれなのかもしれない、みたいなことは高校卒業するくらいには思っていました。
── 上杉さんは最初にこのバンドを組むときにメンバーを集めた張本人ですよね。まずは誰に声をかけたんですか?
上杉研太(b) 柳沢とバンドを組みたいと思ったんです。彼は当時からオリジナルの楽曲を持っていて、自分が音楽に没頭した理由っていうのは――それを話し出したらインタビューが終わっちゃうので割愛しますが(笑)――とにかくそこから、その当時の気持ちで柳沢とバンドを一緒にやりたいって思ったところから始まりました。同じクラスにいた渋谷を誘って、柳沢の幼馴染だった藤原が来て4人になった――そんな感じですね。

── 先ほど柳沢さんがおっしゃった「賭けるならこのバンドだ」という思いが芽生えて、いよいよ引き返せなくなったのはどのあたりなのかっていうのは明確にあったりするのですか?
柳沢 引き返せなくなったっていう感覚はないですね。自分たちが思う楽しいことをやっていたら、それを一緒になって楽しんでくれる人が増えていった、ということだと思うんですよ。僕個人として言えば、例えばこの曲で世界を変えてやるぜ、なんていうことよりもっと普通に、バンドで食べていきたいと考えることが会社に就職することと同じ感覚としてあったんです。だから引き返すも何もないというか。ずっとそうしたいと思っていたことをやり続けているだけなので。渋谷と上杉は僕と藤原よりひとつ年上で、彼らは卒業して1年だけ調理師専門学校に行って、僕らの卒業と足並みをそろえてくれたんですよね。そこでやっぱりこのバンドをやれるところまでやっていこうっていう覚悟めいたものというか、簡単に諦められない理由になっていった最初のきっかけだったんでしょうね。そこに僕ら以外の他者は関与していないし、そのときまだ全員10代でしたけど、若い僕らなりの将来へのリアルな感触みたいなものを掴んだ瞬間ではありました。最初に踏み出した一歩というか。それを「引き返せなくなった瞬間」と言うのであれば、そうなのかもしれませんね。

── そうした思いを持って踏み出した一歩が、より本気の一歩になったのはどのタイミングですか?
渋谷 メジャーから落ちたタイミングですね。そんな気はします。僕は自分で音楽をやりたいと思ったことはなかったんですよ。僕は音楽をやる人間だ、なんて思ったことは一度もなかった。音楽を聴いたり、観に行ったりするのはすごく好きだったのでかなり身近なものとしてあったんですけど、好きなこととやることが乖離していました。ただ、目立ちたいっていうのはずっとあって(笑)。バンドを始めた最初はそこが原動力でした。アマチュアのバンドコンテストに出たときに、地元の友達とか両親とか他のバンド仲間が応援に来てくれて、喜んでくれている姿を見たときが原体験というか、そこに種みたいなものが埋まっていたような気がするんですけど、そこから自分たちで活動してメジャーに行ってけちょんけちょんにされて落っこって、それが悔しかったっていうのはすごく大きかったです。自分のことのみならず、自分のバックグラウンドも巻き込まれてけちょんけちょんにされちゃった感じがしたので、ちょっとそれが、どうしても許せなくて。そこへの反骨精神で踏み出した一歩はそれまでとは違いました。ギアが1個変わったというか。23歳だったかな。
── そこはバンドとしてもそうだったんですか?
上杉 まとまるひとつの要因にはなったんじゃないですかね。高校、専門学校上がりの4人がなんで音楽に没頭していくのか、趣味も価値観も違う4人がなんでそうなれるかって言ったら、こんなところで自分たち自身とは違う要因によって自分たちの未来を潰されなければならないのかっていう、目の前に立ち塞がる逆境みたいなものに4人で立ち向かっていくことで4人がひとつになったので。そこで自分たちがこんなにいい楽曲を生み出して、こんなにいいライブをしていてなぜ届かないんだ、とか、あれが届いてなぜ我々のこれが届かないんだ、みたいな、そういった自問自答の繰り返しをしながらさらに結束が固まって一塊のエネルギーになっていきましたね。だから早いうちにそうした挫折を経験できたことで、今思えばバンドのテーマというか芯の部分みたいなものがそこで構築されていったんだと思います。バンド自体はその前から始まっていましたけど、バンドのアイデンティティの部分はやっぱりそこから始まっていったんじゃないかなっていう感じはします。
── 実際そこから出来上がる曲やバンドで出す音は変わっていったのでしょうか?
