『黒牢城』黒沢清監督インタビュー 「謎を解く行為そのものが謎」
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『スパイの妻』『Cloud クラウド』の黒沢清監督の最新作『黒牢城』が、6月19日(金)から公開になる。本作は、本木雅弘、菅田将暉、吉高由里子ら豪華キャストを迎え、壮大なスケールのミステリーが描かれるが、謎の提示と解明では終わらない重層的な物語が描き出される。黒沢監督は本作についてこう語る。
「謎を解く行為そのものが謎」
黒沢監督は長年にわたって数々の名作を手がけ、日本だけでなく海外にも熱狂的なファンをもつ。『CURE』『回路』『トウキョウソナタ』『岸辺の旅』など人気作も多く、2024年には長年にわたって構想してきた想いを注ぎ込んだ傑作『Cloud クラウド』が公開になった。
「自分のキャリアを深刻に考えなくなりましたね。やりたいことはいろいろあるし、こんなショットを撮ってみたいとか、いろんな欲望はあっても、それがどのタイミングで実現できるかとかいうのは、ほんとに運次第というか、人と人との縁次第というのもあります。『Cloud クラウド』みたいな映画も昔からやりたくて、チャンスは狙っていましたけど、執念のように狙っていたわけではなくて、いつかできたらいいな、というものでした」

一方、本作は監督初の時代劇。それも原作は直木賞受賞のミステリー作品だ。監督にとって“予想外の依頼”だったのではないだろうか。
「おっしゃる通りです。どの映画でもそういう側面はありますが、今回はとりわけ“初めて尽くし”でした。これも何かの縁で、僕のもとに転がり込んできたわけですから全力でやりましたし、やれて良かったと思います。ただ、本当に久しぶりにイチから、これはどこを目指していけばいいの? というところから出発する映画は本当に久しぶりでしたね。とにかくやったことがないこと尽くしで、緊張もしましたけど、ある種、エキサイティングでもありました。昔から時代劇っていうものをやってみたいという欲望はあったのですが、そのとき頭に思い描く時代劇って、大抵チャンバラなわけです。阪東妻三郎や大河内傳次郎や勝新太郎みたいなものですよね。でも、この話はそうではない戦国時代の大名の話で、ほとんどが会話劇で、ほぼ城の中だけで行われる。この映画を本当に面白いと言ってくれるのか、まだ不安です」

監督が語る通り、本作の舞台は戦国時代。戦国武将の荒木村重は、織田信長に謀叛を起こして自身が城主を務める有岡城に籠城する。周囲に織田勢が迫る中、城内には緊張感が高まり、家臣の間にも不信感や不安が広がっている。そんな中、城内で次々と不可思議な出来事が発生し、村重は自身で謎を解く一方、謀叛を止めるよう説得に訪れたところを監禁した織田方の軍使・黒田官兵衛に助けを求める。
撮影はセットだけでなく、大規模なロケも行われ、姫路城、彦根城、東福寺、大覚寺など、国宝や重要文化財に指定されている場所でも撮影が行われた。これまで“どこでもない場所、映画にしか存在しない場所”を指向してきた黒沢監督にとって、これもまた新たな取り組みではないだろうか。
「少し似ていたのは(神戸の旧グッゲンハイム邸など歴史的建築で撮影が行われた)『スパイの妻』です。あの時も、ここで撮ると決めた場所から1ミリもはみ出せない。決められた範囲の中だけで撮る。舞台に近いのかもしれませんが、それはなかなかスリリングな撮影でした。現代劇ではフレームの外側にもちゃんと世界が広がっていて、その世界のある部分を切り取っているのだ、という感覚で撮っていますが、今回はフレームの外側には世界はないんです(笑)。実際には存在しているわけですけど、フレームの外側にある戦国時代の村や町や生活というのは想像を絶するものなんです。だから想像しても意味がない。だから映っている人物は、このフレームの中にだけ存在している、という風につくっていかざるをえない。それはなかなか貴重な体験でした。こうなることを狙ったわけじゃないですけど、まあそうならざるを得ないというか。時代劇を撮るということはこういうことなんだと、ひとつひとつ学びながら、検証しながらやっていた感じです」
キャリア初。時代劇の面白さ/難しさ

本作では、冬春夏秋の季節とそれぞれの謎が描かれ、謎の解明に行き詰まった村重が、地下牢の官兵衛に助言を求める。構造としては安楽椅子探偵ものであり、小説発刊時には映画『羊たちの沈黙』の名前を挙げて本作を紹介する記事も見られた。ジョナサン・デミ監督の傑作『羊たちの沈黙』では、FBI訓練生のクラリスが連続殺人犯を追う過程で、厳重に監禁された囚人で元精神科医のハンニバル・レクターに助言を求める。
「原作を読む前には、荒木村重と囚われの身の黒田官兵衛が地下牢で謎を解いていく、と聞いて『羊たちの沈黙』に似ているとは思いましたが、原作を読み始めると、そのことは忘れてしまいました。というのも、荒木村重は籠城の末にすべてを投げ出して、ひとりで逃げ出した非常に卑怯な大名として有名なわけですよね。本を読む前から多少は荒木村重のことは知っていましたから、彼が最終的になぜ、そんなことをしたのか? が最大の謎なわけです。だから原作を読み始めても、彼自身の謎とそこに至るドラマが一番大きい。そう考えると『羊たちの沈黙』のことは頭をよぎらなくなりました」
監督はそう語るが、レクター博士はクラリスを助けるふりをしながら、彼女の記憶の奥底を揺さぶり、彼女を動かしていたではないか。本作でも官兵衛は、村重に協力しながら、彼の心を揺さぶり、動かしていく。黒沢監督は劇中に描かれる4つの謎を描きながらも、常にその中心に”荒木村重の変化”という巨大な謎を置いている。織田勢に囲まれ、家臣からの重圧を感じ、官兵衛の言葉に翻弄され、村重は変わっていく。
「それが一番大事だと思っていました。村重という人物がどう変わっていき、ラストに至るのか、ということですね。それに一番興味がありました」

