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愛する楽器 第4回 ヨシダダイキチが創った、誰でも弾けるシタレレ

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ヨシダダイキチ

アーティストに特にお気に入りの楽器を紹介してもらうこの企画。第3回はシタール奏者として知られるヨシダダイキチがシタールとウクレレから発想を得て、自ら考案したシタレレを紹介。シタール、シタレレそれぞれの魅力を語ってくれた。

抽象的で曖昧

シタールは、中世のデリー・スルタン朝時代に生きたイスラム神秘主義者で音楽家のアミール・フスローという人が作った楽器とされます。北インド地方の楽器ですが、アラブやペルシャからの影響も受けています。ちなみにインドでは弦楽器全般をヴィーナと呼び、それが日本に伝わったものが琵琶です。

シタールの弦は上下2段に張られています。下は共鳴弦が10本程度、上はベース弦、ドローン弦、リズム弦、メロディ弦があり、メロディは1本の弦で弾きます。1オクターブ弾くのに竿部分を横に50cmくらい腕を動かさないとならないですが、日本の琵琶と同じように、弦を引っ張ることで各フレットで5度の音程を出すことができます。例えばファのフレットで高いドまで。弦を引っ張ると音程が曖昧になりますが、それがインド的で、アジア的なんです。

ピアノなどの楽器が白黒ハッキリした明確さや具体性を重視するのに対して、シタールやアジア各地の楽器は曖昧さや抽象性を重視します。それは仏教のお経が時間や空間を超越したファンタジーなのに対して、聖書は歴史的史実(と思われている事件)が明確に書かれているのにも通じます。アジア人は曖昧で抽象的でファンタジーなものが文化的に好きなんです。

間近で聴く師匠の演奏にお手上げ

僕は1996年、何の目的もなくただインドに行って、なんとなくシタールを始めました。なのでインチキでずっと弾いてました(笑)。それがインチキでなくなったのは14年前、デリーでウスタード・シュジャート・カーン(“ウスタード”はイスラム教徒の音楽家や職人に対する敬称)に弟子入りしてからです。それまでもインドのローカルなシタール奏者には習っていたものの、僕としてはインドの伝統音楽を極めるつもりはなく、1990年代からのレイヴカルチャーやサブカルに乗っかってヒッピー風になんとなく弾いて、それでいいじゃないかと思ってました。でも、せっかくなら伝統音楽もこっそり学ぼうかなと。

もう亡くなっていますが、インド政府から「シタールの太陽」という称号を授与され、現代シタールのすべてを作り上げたのがウスタード・ヴィラーヤット・カーン。その息子が僕の師匠のウスタード・シュジャート・カーンです。先代のコピーではなく21世紀のシタールのスタイルを生み出してる人です。

何度もグラミー賞にノミネートされるほどすごい演奏家なんですが、彼のホームページに携帯電話の番号が書いてあったので「弟子にしてください」と電話してみました(笑)。そしたら、「とりあえず来い!」と言われて。インチキとは言え僕もそれまで10年も弾いていたんですよね、だからそこそこ自信もあったんです。

行ってみたらとんでもなかったんですよ。レッスンは口伝なので面と向かって1mくらいの距離で習うのですが、その距離で聴く師匠の演奏に10秒でノックアウト。10回レッスンを受けてボコボコにされて、ヨレヨレで帰国して悶々と考えました。「これは足を踏み入れたらダメなヤツなんじゃないか? このまま師匠に習い続けるという事は、インドの伝統音楽に自分の人生をすべて捧げてしまうということなんじゃないか……」と。それまでレイヴでサブカルなシタールで全然イケていたので(笑)。

半年くらい考えた末、人生1回きりなのでとりあえずやってみよう、と。その代わり、野垂れ死ぬかもしれないけれど(笑)。そこからはもうずっと練習です。基本的には起きている間はずっとずっと練習してました。そして1年後に再び師匠の前で演奏すると、師匠は「フーン」、また1年猛練習して「フーン」のひと言です。それが13年続きました。毎年毎年「フーン」(笑)。口伝で学ぶ場合、師匠は手取り足取りは教えてくれず基本的には示すだけです。でも僕は師匠に怒鳴られてないだけマシで、台湾から来てる兄弟弟子は「お前は何をしにインドに来ているんだ? 観光か? 観光なら俺の家には来るな!」と怒られて。毎年泣きながら稽古に通ってます。

