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松任谷由実、『TIME MACHINE TOUR』に詰め込んだエンターテイナーとしての45年の歩み

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リアルサウンド

 松任谷由実の全国ツアー『Ghana presents 松任谷由実TIME MACHINE TOUR Traveling through 45years』のファイナル公演が5月15日・16日、東京・日本武道館で開催された(レポートは5月15日公演のもの)。1970年代からショーアップされたコンサートを志向し、数多くの伝説的なステージを繰り広げてきたユーミン。今回のツアーは“TIME MACHINE”というタイトルが示唆する通り、過去の名演出をモチーフにしながら、過去・現在・未来を繋げるような圧巻のステージを体現した。

 セットリストはミリオンセールスを記録した40周年記念ベストアルバム『日本の恋と、ユーミンと。』(2012年)、ベストアルバム二部作完結編としてユーミン自身が選曲した45周年記念ベストアルバム『ユーミンからの、恋のうた。』(2018年)の収録曲が中心。楽曲、ステージングを含め、キャリア史上初の“ベストライブ”が実現したというわけだ。

 アリーナの真ん中に設置されているのは、“遠い未来の遺跡発掘現場”をテーマにしたセンターステージ。エキゾチックな雰囲気のSE、探検家の衣装をまとったパフォーマーを含め、完璧に世界観ができあがっている。タイムマシーンが発見され、「さあ、扉を開けなさい」というユーミンの声からショーはスタート。スモークとライトでステージが包まれるなか、最初の楽曲「ベルベット・イースター」(1stアルバム『ひこうき雲』収録曲/1973年)が聴こえてくる。そこにはスパンコールをあしらった燕尾服姿で鍵盤を弾き、歌うユーミンの姿が。イリュージョンの手法を取り入れたオープニングによって、観客は一気に“TIME MACHINE TOUR”の世界に引き込まれる。続く「Happy Birthday to You〜ヴィーナスの誕生」(23thアルバム『DAWN PURPLE』収録曲/1991年)では“象ロボット”に乗ってパフォーマンス。これは1979年の『OLIVE TOUR』の東京・中野サンプラザ公演で、本物の象(!)に乗って登場した場面をヒントにした演出。昨年9月のツアーが始まったときからテレビ、スポーツ紙などでニュースになった演出だが、実際に目の当たりにするとその大きさ(高さ2.4m)と精巧な造りに驚かされる。ちなみに燕尾服とシルクハットの衣装は、1994年〜1995年の『THE DANCING SUN』ツアーのオマージュ。単に過去のステージを再現するのではなく、様々な時期の衣装、演出をブラッシュアップし、組み合わせることで、時代を超越した“懐かしくて新しい”ショーに結びつけているのだ。ユーミン自身の“セルフマッシュアップ”と称すべきスタイルは、まさに前代未聞だ。

 その後も、衣装、映像、演奏、歌、ダンスなどが一体となった舞台が展開された。純白のワンピース姿で披露された「守ってあげたい」(12thアルバム『昨晩お会いしましょう』収録曲/1981年)、「Hello,my friend」(26thアルバム『THE DANCING SUN』収録曲/1994年)では、ユーミンが円型ステージの周囲を歩き、観客とコミュニケーションを取りながら歌唱。豪華絢爛にしてファンタジックな着物をまとった「春よ、来い」(26thアルバム『THE DANCING SUN』収録曲)ではアリーナにドラゴンが登場し、日本の叙情性とアジア的な雰囲気を融合させる。すべての要素をシームレスにつなげながら、楽曲のテーマと世界観を増幅させるステージには、壮大なスケール感と緻密な構築美がきわめて高いレベルで実現されていた。どの席からもステージの全体像と細かい演出が確認できる設営、回転するステージを活かしたパフォーマンスも印象的。また、武部聡志(Key)を中心にした凄腕ミュージシャンによる演奏も素晴らしい。AOR、ロック、ダンスミュージック、フォークロアなどの幅広いテイストを取り入れた色彩豊かなサウンドをたっぷり味わえたことも、このツアーの醍醐味だったと思う。

 「ハートブレイク」(15thアルバム『VOYAGER』収録曲/1983年)は今回のツアーの大きな見どころの一つ。80年代バブル期を想起させるオーバーサイズのライダースジャケットは、1982年の『パールピアス』ツアーの衣装(当時の衣装はファッションクリエイターの伊藤佐智子氏によるデザイン)のオマージュ。84年リリースの映像作品『コンパートメント TRAIN OF THOUGHT』に収録された「ハートブレイク」のMVの振り付けも再現され、80年代を謳歌したであろうオーディエンスたちも楽しそうに身体を揺らす。それにしても、原色バリバリのジャケット、ロングのソバージュ姿、ピンヒールでキメたユーミン、めちゃくちゃカッコいい。こんな大人の遊びを粋に演出できるアーティストは、彼女以外にはいないだろう。