柳沢 端的に言うと、本当にバンドを組んだ最初の頃は好き勝手に作っていたんですよ。そこからメジャーのレーベルが関わってくれるようになって、もっとここをこうしろ、ここはこうだろ、みたいな。それが建設的で、素晴らしい音楽を作るためだけの理由であれば、きっとよかったんでしょうけど、さっき渋谷が言っていたような、本当にそれ関係あるかな?っていうようなことも言われたのがあって。そこで当時の僕らは返す刀を持っていなかったし、ちゃんといい曲、いい演奏で返せればよかったんですけど、気持ちの部分も実力もシンプルに足りていなかったのも事実ではあったんです。だから自分たちが好きな音楽を好きなようにやるっていうその前提すらも壊れていった。それでメジャーを落ちて、もう1回その前提に立ち返ったんです。自分たちがいいと思える曲、歌、アレンジを作るっていうものすごく純粋なところに戻っていけたんですよね。でもそれは単純に最初の頃の感覚に戻ったんじゃなくて、変わったんですよ。そういう感覚でしたね。

「自分はどういう人間で、どこ出身なのかっていう。土地の話ではなく」(渋谷)
── 自分たちがいいと思える感覚として一致しているものは何ですか? 言葉にするのはとても難しいとは思うのですが。
柳沢 そのタイミングから自分たちで盤を出して、車に機材を積んであっちこっちライブをしに行って、そこでいろんな話もしました。メジャーでけちょんけちょんにされたことの何が悔しかったのか、とか言葉にして初めて気づくこともありました。実は僕はここだったんだとか、4人が4人ともそれぞれで足を踏ん張って立っているのが精一杯だけど、それは何を守ろうとして踏ん張っていたんだろう?とか。そこから、僕たちのあそこがよくなかったよね、でもあそこは向こうが絶対におかしかったよねって確認していくことで見えてくるんですよね。最初に話した、どこでライブをやりたいとか、目標みたいなものよりも、何が悔しかったかっていうことを共有する方が明確になりました。僕たちが今やりたいのはこういう曲だし、このバンドと対バンするのはこういう理由だし、このイベントに出ないのはこういう理由があるからだっていうのを4人で一致させていったので、何を言っているんだこいつは? みたいなことはなかったですね。もちろん、歌詞において、もうちょっとこういう表現がいいんじゃないとか、アレンジにおいても、こういう感じがいいんじゃないっていう話し合いはありましたけど、言いたいことの本質が4人のなかでブレることはなかったです。
── 最初に、こういうバンドを目指そうっていう話はなかったんですか?
柳沢 なかったですね。渋谷は本当に最初から独特だったので。高校に上がる前から英語詞のオリジナルを書いたりしていたんですけど、渋谷に英語はあんまり似合わないなと思ったんですよ。見た目がどうとかではなくて、放っているものがすごく和な感じの印象が個人的にはあって。日本語の人だなーっていうのを感じたのが大前提にあって、みんなに共通しているのが、ポップなメロディが好きだっていうところだったんです。世のヒット曲をバカにする人たちじゃなかった。いい歌はいいというか。そういうものを4人なりに、無理なく目指したいと思ったんですよね。だから最初からジャンルにこだわるとかではなく、ジャンルを超越するいい曲っていいよねっていう感覚が一致していました。

── メジャー落ちで味わった悔しさは、4人での活動を続けていくなかで解消されていったのですか?