ここまで読んで気づいた方もいるかもしれない。本作は、黒沢清監督の新たな挑戦であるのと同時に、監督がこれまでに描いてきた作品に通ずるものが多くある作品だ。本作に登場する人物は、荒木村重であれ、その妻の千代保であれ、黒田官兵衛であれ、みな何かしらの“想い”によって行動している。そのこと自体は何も恐ろしくはない。重要なのは、人は自分でも気づかぬうちに心の中に何かしらの考えや想いを埋め込まれ/自身で埋め込み、その想いに突き動かされて行動してしまうことがある、ということだ。知らず知らずのうちに誰かの言葉に翻弄され、心動かされ、想像を絶する行動に出たとしたら? あえてタイトルは書かないが、黒沢清監督のこれまでの作品群を振り返ると、連想する作品がいくつかあるのではないだろうか。
「現代劇だと裏腹な態度をとったり、言葉と行動が違うとか、人間の心理や言葉をいろいろと解釈したり操作できるんですけど、時代劇ではセリフ回しや所作が現代とはまったく違うのが今回の映画の面白さでもあり、難しさでもありました。この言葉が本心から言っているのか、心の中とは違うニセの言葉なのかが、時代的の古風な言葉では表現しづらいんです。もちろん、本当に16世紀の日本のある地域で話されていた言葉を使っているわけではないのですが、時代劇の言葉では、本心なのか建前なのか、すべてが隠されて怪しく感じてしまう。疑いはじめるとすべてが怪しいと感じてしまいますし、演じる上でも本心なのか嘘なのか分からないままでも、もっと言ってしまうと、どちらか決めないままでもセリフを言えてしまう。すごいファンタジックな世界なんです。それは不思議な体験でした」
荒木村重は一体、何を“被った”のか?

だからこそ、本心、嘘、誰かの導き/操りによって芽生えた心が混ざり合う中で、登場人物たちが翻弄され、ある想いに取り憑かれ、変化していく様が際立つ。
「劇中ではいくつかの事件が起こり、謎を解いていくわけですけど、荒木村重も黒田官兵衛も基本的には謎を解く必要はまったくないわけです。彼らは刑事や探偵ではなく、そういう仕事でもなければ、そういう趣味でもない。しかし、ふたりは謎を解くことでしか先に進んでいけない状態になっていき、謎を解かざるをえない状況になっていく。それがこの話の一番面白いところであり、この映画でやりたいことでもあったと思います。この人たちどうしてこんなにも謎にこだわってるのか? 出現した謎を解くことが、村重と官兵衛にどういう作用を及ぼしていくのか? そこが一番興味深かったです。だから、謎を解く行為そのものが謎で、謎を解けば解くほど、この人たちはどこに向かっていくのか、分からなくなる。それがこの映画の一番の醍醐味だという気がします」

劇中で提示されたすべての謎が解かれて結末を迎える。通常のミステリーであれば、スッキリして物語が終わる。しかし、本作は謎を解く中で変化し、元には戻れなくなってしまった者たちの物語だ。先ほど黒沢監督が村重の史実を紹介したが、それがどのように描かれるのか? どのように映画が終わりを迎えるのか? 観客の予想もつかない展開が待っている。
「終わり方についてはそんなに悩みませんでした。荒木村重が城を出ていく。そこが映画の終わりだということは何となく分かっていた感じはありました。出ていく姿がどう見えるかは、やってみないことには分からないと思いましたけど、何があっても出ていくんだと。歴史的な事実として、村重が城を出ていくことが100パーセント確定しているからこそ、彼がなんの理由で、何を目的に出ていったかは描く必要がないかもしれないとさえ思いました。出ていくことは決まっていて、いろんなことがあって出ていった。そのいろんなことっていうのは別に理由でも目的でもなく、彼が被ったいろんなことであれば、映画の結末に彼は城を出ていく。それは映画という表現の無責任な強みかもしれません」
あの城で、地下牢で、荒木村重は一体、何を“被った”のだろうか? 観終わった後もズシリと想いが残る、しかし鑑賞中はとにかく痛快でエキサイティングな新しい娯楽時代劇を心ゆくまで楽しんでほしい。
『黒牢城』
6月19日(金) 全国公開
取材・文:中谷祐介(ぴあ)
(C)米澤穂信/KADOKAWA (C)2026映画「黒牢城」製作委員会