 宇宙空間を思い起こさせるコスチューム、映像、ダンスを取り入れた「不思議な体験」(15thアルバム『VOYAGER』収録曲)から、ライブはクライマックスへ。「Nobody Else」(20thアルバム『Delight Slight Light KISS』収録曲/1988年)では、2003年の『YUMING SPECTACLE SHANGRILA Ⅱ』のエアリアルティシュー(天井から吊るされた布を使用し空中パフォーマンス)が披露され、バンジーを取り入れたダイナミックな演技が繰り広げられる。息を飲むような緊張感と圧倒的な美しさが共存したパフォーマンスに対し、会場からは大きな拍手と歓声が送られた。

 ここで改めて強調しておきたいのは、“すべての中心にあるのはユーミン自身が生み出した音楽である”という当たり前の事実だ。自身の体験、内省的な風景を描くだけではなく、題材やモチーフを外部に求め、各国の都市やリゾート、アジアやアフリカ、果ては宇宙や時間を超越した空間をにまで広がったユーミンの楽曲。3rdアルバム『COBALT HOUR』(1975年)を境にして、(それまでの日本に存在しなかった)エンターテインメント性に富んだステージを目指し始めた彼女だが、その根本にあるのはおそらく“楽曲の世界観を正確に表現したい”というモチベーションだったのだと思う。今回の『TIME MACHINE』ツアーでは45年のキャリアを総括するような演出が施されていたが、“すべては音楽を表現するため”という姿勢はまったくブレていなかった。この一貫したスタンスもまた、ユーミンが長年に渡って支持されている理由なのだろう。

 ラストはスリーピースのスーツ姿で力強く披露された「ESPER」(14thアルバム『REINCARNATION』収録曲/1983年)、「COBALT HOUR」(3rdアルバム『COBALT HOUR』収録曲)、そして最新アルバム『宇宙図書館』(2016年)の表題曲「宇宙図書館」。〈いつの日にか また逢えたら 微笑むように〉というフレーズが大きく広がるなか、ライブ本編は終了した。

 アンコールでも、華やかで洗練された演出と豊かな音楽性がたっぷりと堪能できるステージが続いた。「カンナ8号線」(12thアルバム『昨晩お会いしましょう』収録曲)ではマリンルックのユーミンを中心に、ダンサーがフラッグを使ったパフォーマンスを披露。さらに代表曲の一つである「DESTINY」(8thアルバム『悲しいほどお天気』収録曲/1979年)では、観客が揃いの振り付けで盛り上がり、〈今日わかった また会う日が〉というフレーズでは大合唱が巻き起こる。最後は「ひこうき雲」(1stアルバム『ひこうき雲』)。ピアノと歌だけのシンプルなアレンジにより、すべての言葉、すべてのフレーズが、観客ひとりひとりの心に真っすぐに浸透していく。ユーミンの歌の力を実感できる“演出”によって、会場全体が大きな感動で包まれた。

 凄まじいばかりの拍手が巻き起こるなか、ユーミンが再びステージに上がる。「ありがとう! 幸せです!」と歓喜の声を上げた彼女は、これまでのキャリアを振り返るように静かに話し始めた。14才のときに曲を書き始め、16才のときに音楽関係者の目に止まり、作曲家として活動をスタート。その後、「君の曲は自分で歌わないと雰囲気が出ない」と言われ、歌に自信を持てないまま、シンガーソングライターとしてデビュー(そのとき彼女は「ソングライターであることを絶対に忘れないようにしよう」と決めたのだという)。それから45年間、一生懸命にやってきて、最近になってようやく、「みんなが自分の歌を知ってくれている」という実感を得られたーーそんな真摯な言葉の後で歌われたのは、「やさしさに包まれたなら」(2ndアルバム『MISSLIM』収録曲/1974年)。「一緒に歌いましょう」という声によって、ステージを囲む客席から大きな歌声が響き渡り、ライブはエンディングを迎えた。

 この日のライブで彼女は「こういうツアーをやると、“これで引退?”と思われる方もいるかもしれませんが、こんなもんじゃ終わりませんよ! まだまだ聴いてもらいたい楽曲があるし、観てもらいたいショーのアイデアもたくさんあります。次のショーでお会いしましょう!」と笑顔で語った。現時点での集大成であり、日本のポップス史上に残るエンターテインメントを実現した『TIME MACHINE TOUR』。それは本気で素晴らしいものだし、筆者は“日本のポップスとはユーミンのことなんだな”とさえ思ってしまったが、これも彼女にとっては一つの通過点。すでに制作に取り掛かっているというニューアルバム、そして、次のコンサートでユーミンはどんな世界を見せてくれるのか。そう、尽きぬことのない才能を持ったシンガーソングライターであり、稀代のエンターテイナーであるユーミンのストーリーはここから、さらなる未来へと続いていくのだ。

(文=森朋之/撮影=田中聖太郎)

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