渋谷 解消というよりも変化の方が適切だなと思います。反骨精神とかコンプレックスとか焦燥感とか僻みや妬み、そもそも自分の実力が足りないという絶望的な自覚というのは、徐々に主な原動力ではなくなってきているのですが――もちろん、ヘイトよりもラブやライクで音楽をやった方が楽しいって30を越えたあたりからはそうなっていて――ただやっぱりそのときに抱いた鬱屈した気持ちっていうのはまだ全然残っていますね。いまだに、2010年とか2011年、2012年あたりのフェスの映像とかを見ると……僕はダメなんですよね。
── ダメ?
渋谷 イライラしちゃう。2017年とか、少し最近のものになっても、自分たちと同世代のバンドが――比べるわけではないですけど――今でこそ自分たちも大きな会場でやったり、いろんな方に愛していただいているっていう感覚はあれど、あの時期の映像を観ると、「ああ、こんなこともあったね」ってヘラヘラできないというか。その感覚がいまだに自分のなかにあるので、おそらくずっと消えることはないでしょうし、限りなく自分のなかでの原動力になっている部分ではあるので……うん、人に対してのそういう気持ちであったりとか、自分が追いついていなくて「やべえ」という感覚とかっていうのは形を変えながらもずっと持ち続けているので、変わらなきゃ、もっと成長しなきゃって今も焦っています。そこに費やす時間はかつてよりも今の方が長い気がします、圧倒的に。言い方を変えれば、培ってきた部分でもありますし。そういう暗い部分とかジメジメしたところというのは、表面化はさせずとも確実に自分のなかに埋まっているものなので、そこから目を逸らさないようにはしています。自分がコンプレックスに感じていたり、いまだに抜け出せない部分っていうものとは常に向き合いながら、変化していく過程において肥やしにしてやろうっていう心根でいますね。
── きっとそこは、渋谷さんの根源的なものとも結びついているから消えないんでしょうね。
渋谷 だと思います。幼少期、学生時代、そしてバンドをやって、これだけたくさんの方に支えてもらいながら活動できるようなバンドに、そして人間になるとは思っていなかったですし……って言うと、やっぱり、程度はわかっているんですよ、自分の。だからそこをぶっ壊さなきゃいけないっていうところまでちゃんと壊して、壊した上で構築した形っていうのを自分のなかでビジョンとして描いて、1個ずつ組み立てていく作業っていうのはまだ全然途中ではあるので。壊しては同じ部品を使ってより強固なものに作り変えていく、新たなパーツも加えつつ、のようなイメージ。捨てるっていうことはしないかな。

── その感覚って、渋谷さんがライブ中におっしゃる“あなた”っていうところに深くつながっているような気がします。
渋谷 あ、かもしれないですね。蔑ろにされることであったりだとか注目されないこととか、アイデンティティが守られない場面っていうのはたくさん経験してきたからこそ、そういう人たちの葛藤であったり、痛みに近いものは等身大でわかるつもりではいるので。立場は変われど、そこは守ってあげたいなっていう気持ちはあります、フロントに立つからには。あっけらかんと「やればできるよ」だけではない部分を、しっかりと実直に真っ直ぐ向き合うような形で伝えていければ、自分の思っていることやバンドの意志を、誠意を持って伝えられるって思っているので。うん。そこは常に意識してやっていることですね。
──「ライブハウスから来ました」とステージから必ず言うのもすごく腑に落ちます。
渋谷 何度しがんでももう味しねえよみたいな話を何度でもするんですけど、やっぱりそこはうれしいんですよね、いまだに。それがあったからこそ自分たちがあるんだなっていうのは決して忘れちゃいけないし、本質的な部分、根幹は変わっていないっていうのは常に思っていますね。ライブハウスのバンドが、すごく恵まれた環境にバコバコっとハマって、こうなっているんだっていうことは、しっかりと地に足をつけた状態で忘れちゃいけないし、常に考えています。自分はどういう人間で、どこ出身なのかっていう。土地の話ではなくて。どういうところでやってきた人間なのかっていうのは常に考えています。
「僕はやっぱこの3人がすごく変わっていった瞬間を見てるから」(藤原)
── 売れたと思った瞬間ってありますか? あるいはそれをどんなことで実感しましたか?
