『ルックバック』是枝裕和監督インタビュー 「藤野の背中を見つめているのは誰なのか?」
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是枝裕和監督
続きを読む是枝裕和監督の新作映画『ルックバック』が、9月11日(金)から公開になる。本作は、藤本タツキの人気漫画が原作で、漫画を描くことに情熱を注ぐ藤野と京本のドラマが描かれるが、その根底には是枝監督がこれまでの作品で描いてきたモチーフや要素がふんだんに盛り込まれている。
『ファイアパンチ』『チェンソーマン』の藤本タツキが漫画『ルックバック』を発表したのは、2021年の夏。漫画を描くことを愛する小学生、藤野と、圧倒的な才能を秘めるも藤野に憧れている不登校の同級生、京本の出会いと別れを描いた作品だ。作品を読んだ是枝監督は、藤本に会うことになったが、その段階では映画化は決まっていなかったという。
「藤本さんに会いに行きませんか? と小出くん(本作の企画とプロデューサーを務めたK2 Picturesの小出大樹氏。早稲田大学在学中、是枝監督に師事した)から誘われて、まずは藤本さんにこの作品を描いてくれた御礼を言いに行きたいと思ったんです。その段階ではたぶん映画化の話は出ていなかったと思います。だからお会いして、とにかく作品が素晴らしかったということ、背中を押されたというか、叱咤された気持ちになりました、ということを伝えました。あとで聞いたら、その段階で藤本さんや出版社の方は僕が映画化してくれるのか? という思いがあったらしいんですけど、正直、その段階では僕の覚悟は決まっていなかった。
ただ、すごく印象に残る話があって、それは『ルックバック』の話ではなくて、藤本さんがベテランのアシスタントさんについて話してくれたことなんです。経験を積んだアシスタントさんは、ペンで線を引く時の音にまったく“迷い”がないっていうんです。紙の上にペンが走るシュッ!という音が本当にカッコよくて、音を聞くだけで“迷い”があるかないかがすぐわかる、って。その瞬間にふと“ああ、これは音だな”って思ったんです。『ルックバック』の物語の中で、ふたりの引くペンの音が変わっていく過程をちゃんと描ければ、実写として勝負できると思った。原作には音がないですから」
たった一本の線が違えば、その画はまったく違うものになる。最初は迷いながら紙の上に線を引く。やがて線は重なり、時が流れ、経験を積んだ者が紙の上で鳴らす音は変化していく。

「そもそも漫画と映画では流れている時間も違いますし、漫画のコマ割りと映画のカット割りはまったく違うものですから、そう簡単には映画化できない。でも、本作は、漫画を描いているふたりの“背中”を重ねていくことで映画になると思った。机に向かうふたりの背中が何度も重なって、その中でペンを引く音が変化していけば、同じ背中であっても、ふたりの変化と時間の流れを描くことができる。藤本さんにお会いした帰り道に、なんとなくそんなことを考えるようになって……そこで小出くんに『やろうか』って言った記憶があります」
小学生の頃に出会った藤野と京本はコンビを組み、一緒に作品を手がけ、同じ時を過ごすパートナーになり、やがてそれぞれの道を歩み始める。そこで得た喜び、迷い、挫折、友情のドラマが本作では“ペンの音”を軸に描き出される。藤野を演じた七瀬ふうりと出口夏希、京本を演じた岡田六花と蒔田彩珠は、劇中で多くを語らない。彼女たちは机に向かって、線を引くことに没頭している。
「撮影前から俳優には“この映画ではセリフではなく、音で喜怒哀楽のすべてを表現する物語”だと伝えました。登場人物の成長が“音”で表現されるわけだから、カットによっては、別の人間が手元を演じる場合もあるけど、ちゃんと自分で線を引けるようになってほしい、とお願いしましたし、準備の時間もちゃんとつくりました。この映画では何よりも、彼女たちが自分で線を引くことが大事で、そこに身体性がなければならない。実写化した最大の理由はそこにあるわけですから」

