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アーティストを作った名著 Vol.13 三船雅也(ROTH BART BARON)

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ROTH BART BARON

日々創作と向き合い、音楽を生み出し、世の中に感動やムーブメントをもたらすアーティストたち。この企画は、そんなアーティストたちに、自身の創作や生き方に影響を与え、心を揺さぶった本について紹介してもらうものだ。今回はROTH BART BARONの三船雅也(Vo. G)が登場。幼少期に読んだ作品や、大人になって改めて影響を与えられた小説など、3冊の本について紹介してくれた。

01. 「注文の多い料理店」(新潮文庫)
著者:宮沢賢治 

いつもと違う帰り道を通って冒険したくなる

「わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、宝石いりのきものに、かわっているのをたびたび見ました。
わたくしは、そういうきれいなたべものやきものをすきです。」

物語には関係のない序文が僕は大好きで何度も読み返しました。
大半の友人や、僕の周りにいる人間はこの感覚を大人になる過程でなくしてしまったり、自らトドメをさしてしまったりしているのですが、子供の頃読んだときのこの感覚は僕の心の何処かにまだ生きていて、こういう感覚を大切に忘れないで生きている大人がこうやって物語を書いたり、歌を作ったり、ロケットを作ったりしているのは世界もまだまだ知らないことや捨てたものじゃないことがたくさんあるぜ、と思い起こさせてくれます。いつもの帰り道をちょっと違う道を通って冒険したくなる、そんな作品。その心を忘れたくないものですね。

02. 「ゲド戦記」(岩波少年文庫)
著者:アーシュラ・クローバー・ル=グウィン

深い知恵と、知性と、暴力と、人間の力

(*彼女は昨年亡くなってしまい、生きてるうちにお話をしたかったのですが非常に残念です、あの世の楽しみにとっておこうと思います。)

ただのファンタジーかと思いきや60年代のカウンターカルチャーを存分に身にまとったこの作品集は、子供をワクワクさせるだけの楽勝物語ではなく、深い知恵と、知性と、暴力と、人間の力が描かれている。
主人公ゲドは黒人で、白人に村を侵略されるところから彼は魔法の使い方を覚える。成長し魔法学校に通う描写、物語の裏側に広がる膨大な情報はハリー・ポッターの数倍の情報量、よくできているのは魔法を使えばその分何かが失われるということです。よくあるファンタジーでは魔法は無限に使えますが、この物語では雨を降らせれば、どこかの街は日照りになってしまうのです。結局魔法は全知全能ではなく、ちょっと絵がうまいとか、ちょっと歌がうまいとかそういう力なのです。魔法とはただ世界を知ることなのです。少年の成長物語の中には、男性が形成した世界の中で苦しむ女性、白人が生み出した世界で苦しむ有色人種、共に暮らしてきたが今ではお互い憎み合う龍と人が、ときには残酷に、しかし力強く生き生きと描かれている。残酷な現実の中で絶望しない希望をみる濁りのない目がここにはあります。無責任な励ましはいりませんから。子供も大人もぜひ。

03. 「こころ」(新潮文庫)
著者:夏目漱石

時代の終わりと始まりに必要な物語

明治時代の終わり、明治天皇は崩御され、忠義を尽くし、侍の時代を捨てた文明開化の裏側で富国強兵という西洋への強烈な憧れとコンプレックスと危機感の中、その頂点である日露戦争で2人の息子をなくし、自らも指揮官として身を削りながらたくさんの犠牲を出し、辛くも勝利した彼は、教科書に出てくる高名なバルチック艦隊を打ち破った東郷平八郎の華々しい美談とは逆に、六本木の奥の邸宅にひっそりと暮らし、のちに司馬遼太郎には“無能”と書かれてしまう、将軍乃木希典という男は明治天皇のあとを追い“誠実な死”を選んだ。

その時代の終わりにいなくなってしまった1人の人間、乃木を思い夏目漱石はこの“長い長い手紙を若者に送る先生の話”を書き上げた、彼らが生きていた時代に始まった、いや明治の彼らが始めた“近代”というものに彼らは悩み、苦しみ、喜んだ、そんな近代の中に僕らはまだ生きている、だがそれもそろそろ卒業しなくてはならないのでしょう。

この強烈な時代の変化の中で、よわよわしく、こころとひらがなで題した漱石の気持ちがいまならなんだかよくわかる気がするのです。
時代の終わりと始まりのまっただ中にある、今の僕らに一番必要な物語かもしれません。