藤原"37才"広明(ds) 生々しいですけど、どこの会場でやれたとか、誰と対バンできたっていうことよりも、給料をもらえたときですかね。それでバイトをしなくてよくなったから。まあ、売れたとはまた違うんですけど、これが続けばこのままこれで生きていけるんだって思えたのは大きかったですよね。最初にメジャーでデビューしたときも給料はもらっていたんですけど、それだけで今後生活できるのかって言ったらたぶんできないような額だったし。アルバイトでも変な話、がんばったら稼げるじゃないですか。けどそれよりもたくさんバンドの給料としてもらえるようになったときは、売れたとまでは思わないですけど、というか、今もそんな売れたとも思っていないです。

上杉 売れたかどうかっていうのはその人のスタンスだと思うんですけど、ドームでライブをやるっていう時点でそりゃ売れてますからね。逆に売れないっていうのは、認知してもらいたかったのにされていないっていう状態だと思うので、そこは原動力にはなっていたんですよ、個人的には。やっぱやっている以上は知ってもらいたい、聴いてもらいたいって。それが認知されるようにもなり、ドームをやれるようにもなりってなってくると、今後じゃあ何を目標にやっていくんだっていう話にもなっていく。だから結局お金が欲しくて、これで生活していけるからよかったで終わりの話では絶対にないので。売れる売れないで言ったら売れている状況にあるのは間違いないと思うんですけど、それを「次の目標はなんだ?」っていう話に常にしていかないと、やっていて楽しいのか?っていうことになっていくと思うんですよね。何から始まっているかって言ったら絶対にそこなので。生活できるだけのお金を稼ぎたいからバンドを始めたわけではないから。逆に言えば、認知されないこと、つまり売れないことで持っていた宝物もたくさんあったような気がします。そういったものを持ち続けられるのかどうかっていうのがバンドのひとつのロマンのような気がするし。結局はどれだけお金をもらっていたとしても、どうやって生きていくのか、何がしたいのかっていうことだと思うんです。今自分たちが置かれている状況――それは期待値かもしれないし、背負っているものかもしれない。そういったものと向き合い、これからどうやってどんな音楽をやっていきたいんだっていう根本の部分と今、個人的にも対峙している瞬間なので、間違いなく僕らは売れていると僕は認識していて、故にめちゃめちゃ考えなきゃいけないことと考えさせられていることが毎日あるっていう感じです。

柳沢 食えた瞬間には「売れた」って思いました。で、今この歳になってみて思うのは、「プロって何だ?」っていう話です。たとえアマチュアでもお金を取った瞬間からプロだって言う人もいるけど、それは、僕はプロとは思わないから。自分の価値観としては。そういう意味で言うと、好きな音楽をやるバンド活動で、目の前というよりは少し前にある目標をひとつ、またひとつとクリアしていって、しかもアルバイトをしないで生活できるようになっていくっていう最中を感じたときは、音楽で食っていくってこういうことなんだなって思えましたね。ただ、食えたなって思った瞬間に感じた「売れた」っていうのは、やっぱりあくまで「食えた」なんですよね。バンドの活動もその先にある目標もどんどん続いていくわけで、その渦中であることが何より重要なんですよね。売れたって思える瞬間っていうのは、満足したときだと思うんです。そういう意味で言えば、まだまだ満足していないし、上を見ればキリがないし、落っこちるのだって一瞬だろうし、だから満足せずに一生続いていくことが一番幸せなのかもしれないですね。
── 渋谷さん、やっぱりバンド活動をしていくなかで、売れたいって思いましたよね?
