『いだてん』森山未來の演技が凄まじい “古今亭志ん生”への一歩を踏み出した『文七元結』
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『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』(NHK総合)第16回「ベルリンの壁」が4月28日に放送された。ベルリンオリンピックを目指し、走り続ける四三(中村勘九郎)の姿も印象的だったが、“悪童”として名高い孝蔵(森山未來)がのちの“古今亭志ん生”として第一歩を踏み出す姿に注目したい。
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1914年、四三が教員になる道を捨て、プロフェッショナルのランナーとして練習に明け暮れていたとき、孝蔵は師匠・小円朝(八十田勇一)に一座を追い出されていた。旅先で無銭飲食をし、逮捕される孝蔵。そんな彼が偶然目にしたのは、円喬(松尾スズキ)死去の記事だった。
第15回で、自身の落語をからかわれたことに腹を立て、師匠である小円朝を殴ってしまった孝蔵。一座を追い出された孝蔵の姿は、円喬と出会う前の“悪童”に逆戻りしている。無一文の孝蔵だが、“悪童”時代はなんとか人を騙くらかしてやり過ごしてきたに違いない。孝蔵はことあるごとに落ちぶれており、初高座の緊張から酒に走って酔いつぶれたり、今回は師匠に追い出されて飲んだくれたりする。しかしそんな孝蔵のどうしようもない一面を、森山が「悪気はない」といった表情で演じているためか、どこか憎めない。手に負えない“悪童”である孝蔵の顔を見ていても、「孝ちゃんなら仕方ないか」と思わせてしまうような魅力がある。とはいえ、結局は逮捕されてしまうのだが。
そんな孝蔵は、獄中たまたま目にした新聞記事で円喬の死を知る。孝蔵は師匠の死を唐突な形で知った虚しさからか、息を吐き出すように力なく「師匠ー」と呼び続ける。森山の演技から、突然の訃報に困惑し、心にぽっかり穴が空いてしまった孝蔵の虚しさが伝わってくる。「師匠ー」「師匠ー」と力なく呼び続けるその姿は、森山にしかできない悲しみの演技だった。
円喬の死を知った後も獄中生活が続く孝蔵。牢名主(マキタスポーツ)から芸を見せろと挑発された孝蔵は、円喬に捧げようと人情噺『文七元結』を演じるが、牢名主は寝てしまう。牢名主に「面白かねえ」と言われ、思いつめる孝蔵。そんな孝蔵に、牢名主は「旨いものを食べているときに旨い表情をするように、面白い噺のときは面白そうにやれ」と伝える。「そういうクセェことはしねえ」と反発する孝蔵に、「クセェかどうか決めるのは客だろ」と言う牢名主。
ここからの森山の演技が凄まじい。牢名主から言われた言葉が腑に落ちたのか、それとも単純に悔しかったのか、そのどちらとも取れる表情を見せた孝蔵は「今度はクサくやります」と再び『文七元結』を演じ始める。そこからの『文七元結』は鬼気迫るものだ。身投げしようとする文七とそれを必死で止める長兵衛が取り憑いたかのような演技。そして孝蔵の『文七元結』と松尾演じる円喬の『文七元結』が重なっていくと、文七と長兵衛の関係は、そのまま孝蔵と円喬の関係につながっていく。百両をなかなか受け取らない文七と「いいから持ってけ!」と渡す長兵衛の姿は、孝蔵を小円朝に預け、孝蔵に餞別を投げつけた円喬の姿そのものだ。百両を渡された文七を演じる孝蔵の目には、今は亡き円喬の姿が浮かんでいたのかもしれない。涙を流し、唾をまき散らしながら、演目中に思わず口にしてしまった「師匠ー」という呼び声は、孝蔵の悲しみをひしひしと伝えてくれる。
森山が『文七元結』を演じているとき、森山の姿が孝蔵そのものに見えるだけでなく、文七にも長兵衛にも、そして円喬にも見える瞬間があった。森山1人で演じているにも関わらず、文七と長兵衛の関係、そして孝蔵と円喬の師弟愛が濃密に伝わってくる。あまりの熱演に、心揺さぶられるだけでなく、その底知れぬ演技力に恐ろしさを覚えた視聴者もいるのではないだろうか。
自ら髪の毛をバッサリ切り落とし、小円朝のもとへと戻った孝蔵。再び落語の修行に励む孝蔵が『寿限無』を演じる姿が映し出されるが、その姿はすでに、ビートたけし演じる“古今亭志ん生”に重なりつつある。第16回は、“悪童”から脱し、“古今亭志ん生”へ近づいた孝蔵の魅力的なキャラクターと森山の凄まじい演技力が伝わる回となった。(片山香帆)