『きみの鳥はうたえる』三宅唱が明かす、映画作りの醍醐味 「“幸福な時間”を体験してもらえたら」
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2012年の劇場公開第1作『Playback』以来、日本映画界のホープとして注目を集め続けてきた監督・三宅唱。2018年を代表する1作となった『きみの鳥はうたえる』は、主演を務めた柄本佑が第92回キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞を受賞するなど、数々の映画賞に輝いた。いま最も最新作が気になる三宅監督は何を考えているのか。
『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』『オーバー・フェンス』に続く、佐藤泰志原作小説の映画化4作目となる『きみの鳥はうたえる』は、“僕”(柄本佑)、佐知子(石橋静河)、静雄(染谷将太)の微妙なバランスのなかで成り立つ幸福な日々が描かれる。
リアルサウンド映画部では、本作のBlu-ray&DVD発売を記念して、いまだからこそ語れる撮影の裏側、今後の展望など、じっくりと話を聞いた。
●友達みたいな距離感で登場人物たちと一緒に時間を過ごす
ーー数々の映画賞に輝いた『きみの鳥はうたえる』ですが、改めて自宅で鑑賞すると劇場とはまた違う魅力を感じました。三宅監督の過去作とも共通しているのですが、登場人物たちが非常に身近な存在として浮かび上がってくるイメージがあります。
三宅唱(以下、三宅):『きみの鳥はうたえる』は恋愛映画であると同時に、身近な存在についての映画、つまり友人関係についての映画と捉えていました。普段、町中でも友達同士で騒いでいる連中がいると、嫌だなあと思うことってありませんか?
ーーわずらわしい、近寄りたくない、と思いますね。
三宅:でも、そんな傍から見たら「嫌だな」と思う連中でも、一歩距離を縮めて中に入ると、「めっちゃ良いやつじゃん!」と思うこともあるわけです。この映画を作るにあたって、僕、佐知子、静雄の3人を遠巻きに見るのではなく、そんな友達みたいな距離感で3人と一緒に時間を過ごしたいと意識していました。映画を観る行為は、それが映画館であろうが、DVDだろうが、約2時間登場人物たちと“一緒に過ごすこと”だと思うんです。麻薬の運び屋になってしまうこともあれば、宇宙に飛び出て地球を守ることもある。それが映画の何よりの面白さだと思っているので、登場人物たちとどう過ごしてもらえるかというのは大事にしています。
ーー僕、佐知子、静雄の3人と自分も友達になったような感覚に陥るときがありました。特に魅力的だったのが、佐知子を演じる石橋さんです。三宅監督の作品には『密使と番人』に続いての出演となりましたが、三宅監督の目から見て石橋さんはどんな女優ですか?
三宅:ご本人自身、すごく格好いい女性で、尊敬しています。「僕」や静雄や店長らが惹かれてしまう謎めいた魅力を持った佐知子と、石橋さんご自身の魅力がうまく結びついたのかなと。
ーー劇中、3人がクラブに訪れて佐知子が踊るシーンがあります。とにかくこの佐知子が魅力的だったのですが、後ろから僕がだんだん近寄ってきて後ろから抱き寄せるときに、「俺もそう思ってたところだよ!」と思わず身を乗り出してしまって(笑)。
三宅:(笑)。
ーー自分もあのフロアに訪れていて、佐知子を“見つけた”ような感覚に誘われました。あれだけ魅力的なシーンを撮るのに何か狙いはあったのでしょうか。
三宅:ありがたいですね。あのシーンで重要だったのは、佐知子が心から音楽を楽しんでいる姿を捉えることができるか。それ以外のことは何も考えていなかったんですが、実際には、石橋さんも音楽を楽しめる人だったので、あとはそれを撮るだけでした。メイキング映像にも収められていますが、あのシーンは照明部も蛍光灯を持って踊っているし、カメラマンも助手にカメラを渡して踊りに行ったり(笑)。スタッフ全員も単純に楽しんでいたシーンなんです。僕もエキストラの方と一緒にめっちゃ踊っていました(笑)。
ーーなるほど。その楽しさが観ている方にも伝わったのかなと。佐知子に「抱きつきたい!」と思ってしまいましたから(笑)。
三宅:(笑)。ここ、削らないで太字にしておいてくださいよ!
ーー勘弁してください(笑)。
●海外からも絶賛の声が集まった佐知子の人物像
ーー3人の関係性が表れていると感じたのが夜のコンビニのシーンです。あまりにも自然でアドリブも多いのかなと感じました。
三宅:実はものすごくテストを重ねています。というのも、コンビニ内はガラスの反射が非常に多いので、スタッフがどういった順番で隠れていくか、3人がどう店内を動いていくかなど事前に計算しておかないといけないんです。このシーンを自然に観ていただけるというのは、3人が本当に素晴らしい役者であることを証明していると思います。3人ともどうすれば面白くなるか、というのを常に考えてくれていて、アイデアを交換しながら作り込んでいきました。
ーー時代設定が違うこともありますが、コンビニのシーンは原作小説には描かれていないこともあり、何か三宅監督の狙いがあったのかなと思いました。
三宅:狙いというほど大げさではないのですが、まずコンビニが単純に好きなんです(笑)。今年で35歳になるのですが、友達とコンビニに行く時間が明らかに減ってきていて。撮影中になるとスタッフたちと一緒に行く機会があるから、これが実に楽しい。普段は絶対に買わないお菓子を買ったり、普段は絶対に読まない雑誌を立ち読みしてみたり。
ーー絶対に飲みきれない量のお酒を買ってしまったり。
三宅:そうそう。カゴにどんどん入れていく感じね(笑)。店内にいるお客さんを含めて、コンビニにはいろんなドラマが溢れているなとずっと感じていたんです。今回、わずかではありますが、やっと撮れたという思いです。
ーーそういった何気ないシーンの積み重ねが、彼らと一緒に過ごしている感覚に誘ってくれていたんだなと改めて感じました。
三宅:原作小説でも、映画館、ジャズ喫茶、彼らの行きつけのバーなど、3人が過ごす“幸福な時間”が描かれているわけです。それを現代に置き換える中で、コンビニもひとつの要素として機能してくれたのかなと思います。
ーー佐藤泰志さんの小説の映画化は本作で4作目となります。『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』『オーバー・フェンス』と、いずれも高評価を受けていただけに、最初に本作のオファーが来たときはプレッシャーもあったのでは?