渋谷 めちゃめちゃ思いました。渇望していました。
── 実際、結果が伴いました。
渋谷 うーん、金銭面とか集客とか、数字で見えるものっていうのはわかりやすいので、そこで感じることはできますけど、まあ、声をかけてもらう頻度ですかね。どこ行っても声をかけてもらえるようになったっていうのは、知ってもらえているんだって実感しますね。どこの店に行ってもどこを歩いていても自分のことを知っている人が見てるっていう感覚ではいるので。そこはやっぱり一番変わったところとしてはあります。でもまあ、まだまだだなって普通に思いますし、己と対峙したときの葛藤の方がデカイので。これまで以上に精進して邁進して行かないと全然足りねえだろうなって。僕個人もバンドもそうだと思うんですけど。
── 5月22日(金)に全国公開される映画『SUPER BEAVER LIVE & DOCUMENTARY -現在地-』を告知する第一弾の特報映像のなかに、〈彼らは20年で変わったのか――〉という問いかけがありました。最後の質問は、それをそのままお聞きします。変わりましたか?
渋谷 どっちもあるっていうのが正直なところですね。それはバンドとしてもそうですし、個人としてもそうですし。いろんな状況、いろんな立場を経験したバンドだと思うので、どうなんですかね、20周年のタイミングはやっぱり真価が問われる1年だったと思うんですけど、本質的にこいつらがどうだったんだ?っていうのはもしかしたらまだ早いかもしれないですね、考えるのは。貫いたなって思ってもらえるにはまだなんじゃないかなって僕的には思っているところはあります。いろいろ思っていることはあれど、周囲はどう思っているのかなって感じ。変わらなきゃいけなかった部分は相当あったし、変えちゃいけないところも絶対にあったので。そこの二軸っていうのを個人がどれだけ理解して、それがバンドという形で現れるのかっていうのがすごく大事なところだと思うので、どっちとも言えないのかなと思います。

柳沢 この1年を通して今日現在で思っているのは、まあ変わったんだろうなと思います。でも、僕が変わっていないって思っていようが、実際変わったんだろうなっていうか。1個、今渋谷が言ったのに自分も乗っかっちゃうとすると、まだまだ渦中であるっていう。いろいろ蠢いている渦中のゴールがどこに来るかっていうのがわからないから、仮にゴールが来た時点で振り返ったときに、色が変わったくらい大きく変化しているのか、ウニョウニョしているだけで結局一緒だったねっていうことなのかはわからないけど、変わったんだろうなって気がします。僕はあんまり変わっていないと思いながら始まったこの1年間だったけど、20年ということをこういうインタビューだったりライブだったりで自分なりに向き合って思うことは、変わったと思います、だってドームやるんですから。そりゃ変わったでしょって。
上杉 大前提が、変わらないものってないじゃないですか。5歳、10歳、20歳、50歳って見た目も考え方も変わるじゃないですか。だから基本は変わり続けていくんだと思うんですけど、じゃあそのなかで絶対に変わりたくないもの、これだけは譲りたくないものっていうのを守ろうとはし続けています。けどそれを守るためには自分から変わらなきゃいけないこともあるかもしれないし、結果として変わってしまった部分もあるだろうし。絶対に変わってはいるんだけど、変わりたくないものっていうのを常に背負っている。だから二択だったらもちろん変わっています。だけど、昔からこれはこうだよねっていう部分は失いたくないから、そことは常に対峙しているっていう感じです。
藤原 デビューしてすぐに大人とやり合えなかったとか、でも今またメジャーでやっているとか、それからどんどん大きなキャパのライブを更新しているっていうことは、当たり前ですけど、変化したから、自分たちを自分たちで変えることができたから今の現状があるんだと思います。変わんないはずないよなって。けど20年かかって今の高さだとしたら、もっとはるか上を目指せば上には上がいますし、会場だって大きいところはたくさんありますし、変わらなきゃいけないけど変われていない部分っていうのがバンドもそうだし4人それぞれにもあるから時間がかかっているのかなって。よくない意味かも知れないけど変われていない部分はあるんだろうし。