師匠からの「パーフェクト!」まで14年

練習は、ひたすらスケール練習、これをずっとやっているんです。1日中、起きてる間はこれだけずっとやって、限界に達したら寝て起きたらまた練習。UAみたいな有名な歌手の伴奏などの仕事をやりながら生き延びて。それを14年続けて、今年はやっと師匠から1フレーズだけ「パーフェクト!」と言われました。

でも、14年も必死に練習して師匠に少し認めてもらって、やっとゴールが見えてきたかと思ったら、まだ1stステージクリア程度だった。それでまた悶々と考えた末、これは1万回生まれ変わって修行するレベルだから、練習は来世に回そう、と。修行僧が山を下りるみたいに、クレイジーな練習を止めることにしたんです。

“練習禁止”の創作楽器、シタレレ

修行を来世に持ち越しにして(笑)暇にしていたら、シタレレを思いついたんです。シタレレはシタールの苦しい修行とは正反対のとにかく楽に、みんなで遊べる楽器として作りました。だから練習禁止にしてるんですよ。

シタレレの基本的な構造はシタールと同じで、上の弦と下の共鳴弦がありますが、竿の長さはシタールの半分で、エレキギターと同じソリッドボディでピックアップマイクが付いてます。

シタールは座禅を組んで持つので、構えた瞬間から苦しい修行が始るわけですが、シタレレは、椅子に座って誰でも簡単に構えられるような形にしました。ギター用の糸巻きを使っていて、安いギターチューナーを使ってチューニングもすぐにできます。シタールだとチューニングができるようになるまで10年以上かかります(笑)。ラーガというメロディを修得しないとチューニングできませんから。

シタールはフレットが多いですがシタレレは6個にしてます。それでもシタール同様に弦を引っ張れるのでたくさんの音程を弾けます。ベース弦、リズム弦、メロディ弦をシタールのように使いながら。さらにエフェクターも使えて。普段ギターを弾いている人だったら、シタレレを手にした瞬間から弾けますよ。

これまで先進的な楽器や音楽は、曖昧さや抽象性をなくしてドならド、レならレ、といったような明確さに向かって来ました。でもそれとは違う曖昧で抽象的な楽器や音楽を好む民族の人たちは世界中に何十億人もいて、人口比率からみても圧倒的で、そういう国が今、どんどん経済発展していて。だから10年、20年後には曖昧でや抽象的な音楽が主流になることもあり得る。だから日本人も今からそういう音楽をスタートさせたほうがいいけれど、巷にはそんな楽器は売ってないでしょ。一方シタレレは、曖昧で抽象的な音を気軽だけど本格的に出せる楽器です。

この楽器をアジア各地に広げるべきだと思っていて、6月には台湾でコンサートやワークショップを行うし、この前はシタレレの注文がシンガポールから入りました。だから今は人手不足。シタレレを一緒に作る人も、手伝ってくれる人も、シタレレのバンドメンバーも募集しています。修行を来世に持ち越したから暇になったはずのに、シタレレを作り始めたので今は忙しくなってしまいました(笑)。

ヨシダダイキチ

シタール奏者。インド唯一のシタールの流派であるイムダード派の7代目、ウスタード・シュジャート・カーンの弟子。インド各地、中国、台湾、韓国、カナダ、アメリカなど国内外で活動する。UAなどに楽曲提供するほか、「ヨルタモリ」「題名のない音楽会」「ムジカ・ピッコリーノ」などテレビ番組にも出演している。YoshimiO(BOREDOMS、OOIOO)とのユニットSAICOBABのアルバム「SAB SE PURANI BAB」は「2017年聴くべきアルバムtop15 (米Rolling Stone)」「2017年間ベストアルバムtop27(英The Wire)」に選ばれた。

今年6月にはインド在住の16歳タブラ奏者レオ・ハヤシと東京、大阪、沖縄、台湾を回るツアーを行う。また7月21日には写真家の藤原真也氏を招いて、北インド古典音楽ライブ「旅の音色」を東京で開催する。

現在は演奏活動のほか、シタレレの製作と販売も精力的に行なっている。

取材・文 / サラーム海上 撮影 / 阪本勇