驚きと発見の連続。巨匠フレデリック・ワイズマンが新作映画を語る
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『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 (C)2017 EX LIBRIS Films LLC - All Rights Reserved
ドキュメンタリー映画の巨匠として知られ、2016年にはアカデミー名誉賞を受賞しているフレデリック・ワイズマン監督。これまで競馬場や動物園、オペラ座、美術館などさまざまな場所を記録してきた彼だが、通算41作目となる本作『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』では題名通り、ニューヨークの図書館をドキュメントした。
ニューヨーク公共図書館は、ボザール様式の建築で知られる本館を含む92もの図書館からなる世界最大級の図書館。世界で最も有名な図書館のひとつであり、ニューヨーク有数の観光スポットでもある。そんな世界屈指の図書館に目を向けた理由をワイズマン監督はこう明かす。「ニューヨークではないけど、僕はいろいろなことを学べる場として公共図書館をよく利用してきた。フランスやロンドンの公共図書館に足を運んだこともある。日本の図書館は行ったことがないけどね(笑)。今回、その中でニューヨーク公共図書館を選んだ理由は、至ってシンプル。世界有数の図書館と称されるニューヨーク公共図書館に興味があったから」
自ら図書館の担当者に電話をかけ、取材を打診したという。「代表者と30分ぐらい話をしたんだけど、私の過去の映画を何本か見ていてくれたみたいで、すぐに『いいですよ』と話はまとまった。それから2か月後にはもう撮影をスタートさせていたよ」
図書館サイドからの注文や規制は一切なかったという。「はじめにこう言われたんだ。『開館している限りはずっといていい』と。まったく何の検閲もなかったし、ここは撮らないでくれといわれることもなかった。素材を事前に見せてほしいということもなかったよ」
自由を得たカメラはニューヨーク公共図書館の舞台裏の隅から隅まで入り込む。こうして収められたショットの数々は、ニューヨーク公共図書館の日常を伝えながら、この図書館の存在自体を映し出すとでも言おうか。人にたとえれば人間性や肖像が見えてくる。そのさまざまなショットから見えてくるニューヨーク公共図書館の“顔”は日本では考えられないほど多様だ。エルヴィス・コステロやパティ・スミスなど著名人を招いての講演や、シニアのダンス教室や子どもたちのプログラミング教室といったことは当たり前。障がい者のための住宅手配サービスや、失業者に向けた就職活動のサポートまでしていたりする。これにはワイズマン監督も驚いたようだ。
「僕自身、撮影に入る前には1度もいったことがなかったから、現場は驚きと発見の連続だった。すべての階級、人種、民族に開かれた幅広いサービスをしている。蔵書やコレクションの量も膨大で、それらを扱うスタッフはみなプロフェッショナルで自分の仕事に誇りを持っている。多種多様な教育活動がされていて、コミュニティセンターやカルチャーセンターのような役割も担っている。これほど図書館の活動が広範囲に及んでいるとは想像もしていなかったよ」
その中で、とりわけ印象に残るのが何度も繰り返し挿入される幹部職員による会議のシーン。いかに図書館の予算を確保するのか、出版界および現社会で起きているデジタル革命にどう対応していくか、ベストセラーをとるのか、後世に残すべき本をとるのかなど、激論を交わす幹部職員の会議の場から、ニューヨーク公共図書館の存在、貫かれた姿勢、現在地、そして未来図が見えてくる。そしてまだ図書館にアクセスできていない人にも届けようと模索する彼らであり図書館自体の努力に心を打たれる。これほど開かれた図書館は日本にないかもしれない。「会議は、ニューヨーク公共図書館の姿勢が現れている。だからこそ、撮影したんだ」
そういえばワイズマン監督の作品には会議のシーンが登場することが多い。会議はなかなかデリケートな場。拒否されたことはないのだろうか? また、ワイズマン監督自身、会議に興味があったりするのだろうか? 「1度も断られたことはないよ。今回も特に問題はなかった。会議に興味が特にあるわけではないんだけどね。ただ、そこを代表するいわばトップが大きな決断を下すところは撮りたい気持ちが常にある。そうなると必然的に会議の場を撮ることになるところはあるかな」
実際に撮影してみての一番気に入った図書館を聞くと「あえてあげるなら、ハーレム地区にあるマコームズ・ブリッジ分館かな。小さな図書館なんだけど、このコミュニティの人々にとってこの場所がいかに大切なことかを物語る場面に遭遇したんだ。その場面の感動は忘れられない」とのこと。ただ、「小さなところも、大きなところもそれぞれに特色があって面白い場所ですばらしかった」ということでほんとうはひとつを選べないそうだ。
話は変わって、ここからはワイズマン監督の撮影スタイルについて。まず、今回の撮影は12週間だったというが特に撮影期間を設定しない中で、終わりという区切りはどこで決めるのだろう? 「これはいつも直観的なことなんだ。『素材は揃った、そろそろうちに帰りたいな』と思った瞬間だったりね(笑)。ほんとうに作品によって違うんだけど、撮影中は撮影した素材を毎晩みて、自分の中に何がすでに撮れているかをリスト化して記憶している。そうして進めていくとある瞬間、作品になる素材が十分に揃った、もう作品を完成させるに十分体制が整ったというタイミングが訪れるんだ。ひとつの目安としては、だいたい撮影時間が150時間ぐらいを超えると、そういう時を迎えるかな」
そして毎回驚かされるのがカメラと被写体との距離、カメラの置かれるポジションなどの的確さ。撮影監督とはどのようなコミュニケーションを図っているのだろう? また、カメラマンに具体的に指示を与えているのだろうか? それともある程度、自由に撮影させているのだろうか? 「フリーハンドでやってもらうこともあれば指示するところもある。基本的には僕が録音をしているので、マイクで先導することでカメラマンを誘導することがほとんど。そうやってリードしながら、お互い邪魔にならない位置を確保して、状況によってはポジションを変えたりしながらベストと思える位置で撮影している」
どういうショットを撮っていくかはこれまでの経験が教えてくれるという。「たとえば会議だったら、たいてい1時間半ぐらいは続くことになる。ただ、実際にそのシーンを作品で使うとなると、まあだいたい6〜7分ぐらいにまとめないといけない。となると、過去の経験からある程度、こういうショットは必ず必要ということが予測できる。会議なら話している人同士の切り返しのショットが絶対に必要だとかね。そんな風に、たとえば会議ならそれをひとつのシーンに見立てて、そこにどんな要素の素材が必要で、それがどうすれば最高のショットになるのかカメラマンと考えながら撮っているんだ。こういうことは映画を編集することで学んできた。編集作業というのは、こういうショットがあればと思うことの繰り返し(笑)。その経験は次の作品で思い出して、生かすしかない」
作品を完成に導く上で一番苦労することはなんなのだろう? 「作品によって直面する困難は違う。今回の作品で言えば、構成を見い出すことが難産だった。でも、僕はそれを苦労と思っていない。直面した困難や課題をどうクリアするか。それを克服することは喜びであり、作品作りの面白さだと思っている」
では、常に作品作りにおいて大切にしていることはなんだろう? 「特にないよ。良い映像を撮って、良い録音をして、多くの映像を揃えて、良い編集をする。それだけだよ」
『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』
5月18日(土)より岩波ホールほか全国順次公開
取材・文:水上賢治
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