もちろんいい意味で変わっていない部分っていうのはあるじゃないですか、バンドを組んだときから。許せないこととか、好きだなっていうことがそれぞれあるだろうし、バンドとしてもあるし。人間が変わっていなければ変わっていないよねって言われるのか。自分のことはわからないですけど、僕はやっぱこの3人がすごく変わっていった瞬間を見ているから、少しずつの変化だったり、大きくジャンプアップした変化だったりを覚えているし、それを見て自分も変わらなきゃいけないって刺激を受けたことは数えきれないくらいあるので、だから日々変わって変化しているバンドだと思いますけどね。

【応募資格】
①ぴあ(アプリ)で「ぴあニスト」登録されている方
②「ぴあエンタメ情報メールマガジン」に登録いただいた方(応募の際にご登録ください)
③月刊ぴあ『とぶ!ぴあ』5月号(P-63)に掲載されている「キーワード」を入力いただける方
【応募期間】
2026年6月7日(日) 23:59まで
<作品情報>
『SUPER BEAVER LIVE & DOCUMENTARY -現在地-』本予告
公式サイト:https://superbeaver-film.toho-movie.jp/
(C)2026 映画「SUPER BEAVER LIVE & DOCUMENTARY -現在地-」製作委員会
<リリース情報>
●初回生産限定盤A(CD+BD)
【収録内容】
<DISC2 / Blu-ray Disc>
1.27
●初回生産限定盤B(CD+DVD)
【収録内容】
<DISC2 / DVD>
●通常盤(初回仕様)
【収録内容】
●ファンクラブ盤(完全生産限定盤 / CD+DVD)
【収録内容】
<DISC2 / DVD>
1.ありがとう
●対象店舗/特典内容(店舗別全8種類)
・Amazon.co.jp:メガジャケ
【注意事項】
※上記はすべて予定事項につき、予告なく変更になる可能性がございます。あらかじめご了承ください。
▼ご予約はこちら
<ライブ情報>
◼︎ホール
◼︎アリーナ
▼アリーナツアー チケット情報
▼特設サイト
SUPER BEAVER『都会のラクダ DOME TOUR 2026』
8月1日(土)・2日(日) 大阪・京セラドーム大阪
9月22日(火・祝)・23日(水・祝) 東京・東京ドーム
▼特設サイト
『SUPER BEAVER LIVE & DOCUMENTARY -現在地-』
5月22日(金) 公開
アルバム
『人生』
6月24日(水) リリース
8,000円(税抜)SRCL-13720〜13721
・三方背ボックス
・デジパック仕様
・ALBUM購入者限定チケット申込シリアルナンバー封入
※受付期間:6月23日(火) 10:00~6月30日(火) 23:59
<DISC1>
・健気(こくみん共済 coop『こくみん共済 あっと』CMソング)
・燦然(『新劇場版 銀魂 -吉原大炎上-』主題歌)
・生きがい(フジテレビ系2026 アスリート応援ソング)
・涙の正体(NHK夜ドラ『バニラな毎日』主題歌)
・片想い(NHK夜ドラ『バニラな毎日』劇中歌)
・主人公(フジテレビ系『めざましテレビ』テーマソング)
・まなざし(映画『金子差入店』主題歌)
含む全12曲収録
2026.04.01 日本武道館
都会のラクダSP at 日本武道館 〜ラクダフロムトウキョウジャパン〜
2.青い春
3.主人公
4.正攻法
5.突破口
6.燦然
7.Q&A
8.人として
9.ひとつ
10.美しい日
11.ひたむき
12.東京流星群
13.それでも世界が目を覚ますのなら
14.生きがい
15.アイラヴユー
16.切望
17.ありがとう
7,500円(税抜)SRCL-13722〜13723
・三方背ボックス
・デジパック仕様
・ALBUM購入者限定チケット申込シリアルナンバー封入
※受付期間:6月23日(火) 10:00~6月30日(火) 23:59
<DISC1>
収録曲共通(全形態)
※初回生産限定盤Aと内容共通
3,300円(税抜)SRCL-13724
・ALBUM購入者限定チケット申込シリアルナンバー封入
※受付期間:6月23日(火) 10:00~6月30日(火) 23:59
<DISC1>
収録曲共通(全形態)