ただ、本作は”漫画道”の物語ではない。本作では、人生を揺るがすような出会いや、友情、せつない別れ、それらをすべて引き連れて前へと進んでいく決意と覚悟が描かれる。
「この原作は職業に関係なく、誰もが経験することを描いていると思うんです。僕も似た経験があるんですよ。中学生の時に、自分よりも圧倒的に小説を読む力のある友達に出会って、そこで感じた衝撃と、俺も負けないように読むんだ!って思った時の気持ち。『ルックバック』では京本の漫画に出会った藤野が、走ってスケッチブックを買ってきて、机の上に置きますけど、自分も本屋に走っていって、その友達の家の本棚にあった本を買って、家に帰ってきてページを開いた時のことが甦ってくるんです。ここに書かれている感情は誰もが経験あるんじゃないかなぁ」
※※※ ここからは映画の後半の展開に触れています。
気になる方は映画館で鑑賞したあとにお読みください ※※※
「“自分は誰かに見られながら生きている”という想い」

ライバルであり、最高のパートナーでもある藤野と京本の時間は、永遠に続くかに思えたが、ふたりはやがて別々の道を行き、京本がこの世を去ったことで、藤野は京本に出会ったこと、一緒に漫画を描いたこと、そして彼女が自分の道を進んだこと、そのすべてを背負って、たったひとりでペンを走らせる。
「ある人と出会って、もし別れたとしても、その人の存在を背負って生きていく。別の言い方をするなら、その人に背中を見られながら生きていく。この物語はそういう着地だと僕は思っています」

本作ではふたりの女性が出会い、同じ時間を過ごし、片方が去っても、残された人間は“ひとり”でないことが示される。ここには、是枝監督がこれまでに描いてきたものに通ずるモチーフがある。家族は大きな川の流れのように、ある世代から別の世代へと引き継がれていく。年長者はいつかこの世を去るが、私たちは去った親や家族の想いを引き連れて、今度は自分が親になる。繰り返される四季、二度と戻ってこない人々、繰り返される親と子のドラマ、円環する時間と戻れない直線の時間、遺された者と死者の存在。
「誰の中にも“自分は誰かに見られながら生きている”という想いがあるんだ、というところにいければと思っていました。映画は、漫画のコマ割りと違って、その性質上、カメラが何かの“眼差し”になる。だからこの映画のラストで、藤野の背中を見つめているのは誰なのか? ということを考えながら撮らざるを得ないですし、僕はこの場面は、京本が見ていると思ったんです。
(藤野を演じた)出口さんには“この映画は、京本の眼差しを背負った藤野の背中にたどり着く話なんだ”と伝えましたし、このラストにたどり着くためにも、藤野の背中を見つめるいろんな眼差しがないといけないと思いました。だから、原作には少しずつしか出てこなかったとしても、映画では、母だったり、先生だったり、編集者だったりが藤野の背中を見つめている、その眼差しを加えていった。そうすることで、ラストに藤野の背中を見つめる京本の眼差しにたどり着く。そんな思いがありました」

このラストは漫画とも、2024年に製作された押山清高監督によるアニメーション映画とも同じ結末だ。しかし、生身の人間が演じ、丁寧に“眼差し”を積み重ねていった本作のラストは、唯一無二の結末になった。キャリアの初期から人間関係や家族だけでなく、社会の外部や死者の存在を描いた是枝監督は、原作を最大限に尊重しながら、実写映画でしか描くことのできない、人間の発する音、生身の人間の背中と躍動する身体、カメラの眼差しを交差させて作品を紡いでいる。

ちなみに完成した作品は、これまでの是枝作品にはないタッチがありながら、同時にキャリアの初期作『ワンダフルライフ』の厳しくも柔らかな空気感を連想させる。
「この映画は本当に“祝福”されているというか、すごく恵まれた現場だったんですよ。たとえばですけど、藤野が走って帰ってくる場面を撮影中に、無線で制作部の村岡さん(村岡伸一郎氏。本作のラインプロデューサーを務めた)に『これから5秒後に白鳥を飛ばしてください!』って冗談を言ってたら、本当に湖の奥に二羽の白鳥が飛んできたんです(笑)。本当にびっくりして。でも、映画ってそういう“ギフト”を受け取ったような感覚になる瞬間があるんですよ。で、いま言われて思い出しましたけど『ワンダフルライフ』の撮影中も、そういう不思議な感覚があったんです。だからこの映画が『ワンダフルライフ』に似ているとか、目指した、みたいなことはまったくないですけど、現場にいたキャストとスタッフが祝福されている感覚が作品ににじみ出ている、という共通点はあるかもしれません。
だから、この映画の撮影では僕は何もしなくてもといいというか、その瞬間に“立ち会った”という感覚が強くあるんです。でも、映画ってそういうことがあるものなんですよね」
『ルックバック』
9月11日(金)公開
©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社
取材・文:中谷祐介(ぴあ)

