洋画の吹替監修、なぜ監督を起用? 『ヴェノム』『スパイダーバース』手がけた杉山すぴ豊が語る
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「日本語吹替版についてどう思いますか?」みたいな質問を聞かれることがあります。僕自身、TVの洋画劇場で育った世代なので、まず吹替洋画というものにそもそも抵抗がないし、例えば『ダ・ヴィンチ・コード』みたいな情報量の多い映画は字幕よりも吹替版の方が内容はよくわかりました。タレントさんを吹替に起用することについては映画のプロモーションという意味でも「あり」だと思っています。例えば邦画なら、出演している俳優さんがTVのワイドショウとかでPRできますが、洋画だとそれは出来ない。ならば吹き替えに日本の芸能人の方を起用して、こうしたPRを稼ぐというのも映画の知名度をあげるのに役立ちます。
参考:吹替の難しさ
そう言えば映画『ドクター・ストレンジ』でマッツ・ミケルセンさんが来日した時、日本語吹替版でマッツさんの声を担当した声優の井上和彦さんがその場にかけつけました。井上さんは、マッツさんのTVドラマ『ハンニバル』の吹替も担当しており、日本のファンの間では、マッツさん=井上さんなのです。ディズニーさんはそこをよく分かっていて、『ドクター・ストレンジ』でも井上さんを起用しました。その時、マッツさんが「吹替作品というのもオリジナルと同じぐらい芸術だと思う」という趣旨の発言をして、ファンから大きな拍手が起こりました。
日本語吹替版もそれ自体が「作品」である、と考えるなら誰が声をあてるか? に加えて、その吹替版の監修・監督も重要です。『シャザム!』の吹替版監修に福田雄一監督が起用。『スパイダーマン:スパイダーバース』の吹替監修には『ガールズ&パンツァー』『PSYCHO-PASS サイコパス』などの岩浪美和さんが音響監督として抜擢されていました。どちらもアメコミ原作の映画です。
『シャザム!』は、スーパーヒーロー映画ですが、シリアスなアクション物ではなくどちらかというとコミカル。少年が大人に変身したという設定上、見た目は大人なのにガキっぽいセリフをとばしまくりますから会話部分も楽しい。こうしたコメディ映画的要素が『シャザム!』の魅力の一つ。福田雄一さん自身は映画や舞台、TVで多くの話題作を手掛けていますが海外のコメディの翻訳舞台に定評がある方。そこを期待されて『シャザム!』に声がかかったのだと思います。
一方『スパイダーマン:スパイダーバース』。アニメ大国日本において、ディズニー以外のアメリカのアニメ映画はなかなか受け入れられない。そこで岩浪さんに参加してもらうことで、『スパイダーマン:スパイダーバース』を“日本のアニメ・ファンも観るべき映画”として打ち出すことが出来ました。
ところで“吹き替え”というのは映像を見ながら耳で聴くものですよね。なにを言いたいの
かというと岩浪さんは音響の方だし、福田さんも今回、字幕監修ではなく日本語吹替監修で
す。従って完成された映像はいじらず(当たり前ですが)、それを観客の皆さんにどう日本
語で語って届けるか? というお仕事です。それで思い出すのは、昔映画が無声映画だった頃、映画をスクリーンに上映しながら、その横に活弁士という方々がいて、その内容を生で語っていくという興行形態がとられていました。人気活弁士というのもいたようですから、誰が活弁を担当するかで映画自体の面白さも変わり、映画の売りにつながっていたようです。日本語吹替版の監修・監督さんの役割というのは、かつての“活弁士さん”に近いのかも知れませんね。
さて、福田さんや岩浪さんは、ちょっとマニアックなコンテンツをもっと多くの人に届けるための起用だと思うのですが、その逆のパターンで、僕は『ヴェノム』『スパイダーマン:スパイダーバース』の日本語吹替監修役として声がかかりました。ファン視点で翻訳とか言いまわしで気になるところはあるか、みたいなことをチェックしました。ただ秒数や口の動きにあわせるためセリフのボリュームは限られるので、いかにそこにおさめるか苦労するし、“変異する”みたいな言葉は漢字で見るとわかりますが、日常会話だと使わないので“変化する”に変えたりとか、日本語版をつくられる方の大変さがよくわかりました。
それでも作業しているうちにちょっと欲が出て、こうした方がファンの方は喜ぶかも、と提案して通った案がいくつかあります。『ヴェノム』において、主人公の元カノがヴェノム化するシーンがあり、これは原作コミッックでいう“シーヴェノム”なのですが、この映画の劇中シーヴェノムと呼ばれることははないのです。しかしこのキャラが現れたシーンで“シーヴェノムよ”と名乗らせました。また『スパイダーマン:スパイダーバース』でヴィランのキングピンが、60年代のスパイダーマンのアニメの主題歌を口ずさむシーンがありますが、ここはこのアニメが日本で放送されていた時の歌詞にしてもらいました(♪蜘蛛人間だあ、というフレーズです)。SNSとか見るとこのあたりが好意的にバズっていて嬉しかったです(笑)。 (文=杉山すぴ豊)