7,500円(税抜)SRC8-48〜49
・ALBUM購入者限定チケット申込シリアルナンバー封入
※受付期間:6月23日(火) 10:00~6月30日(火) 23:59
<DISC1>
全形態共通
2025.05.25 代々木第一体育館
"友の会" FCライブ 2025 〜第二回会員総会〜
2.ひたむき
3.名前を呼ぶよ
4.美しい日
5.ルール
6.突破口
7.らしさ
8.ひなた
9.満員電車
10.人として
11.シアワセ
12.ハイライト
13.東京流星群
14.証明
15.アイラヴユー
16.切望
17.home
・HMV全店(HMV&BOOKS Online含む/一部店舗除く):オリジナルスマホサイズステッカー
・TOWER RECORDS全店(オンライン含む):オリジナルアクリルキーホルダー
・楽天ブックス:オリジナルA4クリアファイル
・セブンネット:オリジナルマルチショルダーバッグ
・TSUTAYA RECORDS(一部店舗除く):オリジナルスクエア缶バッジ
・Sony Music Shop:オリジナルアンブレラマーカー
・SUPER BEAVER応援店:オリジナルポストカード
※特典は数に限りがありますので、無くなり次第終了となります。あらかじめご了承ください。
※上記店舗以外での配布はございません。あらかじめご了承ください。
※各オンラインショップに関して、カートが公開されるまでに時間がかかる場合がございますので、予めご了承ください。
※応援店対象店舗、特典絵柄は追ってご案内いたします。
※Amazon.co.jp、その他一部オンラインショップでは”特典対象商品ページ”と”特典非対象商品ページ”がございます。
ご予約の際にご希望される商品ページかをご確認いただいてからご予約いただきますよう、お願い申し上げます。
https://SUPERBEAVER.lnk.to/Jinsei_PKG
全国ホール&アリーナツアー
『SUPER BEAVER 都会のラクダ TOUR 2026-2027 〜 ラクダの人生、ゴーゴーゴー 〜』
7月7日(火) 広島・広島文化学園HBGホール
7月12日(日) 山口・下関市民会館 大ホール
7月14日(火) 長崎・ベネックス長崎ブリックホール 大ホール
8月14日(金) 福井・福井フェニックスプラザ
8月16日(日) 岐阜・長良川国際会議場
8月28日(金) 高知・新来島高知重工ホール(高知県立県民文化ホール)・オレンジホール
9月3日(木) 京都・舞鶴市総合文化会館
9月5日(土) 鳥取・とりぎん文化会館 梨花ホール
9月10日(木) 北海道・札幌文化芸術劇場hitaru
10月3日(土) 沖縄・沖縄コンベンションセンター劇場棟
10月9日(金) 福島・いわき芸術文化交流館アリオス アルパイン大ホール
10月16日(金) 静岡・富士市文化会館ロゼシアター大ホール
1月16日(土) 神奈川・Kアリーナ横浜
1月17日(日) 神奈川・Kアリーナ横浜
1月23日(土) 熊本・グランメッセ熊本
1月24日(日) 熊本・グランメッセ熊本
2月13日(土) 香川・あなぶきアリーナ香川
2月14日(日) 香川・あなぶきアリーナ香川
2月20日(土) 和歌山・和歌山ビッグホエール
2月21日(日) 和歌山・和歌山ビッグホエール
3月6日(土) 新潟・朱鷺メッセ新潟コンベンションセンター
3月7日(日) 新潟・朱鷺メッセ新潟コンベンションセンター
3月20日(土) 三重・三重県営サンアリーナ
3月21日(日) 三重・三重県営サンアリーナ
・SUPER BEAVER友の会先行(受付期間:6月10日(水) 12:00~6月15日(月) 23:59)
・オフィシャル先行(受付期間:7月4日(土) 13:00~7月12日(日) 23:59)
https://sp.super-beaver.com/feature/tour2627
開場 15:00 / 開演 17:00
開場 16:00 / 開演 18:00
https://sp.super-beaver.com/feature/dometour2026SUPER BEAVER 公式サイト
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