『腐女子、うっかりゲイに告る。』クイーンの楽曲が物語の要に フレディと重なる金子大地の苦悩
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いよいよ、「ボヘミアン・ラプソディ」である。といっても、昨年公開され日本でも大ヒットを記録した映画『ボヘミアン・ラプソディ』のことではない。毎週土曜日のNHK「よるドラ」枠で現在放送中のドラマ『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』のことだ。タイトルこそ変更されたものの、浅原ナオトの小説『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』を原作とする本作。そこにおいて、クイーンというバンドは、そしてフレディ・マーキュリーという人物は、ある種特別な存在として、その物語の背景に位置にしているのだ。まずは、各回のサブタイトルに注目してほしい。原作の章立てを踏襲した全8回構成となっている本作には、原作と同じように、「Track1:Good Old Fashioned Lover Boy」、「Track2: I Want It All」といった感じで、クイーンの楽曲名がつけられている。そして、5月18日に放送される「Tack5」が、映画のタイトルにもなるほど有名な、そしてクイーンの代表曲でもある「ボヘミアン・ラプソディ」という次第なのである。
●“妄想”を愛する女子高生と“現実”で悩み続ける男子高生
クイーンに関係しているのは、そのサブタイルと、毎回そのどこかで物語的な意味合いをもって流れ出す、クイーンの楽曲だけではない。そもそも、このドラマの主人公であり、自らの性的指向に悩む男子高校生・安藤純(金子大地)は、「この社会に生まれたことが苦しくてどうしようもないときに救ってくれた」というくらい、クイーンの音楽を純粋に愛している人物なのだ。そして、家族や友人にも自身の性的指向を明かしていない彼にとって、唯一心の底から悩みを相談できる相手である、インターネット上の友人「ミスター・ファーレンハイト」(声:小野賢章)もまた、クイーンの大ファンである(“ミスター・ファーレンハイト”とは、クイーンの「ドント・ストップ・ミー・ナウ」の歌詞に登場する人物名)。というか、純と同じく年上の恋人を持つ同性愛者であり、その恋人がAIDSを発症している彼は、フレディ・マーキュリーという存在に、他人事ではない特別な思い入れを持っているのだ。
一方、本作のもうひとりの主人公である三浦紗枝(藤野涼子)は、BL(ボーイズラブ)の漫画を密かに愛好する、いわゆる“腐女子”の女子高生だ。その彼女が、ひょんなことからその“秘密”をクラスメイトである純に知られてしまったことから、物語は動き出す。甘美な妄想の世界(ファンタジー)を愛する女子高生と、生々しいリアルな世界(現実)で悩み続ける男子高生。ひと口に“同性愛”といっても、その捉え方も切実さの度合いもまったく異なる、本来ならば交差することのなかったはずの2人は、お互いに言葉を交わし合い、行動を共にすることによって、次第にその距離を縮めてゆく。「人間は、自分が理解出来るように、世界を簡単にして分かったことにするものなのさ」。そんなファーレンハイトの言葉に溜飲を下げたのち、「BLって、世界を簡単にしないための方法だと思うの」「好きなものを好きだって言える時間がいちばん好きだな」と、無邪気に語る紗枝の言葉に思わずハッとする純。そして、このドラマのタイトル通り、彼がゲイであるとは知らぬまま、紗枝は純に「私と付き合ってください」と告白するのだった。
●物語と密接にリンクするクイーンの楽曲
しかし、そう上手くことが進むはずがないのである。第2回のクライマックス。観覧車のなかで、紗枝に告白された純は、大音量で流れ出すクイーンの「アイ・ウォント・イット・オール」をバックに、その内面で「僕はすべてが欲しい。男に抱かれて悦びたい。女を抱いて子を生したい。誰かの息子として甘えたい。自分の息子を甘やかしたい。欲しい、欲しい、欲しい」と叫びながら、ゆっくりと紗枝に近づき、唇を重ねてしまうのだった。そう、「自分が同性愛者だと明かさずに彼女と付き合う」という、ファーレンハイトに提示され、「外道だね」と自らコメントした、そんな最悪の行動を彼は選び取ってしまうのだ。このあたりから、瑞々しい青春グラフィティのようだったこのドラマの雲行きは、早くも怪しくなってゆく。
