働き方にグラデーションを 『わたし、定時で帰ります。』が描く、子育てと仕事を両立させる難しさ
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「先輩は、何と戦ってるんですか?」
火曜ドラマ『わたし、定時で帰ります。』(TBS系)の第2話で描かれたのは、子育てと仕事を両立させる難しさだった。
参考:内田有紀が明かす、人生の楽しみ方 「頑張ってる自分も、変な自分も、全部受け入れる」
仕事は効率的にこなして定時に帰ることをポリシーにしている結衣(吉高由里子)のもとに、先輩の賤ヶ岳(内田有紀)が育休から復帰してきた。だが、復帰後の様子が少しおかしい。
かつては「帰れるときには定時で帰ろう」「仕事はみんなでするもの」と話していたはずの賤ヶ岳が、「残業でもなんでもやります! 休みなんていりません」と上司や取引先に猛アピール。一緒に働くメンバーに対しても「私が任された案件だから」と独りよがりな発言が続く。「子どもがいるからって戦力外扱いされたくない」。妊娠がわかった途端、最前線を退くようにと言われた賤ヶ岳は、愛する仕事を守るために必死だった。
“夫が育休を取って、妻が職場復帰した“。そう聞いて「幸せですね」という反応を見せる人はまだまだ少数派だ。多くの場合は「ママが赤ちゃんのそばにいなくてかわいそう」「旦那さん、仕事できないの?」「家事も仕事も中途半端になるのでは?」というネガティブな意見が飛んでくる。男女逆ならそんなことは言われないのに……。自分がバリバリと仕事をこなすことで、子育て中の女性がもっと働けるのだと見せなければと、自分を鼓舞していた。
だが、スタートダッシュを決めようと張り切るものの、やはり独身時代とは勝手が違う。睡眠時間も断続的になるし、自分の体と違って子どもの体調不良にどう対処していいかわからない。復帰直後はキラキラとしていた賤ヶ岳も、徐々にメイクもヘアスタイルも手が回らなくなっていく様子が妙にリアルだった。思うようにことが進まないストレスに押しつぶされそうな賤ヶ岳を、結衣はなんとかサポートしたいと手を差し伸べる。だが、自分がやるんだと決めたからには周りに頼れないと頑なになっていくのだった。
仕事に対してはキャリアを誇る賤ヶ岳も、母親としては新人だ。子どもを持つことでキャリアがリセットされるというよりは、まだ誰もクリアしたことのないステージに立たされた感覚に近いのではないか。先にゴールした人も見当たらず、攻略法も見いだせない。共に進むパートナーも、同じように父親1年目。すべての問題に正面からぶつかるし、うろたえてしまう。
仕事の場合は、職場に同じような経験をした人がいて、新人が今どんなことに悩んでいるのかも察することができる。だが、育児をしながら職場復帰する経験をした人は、まだまだ少ない。職場のメンバーも受け入れ初心者なのだ。
経験のないことだからこそ、何に困っているのかも見えず、ただただ「無理をしないで」としか言えない。だが、その言葉に当の本人はそれを「使えないと思われているのでは」と後ろめたさを感じながら働くことになるというすれ違いは、とても悲しい。
ならば、子育て経験者ならわかってくれるかというと、親世代とは働き方そのものが違う。思い返せば、昭和から平成へと移り変わった1989年の流行語は「24時間戦えますか」だった。企業戦士として夫が家庭も顧みずに働き、妻が家庭と育児に奮闘するのが「当たり前」とされていた時代から、30年。「24時間戦えますか」から「わたし、定時で帰ります」へ。こんなにも「当たり前」が変わろうとしている。
そんな変化を受け入れるのに必要なのは、何よりも理解と想像力だ。子育てしながら働くというのが、どんな生活になるのか。それを知らなければ、どうサポートしていいのかも見えてこない。だからこそ、本作のようなドラマで子育てで追い込まれる部分や陥りがちな考えなどを描くことで、子育て経験のない人たちにも想像するキッカケになるのではないだろうか。この作品を見た多くの人がWeb上に感想を述べている。その異なる視点を知り、さらに自分がどう思うのかも掘り下げていく。
最前線か戦力外か、その2択しかなかった働き方に、もっとグラデーションを。平成から令和へと移り変わる今、多様な価値観と共に十人十色の頑張り方を認め合う社会へ。そのために私たちは何を考えるべきかというヒントをくれるドラマになりそうだ。
(文=佐藤結衣)