三宅:熊切和嘉監督、呉美保監督、山下敦弘監督の3人が素晴らしい仕事をしていたのを、いち映画ファンとして観ていました。だからすごく光栄なオファーだと思うと同時に、意識しすぎると見上げてしまって何もできないから考えすぎないようにしよう、というのが正直なところでした。登場人物たちの年齢も今までの3作品よりも少し下で、佐藤さんがこの小説を執筆されたのも31歳のとき。僕がオファーをいただいたのも30歳のときだったので、なにか運命めいたものを感じました。一連の作品ではなく、この物語だけに集中すればいいんだと。
ただ、実際に映画が公開された後に感じたのは、今までの3作品が日本全国の方々に受け入れられていたというエネルギーでした。3作品を観ていた方が、本作にも足を運んでくださることが多かったので、改めて佐藤泰志さんの映画化に名を連ねることができたことを光栄に思います。
ーー劇場公開時の反響について聞かせてください。僕のような30代にとってはドンピシャな部分が多々あったのですが、世代によって感想の違いなどはありましたか。
三宅:細かく言えばいろいろあるんですが、海外の方も含めて、幅広い年代の女性ーーそれこそ貴婦人から女子高生までーーが、「佐知子が本当に好きです!」と伝えてきてくれたことです。すごくうれしかったですし、石橋さんにもその都度伝えていました。
ーー佐知子は男女問わず惹かれてしまいますよね。
三宅:ベルリンで上映した際に、年配の方が「彼女はエナジー・オブ・フリーダムだ」と表現してくれて。友達の母親からも、「ラストの佐知子の顔、あれは女性たちがいつもしている顔で、でも誰もちゃんと気づいてくれていない顔なんだ」と。あとは、「これから大学を卒業するんですけど、ほんとに今のタイミングで佐知子というキャラクターを見ることができて本当によかった」という女性もいました。
ーーラストシーンの“残酷さ”も含めて、佐知子には僕もやられっぱなしでした。原作小説とも大きく異なる点ですが、どんな意図があったのでしょうか。
三宅:小説の中では3人の関係性が殺人事件という悲劇的な形を持って終焉します。でも、映画においては表現次第では、殺人事件よりも愛の告白の方が切実なものとして伝わることもあるんじゃないかと。より残酷で、より愚かで、より苦しいものとして。愛の告白は誰にでも起こりうることですから。
ーー殺人よりも愛の告白が残酷というのはすごく納得です。
三宅:男ってバカですからね(笑)。そのバカさを肯定したいとは全く思っていないのですが、それと同時にすごく素敵なカッコいいことをやった勇敢な男だなという思いもあります。
●パッケージならではの“見方”
ーー本作は三宅監督初のパッケージ発売作品ということで、改めてパッケージならではの「見方」などがあれば教えてください。
三宅:もちろん、映画監督として劇場で観てもらいたい気持ちは一番ですが、映画館で観ることができなかった方に届ける機会ができることは単純にうれしいです。あとはやっぱり特典映像ですね。僕自身も大学生の頃からいろんなDVDの特典映像のメイキングなどを観て、「こんな楽しそうな仕事あるの?」と思って今に繋がっているようなものなので。今も監督や役者の副音声を聞いて、気づきを得ることも多いです。
『きみの鳥はうたえる』も副音声を収録したので楽しんでいただければ。メイキングもいわゆるプロのカメラマンではなくて、ちょっと違う形のメイキングカメラマンにお願いしました。それゆえに、普通は絶対に入らないだろうっていう、それこそ友達みたいな距離感までカメラマンが入ってるんですよ。平気でとんでもないタイミングで撮影していて。なかなかいい姿がたくさん映っていると思います。あと、注目していただきたいのは、クラブのシーンの使っていない素材を使用して作った『シーン35』です。個人的にはもうこれは、新作短編と言いたい。
ーークラブのシーンがたまらなかった自分にとっては非常に楽しみです。劇場のときよりも距離が近い分、よりディテールを楽しむこともできますね。個人的には、佐知子のブラジャーを止めるシーンがあるじゃないですか。あれを1回前で付けて回すのとかが、すごいディテールがちゃんとされていてすごいなと……。
三宅:(笑)。演出の面白いところって、脚本には書いていないことをどう表現するかを考えることです。「ブラジャーを付ける」と書いてあっても、それをどう付けるかでその人物の個性が出る。タバコの吸い殻、タバコの銘柄、読んでいる本のタイトル……そういった具体を考えるのが映画作りの楽しいところでもあります。映画館で見逃していた方が自宅でリラックスした環境でもう1度観ることによって、そういった細部を新たに発見してもらえるなら、仕事した甲斐があると思います。あと、『きみの鳥はうたえる』は意外と友達や恋人とツッコミしながらダラダラ観たら楽しいんじゃないかな。
(取材・文=石井達也)