【展示レポート】『フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展』 青の回廊の向こうで待つ、無垢な少女のまなざし
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すべて見る17世紀オランダを代表する画家ヨハネス・フェルメールがその全盛期に描いた傑作《真珠の耳飾りの少女》を中心に、オランダのマウリッツハイス美術館が所蔵する名品12点を紹介する特別展が開幕した。

世界的なベストセラー小説や映画のモデルともなったこの少女が来日するのは、14年ぶりの4度目。同館のマルティネ・ゴッセリンク館長によれば、改修工事による臨時休館中に《真珠の耳飾りの少女》を貸し出す国があるとすれば、それは17世紀以来、長く友好関係にある日本しかないだろう、ということで来日計画が浮上したという。開催地は、2025年の万博開催で沸いた記憶も新しい大阪のみ。2022年に開館し、その斬新な建築でも知られる大阪中之島美術館の大空間を使っての開催となった。少女が前回来日した『マウリッツハイス美術館展』(2012年)では、約120万人の来場者数を記録したことでも話題となったが、今回もまた日本中から大きな注目を集めている。
同館は3点のフェルメール作品を所蔵しており、今回は初期作の《ディアナとニンフたち》も来日した。この2点のお供となるのは、17世紀に黄金期を迎えたオランダ絵画の多彩なジャンルの作品10点。プロテスタントの共和国であり、海洋貿易で経済が繁栄したオランダでは、家に絵を飾って楽しむ市民が多かったことから、王侯貴族や教会向けとはまた異なる多様な絵画ジャンルが興隆した。会場ではまず、歴史画から肖像画・トローニー(人物画)、風俗画、静物画、教会内景画、風景画へと、各ジャンルをたどりつつ、フェルメールが生きた時代の絵画の潮流にふれることになる。


当初、神話画や聖書を題材とする歴史画を描いたフェルメールは、やがて光あふれる室内に人物、とりわけ女性像を配した風俗画へと転向した。同展では、フェルメールとともにオランダ三大巨匠と呼ばれるハルスの肖像画とレンブラントの人物画を見ることができる。ともに小型の作品だが、だからこそ精妙な筆さばきによる生き生きとした人物の存在感や表情が際立つ。とりわけ若きレンブラントが描いた《笑う男》は、特定の人物の肖像ではなく、人物の表情や性格をとらえた「トローニー」と呼ばれるジャンル。《真珠の耳飾りの少女》もトローニーとして描かれているので、二人の巨匠に共通する関心が見てとれるだろうか。

オランダ市民には、とりわけ身近な風俗画が人気だったが、静謐な画風のフェルメールとは対照的に、賑やかな室内風俗を描いたのがステーンだ。《老いが歌えば若きが笛吹く》は、「子どもは大人を真似るので気をつけるように」という戒めがテーマ。竪笛やパイプ、火吹き棒、放蕩や怠惰のシンボルでもあるバグパイプなど、「吹く・吹かす」に関わるモチーフ群とともに、表情豊かな老若男女を描きこみ、ユーモアを込めて戒めの諺(ことわざ)を絵画化している。


一方、オランダ独自のジャンルだという「教会内景画」は、教会の内部空間を精緻な遠近法と光の効果でとらえたもの。オランダはプロテスタント国だったため、デ・ウィッテの作品は、おそらくカトリック信者のために、カトリック教会の内部を想像で描いたものだと考えられるとか。光が差し込む空間の繊細な表現は、フェルメールの室内画とも通じるように感じられる。

作品が厳選されていることもあり、今回は映像にも力が入る。会場の広い空間を活かした大型スクリーンでは、マウリッツハイス美術館の紹介や、他の画家や作品の解説が映像で行われている。通常の解説以外に、同展アンバサダーを務めるオランダ生まれの絵本の主人公ミッフィーを配した、子ども向けのパネルもあって、幅広い年代層に向けて展示の工夫がなされているのがわかる。

なかでも見どころとなるのは、全長20メートルに及ぶ巨大スクリーンで、フェルメールの生涯をたどるとともに、《真珠の耳飾りの少女》の魅力を深掘りする拡大映像。現存作品数が30数点という寡作な巨匠の、想定される全作品37点の複製を原寸大で再現した壁面も、画業の変遷がダイレクトに見えて興味深い。

さて、様々な予習をすませたら、いよいよフェルメール作品が待っている。初期の《ディアナとニンフたち》は、現存する唯一の神話画で、森の中、赤や黄、青や橙の明るい衣装をまとった女性たちが穏やかに休息をとる姿が描かれている。この作品がかつて来日したときには青空が見えたが、後世の加筆とわかり、今回は暗い空に戻されている。猟犬がいるものの、周囲には弓矢などはなく、主役が月と狩りの女神ディアナであることは、小さな三日月の頭飾りからしかわからない。通常は、裸婦の水浴図として描く画題を、着衣の女性たちが足を洗う慎ましやかな姿でとらえたところが、静謐な作風のフェルメールらしいところだ。

ここから、期待感を高める「青の回廊」のスロープを上り、ついに《真珠の耳飾りの少女》との対面となる。青は少女が巻いた東洋風のターバンの色。高価なラピスラズリを顔料としたウルトラマリンの美しい青はフェルメール作品を特徴づけるものでもあり、少女の展示室も青で統一されている。その広大なスペースの壁中央にかけられた《真珠の耳飾りの少女》のサイズは、44.5×39cm。だが、眼差しの輝きは素晴らしく、その目力は遠くからでも感じられる。
展示室へと降りるスロープ横に、彼女の魅力や近年の研究成果の紹介パネルがある。1881年に再発見され、幾度か修復が行われてきた少女は、1994年の大規模な修復プロジェクトによって、古いニス層が除去され、本来の美しさを取り戻した。そして、近年の徹底的な調査研究の結果、いくつかの発見があったという。今は漆黒に見える背景にフェルメールのモノグラムが記されていたことは以前から知られていたが、かつては背景に濃い緑のカーテンが描かれ、右にドレープがあったことが判明したのも、そうした新知見のひとつだ。

新発見も興味深いが、やはり少女の魅力は、ふとこちらを振り返った瞬間の彼女のきらめく瞳、淡いピンクのハイライトが入った表情豊かな艶やかな口元、そしてわずか数タッチの絵の具で反射する光をとらえた大きな真珠だろう。鑑賞者の視線は、このトライアングルをなす三つの要素に特に惹きつけられ、その眼差しと対話を交わすことになる。会場が大混雑であろうことは必至だが、どちらの方向から見ても、またたとえ遠くからであっても、この無垢な少女の魅力を感じずにはいられないことだろう。

取材・文:中山ゆかり
<開催情報>
『フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展 17世紀オランダ絵画の名品、奇跡の再来日』
2026年8月21日(金)~ 9月27日(日)、大阪中之島美術館 5階展示室にて開催。
※全日程、日時指定制
公式サイト:
https://vermeer2026.exhibit.jp/
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