そして第4回。「女を抱けるゲイもいる」という可能性に賭けて行為に及ぶも、やはり上手くいかなかった2人は、どこかギクシャクした関係性のまま、紗枝の友だちと連れ立って、温泉施設に出掛けることになる。そして、そこで純は、「僕は、自ら命を絶つことにした」という、ファーレンハイトからのメールを受け取ることになるのだった。あまりのショックに紗枝のもとを離れ、施設内を彷徨する純。“黒の女王”の行進に遭遇し、彼女に導かれるように“地獄”への道を歩み始める……クイーンの「マーチ・オブ・ザ・ブラック・クイーン」の歌詞世界さながら、あてどなく彷徨する純の前に現れたのは、同じ温泉施設に居合わせた彼の年上の恋人・佐々木誠(谷原章介)だった。「ねえ、マコトさん。僕たちみたいな人間は、どうして生まれてくるのかな」。思いつめた表情で、そう問い掛ける純をそっと抱き寄せながら、「僕にはジュンくんが必要だよ」とやさしく語り掛け、純の唇に自らの唇を熱く重ね合わせる誠。しかし、遠くからその様子を見詰めている人物がいた。紗枝だ。「どういうこと?」、「この人、誰?」、「なんでキスしてるの?」。純を真っ直ぐに見詰めながら問い掛ける紗枝。けれども、純はそこで、最悪の言葉を吐いてしまうのだった。「いいじゃん別に。好きなんでしょ、ホモ」。
●傷つけ傷つけられるような“青春の刹那”
そう、このドラマは、お互いに好意も持ちながらもすれ違う、“腐女子”と“ゲイの少年”の関係性をコミカルに描いた、爽やかな青春ドラマなどではなかった。むしろ、映画『ボヘミアン・ラプソディ』の物語にも通じるような、“本当の自分”に戸惑い悩み、ときには自分を騙き、そして他人を騙きながら、傷つけ傷つけられるような……そんな刹那の青春を描いたドラマなのだ。そこで思い起こされるのは……というか、恐らく作者自身も念頭に置いていると思われるのは、映画『ボヘミアン・ラプソディ』でも描かれていた、フレディ・マーキュリーとメアリ―・オースティンの関係性だ。若くしてフレディと出会い恋に落ち、同棲生活を経て、一度は結婚直前までいったものの、フレディが自身の性的指向をはっきり自覚するようになるようにつれ、その恋愛関係が終わりを迎えていったフレディとメアリー。けれども、その後もメアリーは、フレディの相談役兼個人秘書として彼のもとに残り、彼の“生涯の恋人”となったのだった。映画を観ながら、男性と女性としてではなく、あくまでも人間同士として、互いの存在を認め合い必要とし合った彼らの関係性に心を揺り動かされた人も、きっと多かったことだろう。ちなみに、クイーンの「ラブ・オブ・マイ・ライフ」という曲は、そのタイトルのごとく、フレディがメアリーについて歌った曲だと言われている。
無論、映画を観ればわかるように、そこに至るまでの道のりは、けっして平坦なものではなかった。怒りに震えた夜、悲しみに暮れた夜もあっただろう。翻って、このドラマの若い2人……純と紗枝の関係性は、これからどうなっていくのだろうか。今週放送される第5回では、いよいよクイーンの代表曲「ボヘミアン・ラプソディ」が登場する。〈これは現実の人生?/それともただのファンタジー?〉。“ゲイ”という存在に対する、純と紗枝、それぞれの思いを彷彿とさせるような歌い出しで始まるこの曲は、罪を犯した少年の告解と審問を、ロックオペラとも言うべき大胆な構成と展開のなかでドラマチックに描き出した、クイーン屈指の名曲だ。この曲に乗せて、若き魂の“放浪者(ボヘミアン)”である純が選び取る行動とは、果たしてどんなものなのか。そして、その行き着く先に待っている“世界”とは。紗枝の告白を純が受け入れることによって、その様相を変化させていった物語は、この回を経ることによって、さらにシリアスな次元へと突入していくことだろう。その行く末を、手に汗握りながら見守りたいと思う。若い2人に、それぞれにとってのハッピーエンドが訪れることを願いながら。(麦倉正樹)